第33話「襲撃者」

 大通路を港方向へ向かう欺瞞情報を囮に、アーゲンとニーナは展開していた。囮データを守るように一歩引いて付いていくアーゲンと、港内で監視できそうな場所へと向かうニーナ。相手が直接囮に食いついても、一歩引いて観察しようとしても捉えられる二段構えである。


 ユータスは迷わずギルバートの所で隠れることを選んでいた。それはそれでギルバートに迷惑がかかってしまうのだが、当人は快く引き受けてくれていた。


 アーゲンは別れる前に渡されたデータ通りに動いている。無線の封じられたステーションでは今現在囮がどのあたりを通っているのか見る事も感知することもできない。そのため、能動的な動きはさせられないし、ニーナが予め仕込んだ通りのタイムスケジュールで欺瞞情報が動いているはずだ。


 そうしてアーゲンたちが辿り着いた港は、いくつものコンテナが並べられた集積地と、その脇に立ち並ぶ修繕ドックが建てられた大きなブロックだった。

 空と言って良いくらい天井が高く、あちこちに伸びた支柱や梁があって、その間に挟まるように運ばれて来た物資が固定されている。その構造体は断面が六角形の細長いコンテナが、いくつも密集したような形となっていた。


 一定数のコンテナごとに安全や作業のため支柱や梁が通されており、今もそこを足場にして大きなアームがついた機器が忙しなく行き来をしている。


「あそこに逃げ込むのかよ……」


 密集したコンテナや作業機器の合間に隠れられそうな隙は見当たらないのだが、ニーナの組んだ予定では囮のアーゲン情報はあそこへ向かうことになっていた。

 幸いステーション内の時刻だと既に消灯時間が近いわりに、人の行き来は多い。内部で生活している人々と違って、この港で動き回るのは体内時間を調整するつもりのない人たちなのだろう。


 待っていた荷物を受け取ってすぐに発ちたいだとか、色々な事情があるにせよ、誰もが足早に行き交っていて止まる様子はなかった。その多くが目指すのはコンテナ集積の脇に併設された管理施設である。


 そこに向かう人ごみに紛れたところで、アーゲンはニーナの狙いを理解した。管理施設で行われるのは荷物の受け取りや搬送管理のはずだ。

 つまり囮アーゲンは捕まる前に、宙賊たちが狙っていた荷物を受け取って逃げようとするというシナリオである。その動きを察知した何者かは当然荷物を受け取ったところで確保してくるだろう、というわけだ。


 それとなく同じ方向へ向かう人々を観察してみるも、今のところアーゲンの周辺に怪しい動きをする人物は見当たらない。当然見てわかりやすい挙動をしている相手なんてそう居ないだろうから、向こうが動くだろうタイミングが絞れるのは大きなアドバンテージだ。


 それにしても、通話内容も半分しか聞こえていない中で咄嗟に仕込んだ情報としてはたいしたものである。

 ステーション内は基本的に通路で接続され、建造物も壁に埋まっているし、あまり逃げ込めるようなところがないから最善手と言えるのではないだろうか。一応点検用の裏通りはあったが高度なセキュリティに守られているため簡単には入れない仕組みだ。


 やはりニーナは優秀か、とアーゲンが考えていたところで視界の隅に動きがあった。一瞬でそれが何かを判断することは出来なかったが、アーゲンは慌てて横に飛んでそれをやり過ごす。

 直後、アーゲンが立っていた場所を空気を裂くように黒い何かが薙いでいっていた。避けなければ腹部に直撃する低いコースである。


 アーゲンが床へと身を投げ出しながら回転し、どうにか半身を向けたところで。対峙した襲撃者からその何かを向けられていた。

 距離はある程度取れたが、アーゲンは未だ床に尻と手をついており、相手は隙なく黒い棒状のものを構えている。圧倒的不利な状況だった。


「動かない方が良い。フィル・アーゲンだな?」


 その声は知的に落ち着いた響きを持ってはいたが、眼光は鋭くアーゲンを射抜いている。男は顎下のラインにのみ黒いフェイスカバー下部のようなものを装着しており、目を細めて静かにアーゲンを見つめていた。

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