第26話「ひといき」
第四ステーションは細長い箱のような構造体がいくつも交差して連結したような無数の入港部分と、それに覆いかぶさるように半球状の上層部がある構造をした接続駅だった。
連邦の管理する高速航路の連結部に存在するこのステーションは、連邦と各開拓惑星を結ぶ要所として発展しており、多くの船が行き交う場所である。
役割としては各宙域を通る際のガイドや交通管理から始まり、連邦との高速通信や一帯宙域の通信仲介までと幅広かった。
球体の上半分といった上層部のうち最上層は軍や通信監理といった行政の施設があり、中層や下層に一般的な施設が入っている。
ミシェルと合流したアーゲンとニーナはそのうちの一つ、中層にあった店へと足を運んでいた。
「謝礼として昼飯奢るって話じゃなかったか?」
「なによ文句あるの?」
アーゲンは呆れた顔でその店構えを見上げていた。命を救ってもらったお礼に奢るというニーナの提案に密かな期待を膨らませていたのだが、連れて来られたのはどう見ても小洒落たバーである。
店構えは艶のある黒の材質で整えられ、イルミネーションも配置されているようだったが今は光っていなかった。今時珍しい手動で開く扉にはcloseと立体文字が浮かび上がり、波打つように躍っている。
閉まっているという告知一つとっても目を楽しませようというのだから、なかなか良い店なのだろうが、営業していたとしても昼食処としてはどうなのだろう。
「おいおい昼から飲む気か? ニーナがそんなに酒好きとは知らなかったが、ミシェルも居るんだぞ?」
「違うわよ。お酒は好きだけど、それとは関係なくこことは顔なじみなの」
「ほう。そりゃ何より。てっきり連邦軍権限で開かせるのかと思ったぜ」
「そんなわけないでしょ。私を何だと思ってるのよ」
「こちとら初対面で協力の義務がある、拒否権はないだったんでね」
「……しつこい男は嫌われるわよ」
ニーナはその捨て台詞で話は終わり、とアーゲンを無視して扉を開いた。一週間以上船内で共に過ごし、何となくお互いの扱い方を覚えた二人である。ミシェルも二人のやり取りには慣れた様子で、言い争いに慌てることもなく店内へと続いた。
中は電気がついておらず薄暗かったが、動きを感知して壁際の足元から小さなライトが点灯していった。ニーナは店内が淡い黄色に染まるのを待って、慣れた様子で奥へと進んで行く。残されたアーゲンとミシェルは物珍しそうに店内を見回していた。
店内は艶やかな茶色のカウンターが奥にあり、入って左右にはいくつかの四角いテーブルが並んでいた。カウンターやテーブルの周りには丸いシンプルな椅子が設置されていて、その隙間を縫うように膝丈ほどの円筒状の機械が掃除を行っている。
「わ、アーゲンさん見てください。この天板、1000万クレジット相場だそうですよ」
「ミシェル、そういう金額は読み上げるんじゃない」
ミシェルはここ一週間でナビの機能の多くを使いこなしており、情報網へのアクセスから見たものがどんなもので、どれほどの価値があるのかなど特性ごと見抜くようになっていた。
アーゲンが言われて天板を見てみれば、カウンターだけは大きな天然木材一枚を磨いて造ったものだった。これには運び屋としてある程度の相場が頭に入っているアーゲンも驚きだった。
天然木材が高いのは植林の手間もさることながら、主な理由は運搬に関することである。他の材料、特に金属や樹脂等のものは圧縮運搬後に再成型することができた。要は材料だけ運んで、成形方法やデザイン料を払う形で良いのだ。この手法なら材料によっては通信料と特許料だけで済む場合もあるし、何より早い。
これに対し天然素材というものは圧縮や元素分解をしてしまった時点で素材としての価値がなくなってしまう。他の素材運搬なら圧縮で100運べるところが、面倒な品質管理をしたうえで10しか運べないのだから、どうしたって高くなる。
そしてそうして希少価値が上がれば上がるほど、本来の資材的価値より付加価値が上がる。金持ち連中は己の誇示のためこぞって取り合い、結果もっと高くなってしまうというわけだ。なまじ特許として加工情報やデザインが気安い分、余計“素材資産”を持っているかどうかが重要な意味を持つ。
「しかし高そうな店だな。勝手にってのもなんか悪いが、とりあえず座るか」
「私、こういうお店に入るのも初めてなので緊張しますって、ひゃぁ!?」
カウンターの丸椅子に座った二人だったが、ミシェルは座った瞬間大きな悲鳴をあげて飛び上がるように立ち上がった。そのままカウンターから距離を取り、お尻を押さえて目を白黒させている。
「ななな、なんですかこの椅子!? セクハラ椅子ですか!?」
「おいおいセクハラ椅子ってなんだよ。って、ああ。アノンチェアで検索してみろ」
「あのんちぇあ?」
アーゲンはミシェルが驚いている理由に合点がいっていた。多くのバーや喫茶店など、座って長時間過ごす店ではアノン自治連盟が開発した医療技術を用いた椅子が出回っている。座った者の体重や重心によって形状を変えて、座っていることが負担にならないようにしてくれるのだ。
「何年も前から浸透して最早当たり前になってたが、そりゃ最初は驚くよな」
「びっくりしましたよ。お尻を掴まれたのかと……」
「あー、だからセクハラ椅子ね。なるほど」
「わ、笑わないでくださいよ!」
言いながら思わず笑ってしまっていたアーゲンに、ミシェルは椅子に座りなおしながら頬を膨らませていた。それでも座る瞬間はちょっと顔を引きつらせるのだから、アーゲンとしては見ていて面白い。
「ちょっと今の悲鳴何よ。アーゲン何かした?」
「なんで俺なんだよ……。ミシェルがアノンチェアをセクハラ椅子だとさ」
「ああ、それで。それにしても、セクハラ椅子とはまた言うわね」
微妙そうな顔をして慣れない様子でもじもじするミシェルを見て、アーゲンだけでなくニーナまでニヤニヤと頬が緩んでしまった。ミシェルはそれを見て余計赤くなって唇を尖らせていく。
「はははは、すまないねぇお嬢ちゃん。うちの椅子が悪さをしたようだ」
そんな店内に少ししわがれた大きな笑い声が響き渡った。カウンター奥、おそらく厨房だろうところから出て来たのは白髪がかった初老の男で、豪快に笑っている。
「はいはい笑いすぎよギルバート。こちらこのバーのマスター、ギルバートよ」
「宜しくなぁ。それにしても、ニーナ姐さんが客人を連れてくるのは珍しい。ああ、座ったままで構わん構わん」
カウンター内側へと入ったギルバートは、立ち上がって挨拶を返そうとしたアーゲンを手で制し、ニーナにも座るように促した。ニーナもそれに頷いて、ミシェルの隣へと座りながら二人を紹介する。
「こっちのぼけっとしてるのが運び屋のフィル。セクハラされた女の子が保護対象のミシェルね」
「おいおいどういう紹介の仕方だよ。フィル・アーゲンだ。普段はこんな高級店とは縁のない一介の運び屋だが、よろしくな」
「高級店とは有り難い評価だ。ニーナ姐さんの友人ならおまけしとくよ。どうぞ御贔屓に」
アーゲンとギルバートはカウンター越しに握手を交わしあう。こんな高級店のマスターをしている割に大きな手の平はごつごつしていて、アーゲンには印象的だった。
「ミシェル・シュバーゲン15歳です」
「よろしくなお嬢ちゃん。さっきはうちの椅子がすまないねぇ」
「あ、いえ。その、私の方こそ椅子の悪口を言ってしまって」
「あっはっは、そんなことまで気にしてくれたのかい? いやぁ良い子だねぇ。ニーナ姐さんの客人にこんな純真な子が来るなんて驚きだ。ああ、だから保護対象なのか。こりゃ保護しなきゃならんもんなぁ」
「はぁ……」
大声で再び笑い出したギルバートにミシェルは困惑気味だったが、ニーナが憮然とした表情で相手を引き継いだ。
「もう良いでしょギルバート。あとその私に含みのある言いまわしを止めなさい。あなたたち、私を何だと思ってるのよ」
「ニーナ姐さんはニーナ姐さんさ」
「ニーナはニーナだな」
言われてカウンターを挟んだ二人はわかったように頷きあっていた。それを見てニーナはげっそりとしたような呆れたような半眼で溜息をついて首を振る。
「まぁいいわ。そんなことよりギルバート、さっさとお昼持ってきて」
「おうよ。んじゃ三人とも、少し待っていてくれ」
ギルバートは威勢の良い返事で再び厨房へと消えて行った。少し不安だったがやはり昼食はここで摂るらしい。いい加減空腹の極みだったアーゲンとしては一安心である。
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