第28話「移動」
入ってきたのはミシェルの半分ほどの背丈をした子供だった。金の短髪で優しそうな男の子はまだ10歳にも満たないだろうか、店内に入ってくるとアーゲンたち二人を見て目を丸くしている。
「だ、だぁれ……?」
扉に手を置いたままの問いかけは少し舌足らずで、男の子は戸惑ったように視線を泳がせていた。アーゲンはどうしたものかとニーナに目をやったが、ニーナはニーナで何やら難しい顔をしていた。
何を考え込んでいるのか、そんな顔をしたら余計怖がらせてしまうのではと思ったのも束の間、思い出したように晴れやかな顔でニーナが立ち上がった。
「あなた、もしかしてジョシュ君? 大きくなったわねぇ。いくつになったの?」
「え、8歳だよ。お姉さん、誰?」
「私はニーナ。お父さんのお友達よ」
「そっちのおじさんは?」
「このおじさんはフィル。私の連れね」
「ニーナがお姉さんで、なんで俺がおじさんなんだ……」
どうやらこの男の子はギルバートの息子のようだ。アーゲンとしては外見上ニーナより年上に見られるのは仕方ないにしても、おじさんと称されたことが地味にショックだった。
ニーナはそんなアーゲンを無視し、嬉しそうにグラスを置いて男の子に近づくと、優しく頭を撫で始めている。
「そっかそっか。申請通ったって言ってたのそんな前だっけ」
「しんせい?」
「そうそう。嬉しそうにお父さん報告してきたわよ。ステーションは人口管理うるさいし、妊婦は無重力下まずいから、なかなか許可が下りなくてって」
「よくわかんない」
「ああ、うんごめんごめん。ジョシュ君学校?」
「うん! 今帰ってきたの!」
楽しそうに盛り上がる二人にアーゲンはどうしたものかと考えていると、厨房の方から声に気づいたギルバートとミシェルがやってきた。
「おかえりジョシュ。学校はどうだった?」
「パパ! 楽しかったよ。今日はお客さんいっぱいだね」
「そうさ。楽しいだろう?」
「うん!」
「さ、お客さんたちに自己紹介を」
背負っていた鞄をギルバートに渡したジョシュは満面の笑みで楽しそうに身体で喜びを表現していたが、言われてぴしっと畏まり直立不動の姿勢となった。着せられたような礼儀正しさが妙に可愛らしい。
「はじめまして。ジョシュ・グリアビー8歳です。中層区第三初等学校に通っています。よろしくお願いします」
「改めて初めまして。ニーナよ。ニーナ・ハルト」
「初めまして。ミシェル・シュバーゲン15歳です」
「あー、フィル・アーゲンだ」
挨拶を交わし、落ち着いてからアーゲンとニーナは食事の感想や礼をギルバートに伝えていた。ニーナは何度か食べているようだったが、それでも今日のフリットという調理法を気に入ったらしく色々と訊いている。
「生成機で再現は難しい、か」
「いやいや、そんなお手軽に出来るならわざわざ店は構えないだろ」
「まぁそうなんだけど。似たような構造を出力できないかプログラム弄ってみようかしら」
「はははは、ニーナ姐さんに気に入ってもらえて何よりだ。良ければ積もる話もあるし、そろそろ我が家に移動しないか? 夜は店に出ないとならんしなぁ」
「そうね。ちょっと早いけど、それでいいかしら」
移動しようという話になって、最初ジョシュはステーキの皿を横目に渋っていたが、ミシェルに諭されてころりと態度を変えていた。もともと食事は学校で済ませていたというのもあったようだが、それ以上にミシェルを気に入ったようだ。
かくしてギルバートを先頭に、その後ろで手を繋いだミシェルとジョシュが楽しそうにお喋りを。最後尾にニーナとアーゲンが並んで、幅と高さが10mほどもある大通路を歩いてギルバートの自宅へと向かっていた。
通行人はまばらだったが、道の真ん中を途切れることなく無人の大型貨物が通っている。天井には楕円筒のような流体加速機が備えられ、通路脇の排水排気口と共に大気の循環を行っているようだ。ステーションにいくつも通った一般的な大通路である。
「なぁニーナ、泊まるところはどうするんだ?」
「あれ、言ってなかったっけ。ギルバートのところに厄介になる予定よ。足がつかないし、広さも十分だしね」
「聞いてないんだが……。まぁそれは、いいのか?」
「大丈夫大丈夫。奥さんも見知った仲だし」
「なら場所だけ教えてくれ。俺はちょっと運び屋の仕事関係で行かなきゃならんところがあってな」
足を止め、脇道のように繋がった別通路をちらりと見やるアーゲンに、ニーナは疑うような目線を向けた。あまり目立って欲しくないというのは、極力露出を避けて欲しいという意味だったのだろうが、それはそれとして運び屋の事後処理はしなければならない。
「……良いけど、大丈夫でしょうね。って、ナビはどうするのよ」
「連れて行った方が俺の立場が危ういだろ実際」
「変態フィル・アーゲンとして一躍有名人ね。それはそれで面白いけど」
「面白くねぇよ。まぁ、ちょっと行ってくる」
「はいはい。夕刻限までには戻るのよ。はいこれ」
アーゲンはひらひらと手を振るニーナに子供扱いするなという視線を送りつけ、差し出された情報体を受け取った。ナビが扱っていたアンプルのような、小型の情報媒体である。
小指の先ほどのそれは体内ナノマシンを抽出してデータを持たせた即席のメモリのようなもので、緊急時や秘密裏にデータのやり取りを行う際使われる手法だった。
「そこまでするかね」
アーゲンは受け取ったもの”ギルバート家の住所”を読み取りながら、大通路から接続された小通路へと入って行った。
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