第30話「お遊び」

「フィル兄ちゃん死亡ね!」

「はい?」


 アーゲンはいきなり撃たれていた。元気溌剌に庭を駆け回るジョシュに、効果音を発しながらカラフルに光っている銃で。


「アーゲンさんほら、倒れなきゃダメですよ」

「何してんだミシェル」


 アーゲンが情報を頼りに通路から壁に半分埋まっているかのような住居区へ辿り着くと、そこでは激しい銃撃戦が行われていた。

 見えないけれど効果音が満載な撃ち合いは苛烈なのか、髪を後ろでまとめてポニーテールにしたミシェルは生垣の裏に屈みこんでいる。


 その姿はニーナのものか家主の奥さんのものなのか、動きやすく丈の余りをボタン一つで調整できる運動着の上下だった。黒い生地のそれは補助のため筋肉に沿って違う素材が使われていて、その部分が縦に八の字を描いたようなデザインとなって身体にフィットしている。

 なお、補助や筋肉痛対策のインナーであって、身体のラインがもろに出ることからそれのみの着用で外出する猛者はそうそう居ない。


「侵略宇宙人vs連邦捜査官なアニメのごっこです。ジョシュ君が好きらしくて」

「なるほどな」

「フィル兄ちゃん死んでなーい!」


 模造植木に隠れたジョシュが顔だけ出して不満気に叫んでいる。ちらりと隣を見れば別の植木に肩幅の広い初老の男、ギルバートも隠れているようだった。なんとまぁ。良い歳したおっさんが何してるんだか。

 アーゲンは仕方なく芝生を模したマットに倒れ込み、ミシェルのお尻を見上げながら話を続けた。


「ニーナは?」

「ニーナさんは奥さんとお酒飲んでます」

「また飲んでるのかよ。やれやれ。よし、ミシェル右に回り込め」

「え?」

「いくぞ。すぅー」


 アーゲンは息を吸い込んで、勢いよく立ち上がった。ルール(?)上死んだはずの男のいきなりの暴挙に、ミシェルも、こちらへ回り込もうとしていたジョシュとギルバートも動きを止める。


「ガハハハハハハ! 俺様はキリングスイーパ! 一発だけで俺様を止められると思ったら大間違いだぞぉ!!」


 大声で言いながら、アーゲンはのっしのっしとゆっくり大股に歩いていく。ジョシュが好きなアニメはアーゲンも子供の頃に見ていたので知っていた。

 キリングスイーパはタフだが動きの遅い厄介な相手で、量産された彼らにヒーロー側は苦戦していたはずだと記憶を引っ張り出して演技をしつつ、ギルバートに視線を送る。


「……な、なんてことだ! こんなところにスイーパが隠れていたなんてなぁ! まずいぞジョシュ、奴は俺たちの攻撃じゃ止まらない!」


 ギルバートが意図に気づいて盛り上げる。こういう遊びは真面目にやったってつまらないというか、面子と数的に少々厳しかった。そこでアーゲンはさっさと舞台を片付けニーナに話を通すため、楽しませて満足させる作戦に出ていた。


「ど、どうしようパパ!」

「撃て! 撃ち続けるんだ!」


 ジョシュとギルバートは並んで手にしたおもちゃの光線を撃ち続ける。ご近所さんに派手な効果音が響き渡っているが、この付近の住宅は騒音対策がなされているのである程度は問題なかった。


「ガハハ! その程度何のことはない! ほーれ、もうすぐだ。捕まえて噛り付くぞジョシュ隊員ン!!!」

「ぎゃー、パパ! どうしよう! 僕食べられちゃうよ!!」

「くそう、ジョシュを食べさせたりなんかするもんか! いくぞスイーパ!!」


 言いながらギルバートは銃を捨て、アーゲンへと組みついた。そこからは非常にゆっくりと歩いていたアーゲンも気合を入れてギルバートと押し合いを始める。


「ジョシュ! ここはパパに任せろぉ! お前は敵の指揮官をやっつけるんだ!」

「うん、わかったよパパ! 待っててね!」


 そこで回り込んでいたミシェルが姿を現した。押し合うふりに移行したアーゲンとギルバートは、あとは子供たちを見守るだけである。


「そこまでよ! ジョシュ君。背後はいただきです!」

「ミシェル姉ちゃん。負けないよ!」


 飛び出て来たミシェルのゆるめの射撃を横に転がってジョシュは避け、素晴らしい動きでミシェルの横へと回り込む。ミシェルはわざとかどうかはわからないが、ワンテンポ遅れて銃を向け、悔しそうな表情を作っていた。


「速い! 流石連邦捜査官ね!」

「どうだ!」


 ジョシュの撃った光線はどうやらミシェルの手を狙ったらしい。ミシェルは大袈裟に手から銃を取りこぼし、手を押さえて蹲るポーズ。ジョシュはすかさず駆け寄って、息を乱しながらもおもちゃの銃口を向けていた。


「ここまでだよミシェルお姉ちゃん! 僕の勝ちだから!」

「ふー、ジョシュ君凄い。回り込むの早かったね」

「あー、ダメだよミシェルお姉ちゃん。そこはポリネア星人の決め台詞のところなんだから」

「あ、ごめんごめん」

「パパ、見てた!? 僕勝ったよ!」


 ダメ出しはしたけどやり直しには興味ないのか、すぐにご機嫌でギルバートへと突進していくジョシュだった。ギルバートも息子を褒めたたえ、これでもかと頭を撫でている。


「フィル兄ちゃんも凄かった! 知ってたんだ!?」

「まぁちょっとな。俺も子供の時は見てたから」

「え、そうなの? そんな昔からやってたの?」

「まぁそうかもな」


 アーゲンは興奮した様子で寄ってきたジョシュに笑いかけたものの、撫でるかは一瞬迷ってやめてしまった。上げた手を何でもないかのように下げてから、ふと視線を感じてみれば、ニコニコとこちらを見るミシェルと目が合ってしまった。


「アーゲンさん、意外と付き合い良いんですね」

「たまたま知ってただけだ。というか、今のは巻き込まれたというのが正しいんじゃないか……?」

「確かに、アーゲンさんってすぐ巻き込まれますよね。ニーナさんの時といい」

「酷い話だよ全く」


 興奮が落ち着いたジョシュとギルバートは散らばったおもちゃを拾い集めに行っていた。

 通路側が庭となっている住宅は6軒ごとに1ブロックとして並んで壁に埋まっている。高さ15mといったところの建物は2~3階建てで、中はそこそこ奥行きがあって広かった。


 平均寿命が150歳なので、大勢で暮らすことを想定してあるのだが、ここはまだギルバート夫妻とジョシュの三人しかいないらしい。


「フィル兄ちゃん、僕大きくなったら自分の船を持ってポリネア星人を探しに行くんだ!」

「おおジョシュ、凄い夢だな」

「でしょ! だからお兄ちゃんの船のこと教えて!」

「いいぞ。あ、でもその前にニーナと話があるから、あとでで良いか?」

「うん! 約束だよ?」


 ジョシュは笑顔でミシェルの手を掴むと、二人で家の中へと走って行った。最初に見たときは優しそうな男の子にしか見えなかったが、なかなかの冒険少年だったようだ。


「いやぁフィルさん、お付き合いありがとうございました」

「いやいや、久しぶりに童心に返らせて貰いましたよ」

「ああ、失礼。お互い敬語はやめましょうか。他でもないニーナ姐さんのお客さんだ」

「わかり……、わかったよギルバート。俺としては、あんたが付き合ってるのに驚いた。その脚、義足なんだろ?」

「恥ずかしながら戦場でちょっと。ニーナ姐さんにはその時も助けられてなぁ。丁度30年ほど前だったか。仲間も大勢やられて、補填が効かないってことで補助金も出んで」


 言いながらギルバートは裾を上げ、両足を露出させていた。その足は形こそしっかりしていたが、色は灰色で継ぎ接ぎのようにラインがいくつも入っている造りとなっていた。


「こんな戦闘に耐え得ない代物で引退するしかなくなったのさ。ま、おかげで死ぬことなくジョシュを得ることが出来た。しかし、よくわかったなぁフィル」

「日常生活では支障ないんだろうけど、流石に組みあえば。体格の割に力の入りが変な感じだったんでな」


 フィルの目は組みあった時点でギルバートの脚部の出力と型番を見抜いていたが、話がややこしくなるので黙っていた。


「惜しいなぁ。フィルとは飲んでみたかったが、夜は仕事なんだよなぁ。まぁ息子に宇宙船の話をしてやってくれ。親ばかだが、あの子なら本当に世界初の異星人発見者になれるんじゃないかと、密かに期待してんのよ」

「そりゃまた相当なもんだ。まぁまだ数日こっちに居る予定らしいし、飲む機会はあるかもしれないだろ。それに、今夜はあんたの店に行こうかと思っていたところなんだ」

「ほーう。そいつは嬉しいが、良いのか?」


 ニーナが何のために自分を頼ったのか、なんとなく察していたギルバートは眉根を寄せた。店を気に入ってくれたのは嬉しいのだが、危ない橋は渡るべきじゃないだろう、とアーゲンを見やる。


「そんなわけでこれから説得だ」

「なるほどなぁ。ニーナ姐さんは手強いぞフィル」

「わかってるよ……」

「ははははは、そう沈むな沈むな」


 これからを考えて意気消沈したアーゲンを見て、ギルバートは大袈裟に笑ってその肩を叩いていた。ニーナの説得から始まり、その後ユータスと引き合わせて間を取り持たないとならないのだから、正直頭が痛くなるアーゲンだった。

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