第34話「電撃的」

 アーゲンの目は自分に向けられた黒い棒のようなものへと向いていた。握りの下から伸びている棒部分は人の腕ほどの太さがあり、先端に円錐状の金属がかけられている。

 アーゲンは一目でその正体を見抜いていた。それは電撃を飛ばすことが出来る武具で、主にステーションや艦内など穴が空いてはまずい場所で使われる鎮圧用の装備である。


 握りに対し腕をカバーするような本体がついており、その部分による防御と。手首のスナップと握りの回転で遠心力をのせた打撃が出来る旋棍トンファーと呼ばれる武具をベースに、鎮圧用の電撃機能をつけたものである。


「なんだあんたは。飛び道具はステーション内じゃ禁止だぞ」

「何故そんなことを知っている?」

「前に骨董品を運んだ時に取り上げられそうになったんだよ」


 黒い棒きれが何かわからないフリをしたアーゲンは、言いながら無警戒に動いてみた。立ち上がろうと身を前に倒し、さも無関係ですという風を装って。


「動くなと言ったぞフィル・アーゲン」


 男は躊躇わず電撃を放っていた。それは空気を打つ甲高い音を発し、アーゲンの鼻先の床へと、一瞬で青い電気の路を作る。あがる周囲からの悲鳴。

 アーゲンはそれに驚いたフリをして浮かしかけた腰で尻もちをついていた。その隙にこっそりと左手を回して、相手の死角側で腰のグリップを握る。


「今のは警告だ」


 実際に電撃を撃ったことで、周囲は大きなざわめきとなっていた。何事かと足を止めていただけの人々は巻き込まれないよう逃げ始めている。


「フィル・アーゲン。君の顔写真は既に把握している。今更しらを切ったところで無駄なことだ」

「そういう俺はあんたのことを全く知らないんだがな。いきなりそれを振ってくるってのはどういう了見だ」

「こちらの事情で君を連れて行かねばならない。大人しくしてくれるのならすぐに済むが、そういうわけには……」

「いかないっての」


 男が旋棍の先を修正したタイミングで、アーゲンは握っていたグリップを前へと投擲した。電撃の速さにはついていけないが、通電性の良いものが間にあれば誘導できる。

 アーゲンが動き出したのを見てすぐさま放たれた電撃は、アーゲンではなくグリップへと伸び、そのままラインを伝わっていく。


 アーゲンは起き上がり、一気に間合いを詰めた。想定外が起きれば反応は鈍いはずと思ってのことだったが、相手は動じない。そのまま静かに腰を落として迎撃の構えを見せていた。

 よほど旋棍の扱いに自信があるのだろう。かと言って距離を取れば電撃の餌食だ。修理用工具としてグリップは多少の電気は大丈夫だが、連発されては防げない。


 奇襲を諦め、アーゲンは距離を保つことにした。右手にもう片方のグリップを引っ張り出して電撃に備える。ラインを手に少し余分に出してたわませ、身体の前へと出して電撃をしてこなくても投げ縄や鞭のような扱いができるように見せつけ警戒させる。


「修理用の工具か。自動で巻き取られるなら、装備の帯電限界までは防げるとして。それでどうするつもりかね」

「あんたこそどうするつもりだ。こんなに目立っちゃ、いつ警備が駆け付けてもおかしくない。俺としても面倒事はごめんだが、あんたに捕まるよりはマシそうだ」

「さて、それはどうかな」


 アーゲンとしては警備が来て男ごと捕まったとしても、こちらは凶器を持っていないし有利な状況だ。目撃者的にも攻撃してきたのは男なのだから何も困ることはない。

 もちろん情報源として確保はしたいが、自分が捕まる危険は冒せないので、ここは時間を稼ぐのが最善手だろう。


「はいフィル、囮役ご苦労様」


 そんな悩みをする必要もないくらいすぐに、誰かを担いだニーナが男の背後からやってきた。その右手には男が持っているのと同じ旋棍が構えられ、先端は油断なく男へと向けられている。


「まいったな。ニーナ・ハルト伍長、あんたが出て来るとは」

「あら、私のことを知ってるとはね。まぁ、その辺もじっくり聞かせてもらいましょうか」


 横目にニーナを確認した男は素直に構えを解き、両手を上げて降伏の意志を示したが、ニーナはそのまま電撃を放っていた。呻き声をあげその場に倒れ込む男。またもや遠巻きに見ていた周囲から悲鳴があがった。


 無茶苦茶やるなぁとそれを見ていたアーゲンとしてはほっとしたような、肩透かしをくらったような気分だったが、それよりも聞き逃せない台詞があった。


「ニーナ、助かったことは助かったんだが。やっぱり俺も囮だったのかよ」

「まぁ、狙われているあなたを囮データの隣に配置するんだから当然でしょ。あんな咄嗟の機械的な動き、相手だって罠を警戒するわよ。でも、すぐそばに本命が居たら出て来るしかないでしょ?」

「聞いてないんだが……」

「そう? うまくいったんだから良いじゃない」


 まったく悪びれずにニーナは言っていた。アーゲンとしても、狙われた自分が囮データの監視になった時点でどうかとは思っていたのだが、港の監視場所やそこに潜伏する相手を見つけられるのかと問われて渋々納得した流れである。


 それでも最低限言ってもらえればこちらとしても心構えというものが出来たというのに。

 もしかしてご高齢で大事な部分がすっぽ抜けているのではないだろうか。もしくはそもそも駒としてしか見ていないから、配慮する発想がないのだろうか。優秀は優秀でも性格に難があり過ぎる。

 などとアーゲンは思ったが、そんなことは口が裂けても言えないのであった。


「フィル、ぼーっとしてないでさっさとその男を縛って。投入されたのがこの二人だけとは限らないんだから、急いで」

「はいはいはいはい。わかりましたよっと」


 盛大な溜息を吐いて、アーゲンは男の手足を縛りつけるのだった。

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