第二章「ステーション」

第25話「精密検査」

 ミシェルは下着姿で台に横たわり、その周囲を囲むように回る検査機で全身の精密検査を受けていた。

 空中に伸びた台座はシンプルな平台で、一本の支柱に支えられている。その周囲を回る円環状の機器は様々なセンサーや検査機の集合体だ。三つあるそれらがゆっくりと回りながら角度を変えている。


 その様子を隣室で見守るのはニーナとアーゲンの二人である。二人は次々と表示されるデータを見比べながら、ニーナは腕を組み、アーゲンは顎に手を当てて真剣な表情をしていた。


「やっぱり変なところはないな」

「そうね。でもフィルが言っていた通り、成長する組織で組まれている。何より大発見なのはミシェルがオリジナルってことね」


 三人は第四ステーションへ辿り着くと、早速ミシェルの精密検査を申請し、ニーナの権限で他の技師を入れずに情報解析を行っていた。あれだけの性能を発揮したのだから絶対に何かがあると考えてのことだったが、その予想は外れてしまっていた。


「オリジナル、か。喜んだ方が良いんだよな?」

「ええ。ただの模倣された人格やデータだったら、人権はあってもミシェル・シュバーゲンとして生きて行く道は諦めるしかなかったもの。ミシェルのことを想えば、喜んで良いところよ」


 そう言うニーナも表情は重かった。アーゲンも喜ぶべき報告だとは思いつつ、あの能力の正体が結局見えてこないことに不安を感じていた。わかっていれば、かばいようもあるし対処もできるが、わからないのではどうすることもできない。


 ともあれ、ミシェルがオリジナルとわかったことは吉報と言えるだろう。人格の模写や転写が行われる場合、多くは番号や管理コードが加えられるものだった。本質的に見分けがつかないというのは以前ニーナが語った通りではあったが、区別がつかないからこそ、区別のための目印をつけるわけである。


 それは無用の混乱を避けるためであり、事故や病気で人格を移したものなのか。いざという時のために保存しておいたものなのか。どの程度の品質で行われたものなのか等、細かく分類されている。

 基本的には違法となった今でもその痕跡は変わらないし、コードを加えずとも精査すればどういう方式だったのかは読み取れた。


 今回ミシェルに残されていた痕跡は、本人の脳からの転写であり、転写元からそっくりそのまま移動したことを示していた。つまりコピーではなく、何等かの理由で移植したということである。


「どういう理由にせよ、まぁこれで違法性は下がったと考えていいのか?」

「やむにやまれぬ事情ならそうなるわね。まぁそれにしたって違法機体に移してるわけだから、指示を出した人間に罰則があるかもしれないけど」


 二人は一旦黙って表示されていくデータ類を睨む。それだけならただの保護対象ということで済む話なのだが、ミシェルはアーゲンのナビを取り込んでいた。

 彼女は現在、ミシェル・シュバーゲンでありながら登録上はフィル・フィリップ・アーゲンのナビなのである。


 検査で出て来る機体情報に何の問題もなく、ミシェルという個人として扱われているというのに、連邦のデータに繋ぐとナビとして処理されるのだ。


「どうなってんだ一体」

「わからないけど、解決するまでミシェルはあなたのナビとして振る舞うしかないんじゃないかしら」

「おいおい。俺はどんだけ変態趣味なんだよ……」

「まぁ周囲からしたらそうなるわよね。少女趣味の高額ナビなんて、一風変わったどころか立派な変態よ。見る人が見ればその機体も愛玩機体なんだし、やばいわね」

「勘弁してくれマジで」


 惑星ナーベルをたつ時にナビの仕事として、レンタルしていた銃器の溶解処理は行えていたし、宇宙船の権限も問題なくミシェルは操縦をこなしていた。

 何でも、やろうと思うと細かい部分は意識せずともルーチン化しているのか処理されるのだそうで、本人も不思議がっていた。


 問題はニーナがダウンロードさせた軍用ソフトが見当たらず処分できなかったことと、結局二人きりに出来ないとニーナの宇宙船を連結させられ、揚げ句三人で暮らしながらここまで飛んできたことくらいだった。

 無防備なくせに見たら許さないと息巻くし、アーゲンとしては色んな意味でたまったものではなかった。


「ま、いいわ。わからないものはわからない。ここの設備じゃ力不足なのかもしれないし、首都に向かいましょう」

「それで大丈夫なのかよ」

「心配したって仕方ないじゃない。ここの検査で出ないんなら、どこの検問でも問題なんて出ないわよ」

「待て待て。首都で何か見つかっちまったら、それこそまずいんじゃないのか?」


 終わり終わり、と出口へ向かうニーナにアーゲンは声をあげていた。ここならニーナの強権で技師を追い出すことが出来たが、流石に首都ではそういうわけにもいかないだろう。


「見つかってまずいものなら、それこそ知らずに放置するわけにはいかないでしょ。まぁうまくやるわよ。それよりフィル。あなたも精密検査受けたら?」

「俺がか?」

「ええ。あなた、入港の時警告出てたじゃない。もう何年もチェックしてないんでしょ? そりゃフルでやろうとすると費用高いし、民間の出にはきついかもしれないけど。今なら軍持ちで受けられるわよ?」


 ニーナは外へのスライドドアをくぐりながらそう提案していたが、アーゲンは身震いして首を振った。正直なところアーゲンはあまり軍部を信用していなかったので、その提案は願い下げだった。


「よしてくれ。軍に借りなんて絶対作りたくないし、運び屋としての経歴に響く」

「そういうもの?」

「軍持ちで検査を受けたってなったらそれだけで危ないものを運んでいたか、そうじゃなくても疑われたって目で見られちまう。真相はどうあれ、な」


 時に広大な宇宙を巡る運び屋にとって、どんなトラブルがあったとしても乗り越えられる人材かどうか、という意味で信頼性は重要だった。軍部にマークされたことがあるような人間はやはり警戒されてしまうのだ。

 いくら問題がないと言い張ったところで、データの改竄や取引があったのではと勘繰られたらきりがない。


「ふーん、そういう理由なら良いけど。ま、ミシェルを解放してご飯でも食べましょ」

「ああ、ここはこれでいいのか?」

「大丈夫よ。私の権限で通してるから、終わったら残存データごと消えるわ」


 ニーナが出て行ったのを見送り、アーゲンはほっと息をついていた。こんなところで精密検査なんてされたら色々な意味でアーゲンとしても危うい。そう一息ついた後ろでデータ類が次々と自動削除されていく。

 何だかんだニーナは優秀な軍人なのだろう。良い意味でも悪い意味でも。真っ赤な文字列となって消えて行く表示データを見ながら、アーゲンはそう考えて首を振った。

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