第36話「威圧」
ギルバートの酒場が閉店間際になる頃、ようやくアーゲンの勢いは収まって、今後どうすべきかという話し合いへと移っていた。机を挟んで、拘束の解かれた憲兵隊の二人と向かい合うアーゲンと、その脇に少し離れて座るニーナ。
話の主役は今をときめく犯罪者フィル・アーゲンである。
「まず俺は絶対に出頭だけはしないからな」
「私もそれには賛成。軍部は私たちが何か隠してると思ってるだろうし、身柄を押さえる口実作りも強引だったから危険よ」
「だろ? ふざけんなって話だ」
「ただ、グビアに捕まるよりはマシかもしれない」
脇で発言したニーナにアーゲンは本気かよ、と思わず顔を向けていた。正直どちらにだって捕まりたくはない。
勝手に犯罪者にされたのも酷い話だし、憲兵なんて何をされるかわかったものじゃない。グビアだって今回の件が本当に機密情報の漏洩を防ぐためだとしても、捕まって脳を弄られるだなんて承服しかねる。
「俺からすればどっちもどっちなんだが」
「あらいいの? 軍なら私が口添えできるけど、グビアは孤立無援よ?」
「発言良いかなニーナ・ハルト伍長」
それまで黙って聞いていた憲兵隊員ディーンが片手をあげて許可を求めていた。同じ下士官だが、階級がニーナより下なのか何かにつけてニーナに許可を求めている。
「どうぞディーン」
「我々が同行して、憲兵隊が掴んだグビアの動きを伝えよう。そして万が一逃げ切れなくなった場合、我々が確保した形にさせて欲しい」
「手柄にしたいってことか?」
「それも否定はしない。しかし、そうすればグビアとて憲兵隊員から強引に身柄を奪うことはしないだろう」
「ふむ」
「我々は立場上君に投降をすすめるし、同じ憲兵隊や軍部の動きを伝えるわけにはいかないが、最悪の事態を避けたいという思惑は一緒だと確信している」
「その考えている最悪の事態、が同じだと良いんだけどな」
アーゲンの言葉にディーンは何も答えなかった。ただにっこりと笑っているだけで、肯定も否定もしない。そういうところが信用できないのだが、当然向こうとしても思惑があるわけだ。
「あくまで共同戦線、一時的な共闘といったところか」
「その認識で構わない」
「確保はあくまで私たちが逃げ切れないと判断し、あなたたちに頼んだ時にしてくれる? そちらの判断で見切りをつけて動かれたら困るもの」
ニーナが鋭い物言いを飛ばした。確かにニーナの言う通り、向こうとしては確保すれば良いのだから、そうやって同行して憲兵隊に居場所を筒抜けにすることだって出来る話だ。気を引き締めなければ。
「それはどうだろう。例えば二人が正常な判断が下せない状況にあったとしたら? グビアによる攻撃行為で気を失っていたら?」
「ふーん、でもそれって敵対行動とどう違うのかしら」
「錯乱した者は落ち着いてからだいたい文句を言うものだが、たいていの場合当事者よりも後ろで見ている者の方が事態を把握しているものだ」
「へぇ、連邦軍で40年生きて来た私よりも自分の方が判断力あると思うんだ。面白いこと言うのねぇ?」
ニーナからビリビリと空気を震わせるような殺気が放たれていた。口元は笑っているが、目が全く笑っていない。それと対峙するディーンもにこやかなまま一切表情を動かさず、ニーナと視線を合わせている。
この状況に身震いして、思わず顔を見合わせてしまうアーゲンとアインだったが、二人とも一触即発といった雰囲気に呑まれてしまい、うかつに動くこともできなかった。
微動だにせずお互い表面上にこやかに見つめ合っている二人に、アーゲンが生唾をいくつ飲み込んだあとだろうか。ふっと緊張の糸が緩み、先にディーンが表情を崩した。静かに首を振りながら肩を竦めている。
「……やれやれ、恐ろしいお嬢さんだ」
「あら、まだ私のことをお嬢さんと呼んでくれるなんて光栄ね」
「確かにこれは、不義理を働けば痛い目を見るのはこちらのようだ。良いだろうニーナ・ハルト伍長。君の判断に任せ、憲兵隊や軍部に告げ口はしないと誓おう」
「生憎と私は言葉だけの男にはなびかないのよね。誓約キーを使わせてもらうわよ?」
「拒否権はなさそうだ」
結局、アーゲンを放置して話はまとまっていた。冷や汗を拭いながらアーゲンはこれからのことを考える。
誓約キーは心的負担によって取り決めを破りにくくするものだ。命令権が書き込まれた特殊な機器を首筋に装着することで、違反しようとすると強烈な不快感や心的負担を与えて行動を阻害してくる。
条件付けを明確にしなければ本人の認識のズレを利用して回避される可能性もあるが、首の神経に直接接続するため、取り決めとしてはなかなかに重い扱いとなっていた。
枷、保険としては十分だろうが、それでも油断して良い相手ではない。二人の監視のもとで動くということは安易にミシェルに頼るわけにもいかないし、余計な人数分潜める場所も限られてしまう。
さて、どうしたものか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます