第7話「問題」

「あー、美味しかった。これはハマるわ」

「そりゃ良かった。本当、良かった……」


 二者別々の反応を残しつつ、食事の時間は終わっていた。ナビは二人の出した容器を回収し、後部箱型の外装へと収納する。分解し色々な元素として再利用されるのだ。


「あんな良質な鶏肉がステーションで手に入るとは思えないんだけど、高いの?」

「そこがみそでな。現地のクローニング施設とコネがあって、そこの流通の定期便があそこを通るんだ。で従業員用の食事を提供する代わりに、規格外のものや使わない骨を卸してもらうと」


「なるほどね。あの白いのは?」

「あれは豆の茎らしい」

「へぇ! あれが? それにしては美味しかったけど」

「天然生産物としては生産が容易らしくてな。かつ、天然モノを食べる階層はより贅沢なものを求めるから合わないとかで、量を調達しやすいそうだ」


「ふーん。あなた、フィルだっけ。結構面白い話を知ってるじゃない」

「まぁ、こうやって友好的に商売に話を繋げるための食糧ってわけ。色々とお互いの情報交換にもなるしな」

「ま、私は軍人だからそういう、商売になりそうな話は知らないけど。ともあれ、そろそろ本題に入りましょうか」

「そうだな」


 二人は姿勢を正し、改めて向かい合う。アーゲンはナビと共にここまでの経緯を簡単に説明し、ニーナはそれを黙って聞いた。


「なるほどね。その救難信号は私じゃなくて、奴らのものよ。私もそれに釣られて襲撃されたんだから。本当、救難信号を囮にするなんて何考えてるのかしら。極刑よね」

「ああ。それで、ニーナは何でこんなところに? その、何か軍が動くようなことがあったのか?」


「いいえ。正直、どういうことかはわかってないけど、このあたりで異常な反応を測定したらしいのよ。その調査に行けって、いきなり独立分隊とか言われて」

「異常な反応?」

「そ。まぁ詳細は私も知らされてない。分隊なのに私だけの単独任務だったし」

「え?」


 アーゲンは本日何度目かの複雑そうな顔をしていた。いい加減ニーナも慣れたもので、いちいちアーゲンの変顔には付き合わないものの、怪訝な顔で言葉を返す。


「ん? あれ。言ったわよ? 私仲間なんて居ないって。だからあなたに手伝ってもらったんじゃない」

「あー、そっかそっか。はじめから一人だったのか。なるほどなー」


 何か言いたそうなアーゲンだったが、ニーナは言い出さないのならたいしたことじゃないか、と無視して話を進めることにした。問題はまだあるのだから。


「その変な顔やめてよ。でまぁ、現地付近に着いたら救難信号でしょ? なうえに捜索に降りたらいきなりの襲撃で面食らったわ」

「あいつら、よく連邦軍になんて手を出したな……」

「単騎だったから、まさか軍とは思わなかったんじゃない? 一応反撃前に拡声器で通達したんだけど」

「あー、だからあいつらブリッツなんて相手してたのか」

「ん? どういうこと?」


 予想外の敵戦力なら逃げるか降参するものではないか、と考えていたニーナは首を傾げる。軍人として戦わなければならないとしても、あまりに不利で戦うだけ損害が出るような戦力差なら降伏する権利がニーナたちにはあった。


「だからさ。こんな事してるって軍に知られたら全員極刑なわけで。まずったとしても知られたからには、それが単騎なら何とかして殺してしまえば逃げられると。そう思ったんじゃないか?」

「なるほどね。だから装備が貧弱なくせにしつこかったわけか。ブリッツを獲物として見るなんて厄介な宙賊かと思ってたけど、そうでもないのかな?」


 ブリッツという戦力でも手を引かないのは倒せるという確信があったわけでなく、宙賊としての保身だったわけか、とニーナは納得した。

 宙賊なんて、お目こぼしの隙間を縫っているだけで、やり過ぎて軍が来たら立ち行かないと討伐部隊から聞いたことがある。


「ともかく状況はわかった。俺としては運び屋の仕事に戻りたいし、要救助者が居ないならあとは脱出するだけだ。ニーナも元の任務に戻るだろ?」

「そうねぇ。あーでも、その前にあなたの銃器とナビのデータを弄らなきゃだわ。あれバレたら私が極刑だし」

「……結構無茶するなお嬢さん」

「伊達に伍長じゃないわよ。女だてらにとか思った?」

「いや、まぁどの組織も男女比率は決められているしな」


 連邦では人種保護法によって、如何なる組織や集団であれ法的に男女比率が定められている。それは他のコミュニティが何等かの原因で死滅した際にも、人類種を存続させるため、遥か昔に絶滅の危機を脱してから定められたルールだった。

 それは軍隊でも例外ではなく、むしろ軍隊だからこそきっちりと比率が守られているらしい。特にパイロットは狭い機体や車内に入る分、女性が多いのだとか。


「でね。ちょっとあなたに相談なんだけれど。というかほら、褒賞も用意しないといけないし色々手続きとかあるし、是非お願いしたいのだけれど」

「はぁ。まだ何かあるのか」


「実は、私の降下ポッドあいつらに壊されちゃったから。一旦あなたの宇宙船に運んでくれないかしら」

「いやいやいや。ブリッツなんて載らないぞ」

「ぐ……。そこは、いいわ。私があなたの宇宙船で、自分の船に移れば予備のポッドを出せるから」


「遠隔操作で何とかならんのか」

「その端末ごとやられたのよ。お願い。というか、協力する義務があるわよね!?」

「あーわかったわかった。あんた一人くらい運んでやるさ。俺は運び屋だしな。褒賞の件も忘れないでくれよな」

「あ」


 話がまとまりかけたところで、ナビの一言が空気を割った。何事かとそちらを見やる二人に、ナビはいつもの調子で報告をする。


「こちらの降下ポッドだが、今まさに接続が絶たれたようだ。どうやら賊の生き残りに奪われたらしい。どうするアーゲン」

「「はぁ?」」


 二人の返答は見事に重なって夜空に響く。どうやら今夜はまだまだ長くなりそうだ、とアーゲンは出発時に体内時計を調整しなくて良かったと噛みしめるのであった。

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