第31話「酒宴」

「かんぱーい!」


 自分の数刻前の心配は何だったのか。アーゲンがそう思ってしまうくらい、すんなりと宴は始まっていた。集まった場所は昼にも訪れたギルバートの酒場である。

 邪魔が入らないよう一番奥の四角いテーブルを選び、アーゲンとニーナ、ユータスが丸いアノンチェアに座って向かい合っていた。


 上機嫌に琥珀色の酒をあおっているニーナの決め手はアーゲンの“奢る”という宣言だった。開幕と同時に上物をボトルキープするのだから、アーゲンとしてはたまったものではない。

 照明をおさえ大人な雰囲気を醸し出す店内で、ニーナのテンションはすさまじい目立ちようである。目立つな的なことを言っていたのは誰だったか。


「それで、ユータスだっけ?」

「あ、ああ。ユータス・オデオンだ。フィルと同じ運び屋だ」

「面白い情報を持ってるらしいじゃない。聞かせなさいよ」

「ふむふむ。随分気が早いお嬢ちゃんだぜ。おいフィル、たいした女をひっかけたじゃねーか」

「事故だ」


 会話をしながらギルバート特製のミル牛を平らげるユータスと、ハイペースで瓶を空けていくニーナを前に、アーゲンは頬を引きつらせている。ニーナの説得に骨を折る覚悟はあったが、そんな決意をあざ笑うかのような勢いでクレジットが消えていた。


「あのねぇユータス。私は腹芸とかまどろっこしい事は嫌いなの。わかるかしら?」

「……ふむ。おいなんだフィル、この女めっちゃこえぇぞ? 助けろ」

「はははユータス、俺にニーナが抑えられるなら苦労はしない。諦めろ」

「はー!? おま、フィル。お前はじめから俺を売る気だったのか!?」

「ははは、まぁな。はははは」


 アーゲンは乾いた笑いと死んだ目をしたまま、周囲四か所に設置した防音装置の稼働強度を上げた。静かな雰囲気の店で酒を楽しむような店で、大騒ぎはギルバートに迷惑だ。

 アーゲンは店行きが決まった時点で、住宅地に設置されているものの小型版をミシェルに造らせていた。


 中の音へ同質の音をぶつけるだけの簡単なものだったが、指向性が高く値段の割に性能が良いピーシーズ製品として一般に多く出回っている。

 悲鳴や銃声、延焼音など危険度の高い音は防がないようになっていたが、ちょっと盛り上がった宴の騒ぎくらいなら問題ないだろう。


「まぁ冗談はさておき、お前にとっても悪くない話だぞユータス」

「本当かよ。わかった商談と考えよう。フィル、お前が信用を担保に持ってきた話だ。聞いてやるとも」

「あら、私は親交も深めるつもりだけど?」


 いきなり切り込もうとしたくせに悪びれなく笑うのだから性質が悪い。ニーナの悪戯っぽい笑みに不安そうにアーゲンを見るユータスだったが、それでも腹を決めたのか。食事を終えると自身もグラスを持ってボトルから酒を注ぎ始める。


「それで? おたくは何者なんだ?」

「連邦軍第三師団情報部所属、ニーナ・ハルト伍長よ」

「軍だと……? それも情報部ってことは首都か。そんなおたくがどうしてこんなところに。いや待てよフィル、お前さん確か宙賊の話を出した時、たいして驚かなかったよな?」


 何か思考が繋がったのか、ユータスはフィルを見て鼻の下にある髭に手をやり、グラスを一気に飲み干した。ニーナはそんな様子をゆっくりと鑑賞している。


「思った以上に話のわかる人みたいねユータス。あなたのことは一通り調べさせて貰ったわ。運び屋というよりは商売人のように思えるけど、優秀みたいじゃない」


「おたく軍人のくせに面白いやっちゃな。フィルの奴が防音装置まで持ち出すから、俺の尋問が始まるのかと思って警戒したぞ。だが、何となく読めて来た。良ければ俺にも一枚噛ませてくれ」


 話がまとまったようなので隣で見ていたアーゲンとしては少しほっとしていた。しかし今更ながらここまでの出費をすることになるとは。身銭を切ってまで会わせようとしなくても良かったのでは、とつい考えてしまっていた。


 最初は良い情報源になるが、自分がやると機密をどこまで話して良いのか等判断がつかなかったのでニーナに任せようと考えての行動だったのだが。

 果たしてテーブルに並んだいくつもの空き瓶を見る限り、見合う価値があったのか。というかなんで巻き込まれた側の自分が出費を……。


 しかしユータスの持つ競売の情報と出回り方を見れば、軍がどこを警戒して、どんな狙いで情報を放ったかが見えてくる。つまり、想定している黒幕の尻尾が掴めるかもしれないのだ。軍側の協力が望めない以上、それはアーゲンとニーナにとって重要な情報なのは間違いない。


 さて、ニーナはその見返りに何を提示するのだろうか。一仕事終えた気分のアーゲンは、あとはニーナに任せてようやく食事と酒を楽しもうと思えるのであった。

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