第27話「お食事とこれから」
「本来は裏に回る必要もないんだが、今回は特別製でなぁ」
そう言って素焼きの浅皿を運んできたギルバートは、手慣れた様子でそれらを三人の前に並べて行った。薄暗い店内にコク深いソースの香りが広がった。
「当店の裏メニュー、ミル牛のフリットステーキだ」
言いながらギルバートはカウンターの電灯を入れ、壁の球体を操作して証明を明るくしていく。頭上から降りて来た円筒状の照明器具が、運ばれて来た料理を照らし出していた。
メインとなる浅皿には赤身を見せるステーキの切り身が5枚ほど扇状に並べられており、そのどれもがこんがりとした衣に左右を包まれている。ステーキの丁度真ん中には花咲くような形でソテーされたキノコが乗っていて、その上から黒に近い褐色のドミグラスソースがかけられていた。
「ナイフとフォークはカウンター下から新品が出るようになっているから、そこから出してくれ」
ギルバートに言われた通り、カウンター下部にちょっとした小物入れ程度のスペースがあって、そこに手をかざしたら内部からナイフとフォークが出力された。生成機に余裕がある店ならではの演出だろう。
「それじゃぁ頂きましょうか。私を救った二人に乾杯」
「いつの間に酒を……。まぁ、いただきます」
「いただきます」
戻ってきた時にちゃっかり持ち出して来たのだろうか、ニーナはボトルとグラスを用意して飲む気満々のようだった。アーゲンとしても酒は気になるが、ミシェルの手前もあって注文は控えることにする。今は酒より料理だ。
ナイフとフォークで切り分けたステーキにソースを絡ませ、口へと運ぶ。まず出迎えてくれたのはサクッとした香ばしい衣。カリカリに揚げられたフリットと呼ばれる衣はメレンゲが加えられており、中身をふわりと包み込んでいる。
そうして守られていたのは、しっとりとしつつも食べ応えのある赤身の肉質。衣を砕いた先で、濃厚な味わいのソースに支えられ、しかしそれらに負けることなく主張してくる肉として確かな弾力や旨味が、噛めば噛むほどゆっくりと広がってくる。
気が付けばアーゲンは一息に3切れも食べてしまっていた。これだけきちんと肉らしい肉を食べるのはいつぶりだろうか。横を見ればミシェルも夢中になって食べている。ニーナは食べ慣れているのか、上機嫌にグラスを傾けながら舌鼓をうっていた。
「これは、凄いな。一体どんな生成機を?」
「ふふふ。フィル、それは失礼よ。ミル牛って言ったじゃない。再生成してないわよ」
「まじかよ」
驚いて皿に残った肉をまじまじと見ているアーゲンの前に、ギルバートが笑いながら新たな皿を置いていく。そこには丸いパンが3つほど乗せられていた。
「残念だがこっちのパンは生成したもんだ。もともとが酒場だからそこは諦めてくれ。ただつまみ用の肉やソースに拘っていたら、軍将校に気に入られてなぁ。一部の肉や骨の流通を回してくれたってわけだ」
アーゲンは生成したての熱々のパンをちぎり、ソースをつけて食べてみる。確かにそれはよくある成形したパンのようだった。
発酵させていないためふんわりというよりもっちりといった食感だったが、それでも再加熱したパンは濃い味わいのソースと絡めると美味しく感じられる。
「たいした伝手をお持ちで。しかし、ニーナはどこでこんな良い所のマスターと知り合ったんだ?」
「良い所のマスターねぇ。私の伝手なんて後にも先にも軍しかないわよ」
「ああ、やっぱり元軍人なんだな。いや、さっき握手したときに手がね」
「おうよ。まだまだひよっこだった時代にニーナ姐さんには随分鍛えられてなぁ」
「ひよっこ、だった時代……?」
アーゲンはグラスをあおっているニーナと、カウンター越しに懐かしそうに目を細めている初老の男を見比べていた。顔に深く刻まれた皺や、白髪が混じりつつも整えられた髪を見て、どう若く見積もってもニーナより年上に見える。
「ニーナ、お前いくつなんだ?」
「……、フィル。女性の歳を真っ向から躊躇いなく訊いてくるなんて良い度胸ね」
目を細めてグラスを置いたニーナはにやにやと不敵な笑みを浮かべていたが、その目は一切笑っていなかった。どうやら触れてはいけない部分に触れてしまったらしい。
アーゲンはミシェルに助けを求める視線を送ったが、当のミシェルは黙々とステーキを頬張っており、助けになりそうになかった。
「ま、別に隠しておくようなことじゃないか。私基本的に寿命ないから。流石に色々問題になって記憶のバックアップシステムは封印されたから不死身ってわけじゃないけど。あれよ、インスタントソルジャーってやつ」
「いんすたんと……?」
さらりと告白された事実に、ミシェルは小首を傾げたあと眉根を寄せていた。検索して情報を引っ張り出してしまったのだろう。
インスタントソルジャーは蔑称で、速成クローンに記憶の転写で即戦場入りさせられていた兵士のことである。文字通りパーツとして見られ、経年劣化はなく記憶のバックアップで経験値も損なわない低コストの兵士として一時期大量生産された。
最終的にAIより扱いが酷いと非難されプロジェクトは封印。とはいえ、既に生まれていた彼らを受け入れてくれる場所もなく、多くは傭兵として命を落としたとアーゲンは聞いていた。
「さらりと言うなよ……」
「別に私の勝手でしょ。たいして気にしてないしね」
「こっちが気にするっつーの」
「いやぁ姐さんは相変わらずだ。その調子で俺の最期も看取って欲しいってなもんだ」
「お断りよ」
ギルバートが豪快に笑い、場の雰囲気は何とか落ち着いていた。アーゲンも気を取り直し、苦笑しながら残った食事に手を付ける。
「お。お嬢ちゃんもう食べ終わったのかい? いい喰いっぷりだなぁ。どれ、おかわりを持ってこよう。本物の牛骨や肉の塊もあるけど、興味あるかい?」
「あ、ちょっと興味あるかも」
ギルバートは上機嫌に、いそいそと立ち上がってお尻を気にしていたミシェルを連れて厨房へと入って行った。
アーゲンはニーナの告白に一人焦って何だか損した気分になったが、その落差に緊張が解けたのか食事を楽しむことができた。高級品とわかって若干強張っていたらしい。自身の貧乏性に自分でもびっくりだった。
「ま、そんなわけだからあの子を悪いようにはしないわよ」
「……それが言いたかったのか」
「流石にねぇ。私としても命の恩人を売り渡すような真似はしたくないし、境遇もちょっと似てる気がするし。あなたに何時までも疑われているのも気分悪いし、ね」
アーゲンに向き直ったニーナは寂しそうに笑いながらグラスを揺らしていた。少し色のついたそれは白ワインだろうか、風味を楽しむように鼻を近づけている。
「宙賊の狙いはミシェルだったと思うか?」
「そう考えるしかないんじゃない? 他に心当たりもないし。あれだけの性能を見せつけられると、どうしたって結びつけるわよ」
「あいつらは“拾ったか”と訊いてきたわけだから、何か“もの”だと考えていたのかもしれない」
「だとしたら詳細を知らされていない下っ端かしら。重力砲といい、防護機といい。そこらの宙賊が用意する装備じゃないから、雇われていたか装っていたか」
アーゲンもそのニーナの推測に頷き、最後のパンを口に放り込んだ。少し手に油分が残ったが、カウンター下のスペースに手を入れて生成機に回収させる。
「とりあえず首都を目指すんだろ?」
「そうね。あんな辺境に巣を張っていたんだし、この辺が奴らの縄張りというのならまずは移動すべきだもの」
「ここの軍部に援護はしてもらえないのか?」
「無理よ。ミシェルの正体もわかっていない。私とは管轄も違うから融通も利かない。首都圏内までは私たちだけで行くしかないわ」
「だから食事もここか」
アーゲンは再び店内を見回していた。外の大衆食堂だと大勢が出入りしている以上、どこで情報が漏れるかもわからない。あの宙賊たちが何等かの手段で背後に居る連中に報告をしていたら姿を見られるのも危険かもしれない。
「大丈夫だとは思うけど、あまり表立って動きたくはないってこと。滞在中はその辺気を付けて行動して頂戴。一応軍部があの宙賊たちの後始末に行ってるけど、情報を回してくれるかは怪しいもんよ」
「そんなに軍内部で仲が悪いのか」
「違うわよ。ここの軍部は辺境付近を一括で取り仕切ってる連中だもの。色々と現場叩きあげで、その辺硬いというか怖いくらい秘密主義。情報部ってだけで胡散臭いって思われてるし、ミシェルの検査といい睨まれてるだけ。要は情報を要求するなら、そっちのカードも見せろって言われるってこと」
「それは困るな」
「そういうこと」
アーゲンは腕を組んで考える。なんというか、自然と乗りかかった船状態で、ずるずるとニーナへの協力が続いている状態だった。
ステーションまでの船内でも軽く話し合ったのだが、あの宙賊たちは絶対に背後に何等かの組織が居るだろうと二人は考えていた。その組織や集団がどういった奴らかはわからなかったが、関わった以上ここで別れたところでアーゲンも狙われる可能性が高い。
少なくとも諸々の背景が見えてくるまではアーゲンとしても命は惜しいし、何より自分にとっても命の恩人であるミシェルのその後が気になっていたので、ニーナの改めての協力要請に二つ返事で応えたのだった。
何のことはない、宙賊を捕らえた直後にニーナが「首都まで一緒に来てもらう」と言っていたのは、そこまで考えての発言だったわけである。
やはり年の功か、とアーゲンは考えたが絶対に口に出さないよう心に決め、自分も酒でも飲もうかと思っていた所で。
店のcloseと出ているはずの扉が開いた。
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