第35話「台無し」
「台無しっす」
捕まえた男のうち、ニーナが担いでいた男はそう言って肩を落としている。
細身で垂れ目の年若い男は、目覚めさせてすぐに色々と白状していた。虚実ではないと自ら首筋を明け渡して、神経センサー付きでの言葉なのでどう足掻いても嘘はつけない。
ギルバートの酒場裏、休憩室に防音機器と暗号化機器を設置して、目覚めた男二人とアーゲン、ニーナは対面していた。休憩室には長机と横長の仮眠が出来るソファ二つ、書類が入った棚がひとつという狭さだが、今そこにはやってしまった感が漂っている。
「どうするニーナ」
「……ちょっと整理させて」
男二人の所属はステーション自治組織である憲兵隊だった。今回の襲撃は壮大なお芝居というか、そういう作戦だったらしい。どうして警備の上である憲兵隊があんな犯罪者まがいのことをしたのか。
「まず私たちは自分たちが狙われるかもと考えていた、というのは理解してもらえる?」
「ああ、それは間違いない。ただニーナ・ハルト伍長、君は立場が保障されているだろう。だからこちらとしても、君まで出て来るのは想定外だった」
若い男の隣に座っていた、アーゲンと対峙した方の男は落ち着いた様子でその知的な声色を響かせている。年配一歩手前といったところか、皺が出始めている男は手足が拘束具で封じられているというのに動じた様子はなかった。
「あなたがディーン・フィポッド隊員で、私が最初にやっちゃったのが」
「助手のアイン・ララベアっす」
「なるほど助手ね。簡単にやられると思ったわ」
アーゲンと対峙していた男、ディーンが本隊員であり、憲兵隊は下士官が任務に就くのでニーナと同等の階級である。助手は自治警備隊からの出向でお手伝いや修行の身といったところの、要するに新米だった。
「こちらの話は良いだろう。問題はフィル・アーゲン、君だよ」
「俺か?」
「今回我々に下された指令は君の拉致監禁だ」
「おいおいおい、憲兵隊のやることかよ」
アーゲンは身を抱えて気持ちディーンから距離を取った。あそこで無理をしていればそれが実行されていたのだろう。相手は憲兵隊なのだから、一度捕まれば拷問でも何でもされていたかもしれない。
「そう身構えないで欲しい。君の身を害し情報を引き出そうというわけじゃない。どちらかといえばこれは保護だ。もちろん、上がそのつもりという可能性は否定できないがね」
「保護、ねぇ。詳しく説明してもらえるかしら」
「構わない。実は君たちが捕縛した宙賊が、グビアの兵器実験場を占拠していたことが発覚してね」
「兵器実験場って、あそこがか?」
「そうらしい。あくまであちらの主張だが、いずれにせよ機密保持のためその場に居合わせた人員全ての、無条件での引き渡しが要求されている」
「なるほど、だから襲撃ね」
ニーナが一人納得し、アーゲンは首を傾げていた。
そもそもあそこが実験場というのは怪しい主張なのではないか。重力砲やターゲット用の格落ちした戦車などから、一応それらしい気もするが、機密レベルを扱っているなら警備だって厳重だったはずである。いや、廃棄されていた実験場という線ならあり得るのだろうか。
「軍部は技術提携でグビアとの協定があるから、あちらが新兵器の機密問題があると言い出したら無下には断れないのよ。軍部としても、表向きたかが宙賊相手の仕事となっている以上、断る正当性もない」
「その通りだ。だが今回の宙賊騒動は何やら裏がある。そこで、何の後ろ盾もない君だ。表向き君は売られたのだよフィル・アーゲン君」
「はい?」
「交渉で、軍属の私や被保護対象のあの子はどうにか守ったけれど、その代わり生贄にされたってわけね」
「おいおい、冗談じゃない。勝手に人を売り買いしやがって。どいつもこいつも」
「どいつもこいつも?」
ニーナが首を傾げていたが、アーゲンは皆までは言わなかった。軍人というか政治というか。どうして上の奴らは交渉事で下の奴らを物として扱うのか。振り回される側はたまったものではない。
「だがこちらとしても指を咥えて見送るつもりはなかった。そこで、謎の第三者による襲撃で行方不明、ということにしたかったというわけだ」
「あー、なるほどな。そうすれば、表立って俺を探すために宙賊の裏を捜査する口実にもなるわけか」
「その通りだ。終わったはずの宙賊事件に裏があるという証左にもできる、はずだった」
「それがニーナの登場でぶち壊されたと」
「なによ。私が悪いみたいに言わないでくれる?」
アーゲンが呆れ顔で隣のニーナを見たが、ニーナは怒ったように腰に手を当てて抗議していた。アーゲンとしては憲兵隊もニーナも、どちらも困ったものである。
「で、ええっと。俺はどうすればいいんだ?」
「何、心配は要らない。君は今頃指名手配されているだろう」
「は?」
「作戦上洗った君の経歴は白過ぎる。少人数で宙賊を捕らえたことと良い、軍部は君の力も警戒していた。そのため私たちが返り討ちにあった場合、君を犯罪者とすることで口実作りは完成する手筈だったのだ。何の問題もない」
淀みなく落ち着いた口調でディーンは話していた。いや、全く大丈夫ではないのだが何を言っているんだこの憲兵。
「仮にも憲兵隊を倒し拉致したのだから、口実は十分。グビア本隊が明日にも到着するが、ステーションとしてもそんな相手を渡すわけにはいかない。事情が変わったというわけだよ」
「なるほどね。だからあなたたち、洗いざらい喋ってくれたってこと。この後の立ち回りを考えれば、流石に事情を伏せてフィルがグビアに捕まっても困るもんね」
「その通りだ」
「あれ、そんな話を助手君に聞かせても良いの?」
「問題ない。彼は最終的に憲兵隊で預かる身でね。ところで、そろそろ拘束を解いてはくれないだろうか」
「ああ、そうね。これからのことも話さないといけないし」
ディーンの申し出にニーナは快く立ち上がっているが、その隣で真っ青になっている犯罪者、フィル・アーゲンは落ち着きつつある話に乗って行くわけにもいかなかった。
「ちょっと待てぇぇぇい!! 何にもよくねぇだろ!! 犯罪者ってなんだよ! 何のために運び屋の免許維持してきたと思ってんだよ!!」
一人叫ぶアーゲンだったが、ニーナもディーンも取り合ってはくれなかった。完全に無視して手足の拘束具を外しにかかっている。
ただ一人、垂れ目で眠そうに話を聞いていたアインだけが、ドンマイとアーゲンの肩を叩くのだった。
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