第32話「狙われているのは……?」

 下手をすると狙われる立場になるかもしれない、というのを話したうえでユータスには惑星ナーベルであった出来事を簡単に説明した。

 流石にミシェルの能力についてはまだ伏せていたが、それでもユータスは驚き、最終的には呆れた顔でニーナとアーゲンを見ることとなった。


「良く生きてたなあんたら」

「ぎりぎりだったけどな。ナビは壊されるし、仕方なかったとはいえ保護対象の子に引き継がせることになったから色々と面倒だ」


 重力砲のピンチはなかったことにされ、ナビの機能を用いてポッドを再起動して撹乱。そこをニーナが突いたという話をでっち上げてはいたが、それでも十分な冒険である。


「フィルがすぐ食事にのった理由も、自律ナビなんて高額なものを失った経緯も納得がいった。そりゃ確かに情報の回り方は気になるわな」

「話が早くて助かるわ」

「それで。おたくらは一体何を出してくれるんだい?」


 ユータスはにやにやと面白そうにニーナを試していた。アーゲンとしてもニーナがどういう条件や情報を出すのかは気になるところで、飲んでいたグラスを置いて返答を待ってみる。

 ニーナほどの腕なら情報は調べようと思えば引っ張り出せるものだろう。だが、首都やステーションのような情報網がはっきりしているところで派手に動けば痕跡が残ってしまう。軍にも正体不明の黒幕にも睨まれている以上、それは危険な手だ。


 さぞヤキモキし、この程度の情報に手間をかけて条件を示さねばならないのは屈辱なのではないか。それをどう捉えているのか。運び屋だからと下に見てふっかけるのか。下限の提示で交渉を粘るのか。アーゲンとしては興味の尽きないところだった。


「150万クレジットを出すわ」

「「……」」


 直球の金額提示にアーゲンとユータスの二人は固まっていた。対するニーナは自信満々のドヤ顔である。

 現段階ではただの情報に払うにしてはだいぶ多い。それもこちらの手札としてナーベルでの出来事や、これからの競りに出るであろう装備や品の情報も出しているのだから、危険や口止めを含めてもかなりの高額だった。


 しかし――。


「ダメだフィルー! こいつぁ根っからの軍人だよ! つまらねー!!」

 とユータスは大袈裟にテーブルへ突っ伏していた。


「この額じゃ不満? それとも何か欲しい情報があるっていうの?」

「これだよーやっぱ軍人なんだなぁ」

「何よ。そりゃ私は根っからの軍人だし、交渉事や政治は得意ではないわよ。一体この金額に何の問題があるっていうのよ」


 ニーナはご立腹である。腹が立ったらアルコールが摂りたくなるのか、ぐいっと飲み干したグラスを満たしては飲む。

 これにはアーゲンが参る。それは水じゃない。とりあえずそのクレジットは俺に回してくれと言わんばかりにフォローに入ることにした。


「金額の問題じゃないんだよニーナ。俺ら運び屋はまぁ、付加価値を求めるもんだ。ただの情報とクレジットなら座してデータのやり取りでも手にできる。そりゃあって困るもんじゃないけどな」


 ニーナは憮然としていたが、向かいのユータスが顔を上げて頷いていたためか口を挟んでくることはなかった。同時にグラスを持った手も止まって懸命に考えているようなので、アーゲンとしてはセーフだ。


「で、この場合身の危険と天秤にかけてでもこの場に居るわけだから、相応の何かが欲しいのさ。クレジットに替えられないような経験とかモノ。俺らはそういう、データ通信だけでは運べないものを運ぶのに生き甲斐を感じる人種だからな」

「……なるほど」


 アーゲンの物言いを噛み砕きながら、ニーナは口を尖らせて両手で握り込んだグラスを見つめていた。まるで叱られている子供のようだ。酒が回っているのだろうか。

 若干アーゲンは呆れ気味である。この情報のやり取りは結構重要なはずなんだがなぁと。


「で、まぁ俺らはそういう時、言っちゃなんだが相手を試す。どういう提案をしてくるのかで、相手の人間性や自分たち運び屋をどう見ているのかとか。そういうのすら楽しんで経験値にしようって人種なんだよ。そういう意味でならニーナは落第点だ」

「くっ……、どーせ私はつまらない軍人ですよ」

「おいフィル、この女大丈夫だろうな。これで伍長って本当か?」

「ああ、ニーナは優秀だ。それは間違いない」

 心の中でそっと「たまにポンコツだが」と呟いたアーゲンだった。


「俺には、ユータスが今回何を求めているかおおよそ見当はついてる」

「ほう。流石フィル。同じ運び屋として、当然気になるよな!」

「なによ」

「まぁ、宙賊が探していたものの正体ってところだろ?」

「その通り!」

「って、そんなの私たちもまだわかってないじゃない」


 むっとしたニーナが顔を上げてアーゲンを睨みつけた。いやいやいや、なんで俺が睨まれてるんだこれ。とアーゲンは首を振りながら説明を続けた。


「だからこそ、だ。それだけの隠れ蓑と装備を動員してまで何を探していたのか。それを事態が収まったあと、こっそり教えて欲しい。ユータスはそのロマンスを追いたいってわけさ」

「流石だぜフィル。ま、当然いくらかのクレジットは貰う。さっきほど多くなくて良い。情報は相場通りにくれ。それで例の正体と、首都情報部であるおたくに借りを作れるってのが、しがない運び屋としてはでかいんだ」

「借り、ねぇ。言っておくけど、罪を見逃すだとかライバルを潰してくれとかはお断りよ?」

「そこまでは言わんさ」

「まぁ、いいわ。あんまり悪どいことを言ってきたら私が潰すから。痕跡すら残さず消してあげる」

「おい、やっぱこえぇぞこの女」

「ニーナはニーナだからな」

「んじゃま、交渉成立ってことでいいかしら?」

「ああ。よろしく頼むぜ軍人さんよ」


 二人がテーブル上で握手を交わした時だった。テーブルの中心点が青く点滅し始め、その光が移動してアーゲンへと寄って行く。


 ステーション内部の通信は全て有線ではあるが、出入りの激しい港以外はたいていの通路や壁に通信端末と接続できるポイントが点在していた。

 発信側が手近のポイントで繋ぐと、通信帯ごとの速度で相手を連邦登録IDで検索し、自動で見つけてくれる。


 受け手は今回のように最寄りのポイントが発光し、近づいてくる演出で誰への通信かわかるようになっていた。


 どうせ通信回線は全区画を通るので、あとはそれを利用するシステムがあれば良いという、無線よりコストのかかりそうな手ではある。が、公共事業として税金を使えるという行政の都合と、通信管理を優先した結果であった。


「ミシェルからだ。どうした?」

『アーゲンさん無事ですか!?』

「どうした急に。何かあったのか?」


 受け取るや否や、繋がっているアーゲンには焦ったようなミシェルの大声が響いた。ニーナもユータスも相手の声は聞こえないが、アーゲンの様子に軽く姿勢を正す。


『ああ、良かった。今ギルバートさんの家に変な人たちが来て、どうもアーゲンさんを探しているみたいで』

「俺を……? どんな奴らだ。そっちは大丈夫なのか?」

『はい。乱暴な感じではなくて、見なかったか知らないか。くらいなんですけど、全員武装をしていて気になって。え、あれ』

「どうした!?」

『ご、ごめんなさいアーゲンさん。今の通信、傍受されちゃったかも』

「最初から張ってたか……! ニーナ、ユータスすぐ出るぞ!」

『わ、私が気を付けていれば』

「気にするなミシェル。ステーション内部の通信はどうしたって隠せないさ。IDを辿れない立場だからそういう手に出ているんだ心配するな。またあとで連絡するから、そこで大人しく待ってるんだぞ?」

「は、はい。ごめんなさい、私――」


 そこで通信は途切れた。見ればさっきまで顔に赤みがさしていたニーナの顔はすっきりとしていて、通信ポイントを片手で押さえている。体内ナノマシンで一気に酔いを醒ましたようだ。


「今欺瞞情報を送って、通話しながらのダミーを港方向へ走らせたから。私たちはその動線に対して直角に動くわよ。あーあ、高いお酒だったのに勿体ない。話もまとまりかけてたっていうのに」

「その割には楽しそうだな」


 未練がましく酒を見ていたニーナだが、その目は生き生きと輝いていた。アーゲンとしては呆れるばかりだが、こういう時は頼りになるのだ。あとは詰めでポンコツにならなければ問題ない。


「ええ、ある意味私たちの求めていた尻尾でしょ? 捕まえるわよ」

「うっへ、本気かよ軍人さん。あ、こりゃ目が本気だわ」

「ユータス、逃げるなら反対方向はダメよ。敵もバカじゃなければ囮の可能性を考える」


 言ってニーナは防音装置を回収し、アーゲンは支払いのためギルバートの元へと向かっていく。

 ユータスはそんな二人の場慣れした様子が頼もしいような、だからこそ本当に危険が迫っていると実感できて落ち着かないような、そんな心持ちで準備作業を見守っていた。

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