第29話「おなかま」

 入港ドック付近、通信回線が密接した連絡ブースでアーゲンは端末に向かっていた。誰もが入ってくる船着き場すぐのこの場所は仕事やプライベートととにかく通信が多いため専用の通信端末が備え付けられている。


 ステーション内では通信帯圧迫を避けるため、また管理の都合上無線は禁止されていた。それぞれがナビを用いて接続し、同時使用者のうち最も優先度の高い軍や企業などの権限が優先され、無料の民間人は最低限の品質と速度しか回されない。


『秘匿回線Exil -13Aフィル・アーゲン』

『認証。お帰りなさいフィル。いつもの自律ナビではないようですが、どうされました』

『ちょっと色々あってな。それより叔父貴は?』

『所長は今出ています。報告ですか?』


 アーゲンは現在腰装備からラインを引っ張り出し、グリップからナノマシンで直接端末と繋がっていた。即席のナビ代わりであり身分の証明にはなったが、流石に秘匿回線の相手はどう接続しているのかが読み取れるらしい。


『報告は報告なんだが、込み入っててな。近いうちに首都に行く予定だからその時にまとめて頼みたい。あと同型自律ナビの用意をだな』

『それは構いませんが、あれは特別製ですから少々割高ですよ。フィルの少ないお給金では担保になりません。相応の理由がおありですか?』

『ある、と思う』

『了承しました。ではお帰りを楽しみにお待ちしております』

『お前、今絶対理由が相応じゃないことを期待してるだろ……』

『さて、私にはわかりかねます』


 その台詞を最後に通信は一方的に切られていた。アーゲンは端末画面脇、ナビの接続用プラグからグリップを外し、盛大な溜息を吐いた。どうしてこう、自分のまわりの女性陣は性格が捻じれているのだろうか。


「叔父貴の趣味が悪いせいだ」


 帰って事情を説明できたとして、それでナビの補填が妥当なものと判断されなかった場合、一体どんな要求をされるのか。考えただけでも身震いするアーゲンだったが、ミシェルからどういう方法で引き継ぐにせよ、引き継ぎ先の用意は不可欠なのだから仕方がなかった。


「あんだぁフィルじゃねーか。どしたどした。そんなわかりやすく肩を落として」

「ん、ああユータスか。いやちょっとな」

「なんだ女か? 女だろ? ふられたのか!?」


 端末用個室から出て項垂れているアーゲンに陽気な声をかけて来たのは運び屋仲間のユータスだった。恰幅の良い、いや出すぎている腹を撫でながら何が嬉しいのかはしゃいでいるのは、鼻の下にあるちょぼ髭がどこか滑稽な40過ぎのおっさんである。


「憂鬱な理由が女ってのはあながち間違いじゃないが、ふられてはない」

「はっはっは、強がるなよフィル。なに、くよくよすんな。愛玩機体の良い店を知ってるんだ。仲介料20000クレジットでどうだ?」

「間に合ってる。それよりどうしてこのステーションに?」

「おう。それがな。辺境の宙賊が捕まったらしくてよ。抱えてた品々を軍が解放するんだと。競りになるのは間違いねぇと踏んで来たのよ。あ、情報料5000クレジットでいいぞ」


 胸を張って大声で情報を放り出してくるくせに情報料というのだから笑えない。とはいえ、そこそこ付き合いのあるアーゲンは、この“情報料”が冗談半分であることがわかっていたので取り合わなかった。


 聞く価値がある情報の時だけしっかり色をつけて払えばユータスは何も言わないのだ。逆に言えば、そこで相手の情報力や信頼性を見ているともいえる。どうでもいい情報に金を出したり、払う価値のある情報に金を惜しんだりするような相手は信用しないというわけだ。


「それにしたってこっちまで手を広げると高速路代金の方が高くつくって前に言ってたろ」

「そこはそれよ。ちょっとした伝手があってな。そういえばお前、あの小うるさいのはどうしたんだ?」

「あー、ナビはちょっと色々あってな」


 色々というところに、ユータスがにっこりと胡散臭い笑顔を見せる。ただでさえ高額な自律ナビのことだから、そう簡単に失くしはしないと考えているのだろう。


「ふむ。ふむふむ。今夜空いてるなら良い店を紹介してくれんかね」

「あー、そうだな。ちょっと連れに話を通さないとわからんが、良い店を知ってる」

「ならそうしよう。20時までには連絡をくれ」

「わかった」

「じゃ、女の話もその時に!」


 ユータスは朗らかに笑いながら去って行った。出会った運び屋同士は飯の交換をする。今回は先に現地入りしていたアーゲンが良い店を紹介し、そこで情報交換を行おうという意味だった。

 アーゲンとしても軍が宙賊の品々を解放するという情報が気になった。主に出所と情報の回り方についてだが、ユータスの情報網ならある程度信用できるだろう。


 となればあの軽薄そうなユータスをニーナに信用させるところから始めなければならないわけだ。そう考えてすぐ、いや無理では? とアーゲンは再び肩を落としていた。

 そして再び考える。どうして自分の周りには男女問わず癖の強い奴らしかいないのだろうか。

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