第6話「顔合わせ」

 彼女に指定された集合場所は倉庫が立ち並ぶ一画だった。錆びた半円のドームが立ち並ぶ集積所。その中心部に、赤と黒でカラーリングされたブリッツが待っていた。

 遠距離のゴーグル補正では色の判別はついていなかったが、赤と黒の幾何学状の迷彩にはアーゲンも驚いていた。真っ黒というのは自然界にはそうそうないから目立つだろうに。


 近くで見て、彼女が集合場所をここにした理由もよくわかった。3~4mもあるブリッツでは狭い場所で肉薄されたら戦いにくいし、かといって開けた場所だと狙い撃ちだろうから、こうして通路が広く整然としてスキャンしやすい場所を選んだのだろう。


『来たわね。疑ってるわけじゃないけど、用心のためにもう一度強力な探査を打つから、ナビは基本機能以外止めてくれる?』

「了解した」


 ブリッツまで100mほどの距離でナビは一旦浮遊をやめて地面へと降り、アーゲンもそれに倣って武器を降ろして座り込んだ。それから数秒後、前方のブリッツから強力な反響音が二度鳴り響いた。


『良し。尾行もなさそうね。いいわ、近づいてきて』

「結構音が凄いんだな」

『詳細は軍機に触れるけど、まぁナノマシンや自律兵器をびっくりさせるようなものかな。小型の追跡機を洗い出すのに驚かして反応を見るようなものね』

「ナノマシン……」

『心配しなくても、民生品の誰もが当たり前に体内に持ってる程度は拾わないわよ』


 アーゲンとナビがブリッツの前に到着すると、ブリッツ胴体ハッチが空気圧を抜きつつロックを解除していくのがわかった。


 ブリッツは目の前にするとやはり大きく、実利を求めた形は武骨で、表面に追加の装甲板を貼っているせいでより厳めしい。脚部は二脚タイプで、立ち姿はつま先立ちのようにも見えるが、そのつま先自体が大きく、地面を掴むような形になっていた。


 鳥足のような脚部に支えられた胴体には卵型の搭乗スペースがあり、それを守るように装備装着用の機構や装甲が周囲を固めている。人でいうところの頭のような突起部分はなく、胴体からバックパックのような装備機構と、武装のついた大きな腕が伸びた歪な人型だった。


「さて、改めてニーナ・ハルト伍長よ。助かったわ運び屋さん」

「え?」


 アーゲンは呆けた声を上げてしまった。ブリッツを観察していたら、その後ろからひょっこりと、一人の女性が出て来たのだ。金の見事な髪色だというのに無造作に引っ張ってまとめたような、ひっつめ髪をした長身の女性はまだ若く20代前半に見える。

 ぴっちりとしたパイロットスーツに身を包んだ彼女、ニーナは右手を差し伸べながらあきれ顔でアーゲンに苦笑した。


「なに驚いてるのよ。ブリッツの搭乗口は背中、腰のあたりにあるから。それとも、あんな大立ち回りをしたパイロットが、こんなか弱い女だったなんて信じられない?」

「いや。声でわかるけど、まぁその。確かに意外だった。俺は運び屋のフィル・アーゲンだ」

「ふーん。いやぁね。真面目くんって感じ。ま、とりあえず座りましょうか」


 握手が済むと、ニーナは腰に括りつけていた重厚そうなヘルメットを地面に置き、そこに遠慮なく座り込んだ。そのままポーチからスプレー缶を取り出し自分へと吹きかける。


「あーそれ。支給品?」

「そう。知ってるの?」

「一応」


 何だかばつの悪そうな顔をしながら対面に座ったアーゲンに、ニーナは首を傾げるも、その答えはナビの方から説明された。


「洗浄代わりのナノマシン散布缶。軍御用達となると最安値のグビア組織のもので、値段の割に効率的に無駄なく老廃物や臭いのもとを分解する代物だが。アーゲンは以前、そのスプレーがいかに独特の発酵臭を残すのか力説し、雇い主にピーシーズ同盟の品を輸入させた経歴がある」


「発酵、臭……」

 ニーナの手が止まり、スプレー缶をまじまじと見つめる。


「要するに臭いと散々罵倒していた。望むならその時の音声データを再現する」

「へぇ……。つまり運び屋さんは私が臭いから、そんな顔を?」

「いやいやいや違うって。ナビも変なデータを引っ張り出さんで良い! そ、そうだ良い品があるんだ」


 慌てたアーゲンは大袈裟な身振りで荷物へと近づくと、中から20cmほどの長方形の箱を取り出して、ニーナへと手渡した。


「これは。食糧?」

「ああ。開け方はわかるか?」

「そのくらいわかるわよ。でもどういうこと?」

「運び屋の習慣でな。お互いに良い食糧を交換し合って、友好関係を築くってのがあるんだ。あんたは軍人だから知らないだろうけど」

「なるほど。私が持ってるのはこんな豪勢な代物じゃないけど、ほら」


 ニーナは箱を膝に置き、ポーチから手のひら大の四角い容器を取り出してアーゲンへと放り投げた。アーゲンは落としそうになりながら何とかそれを受け取って、またもや複雑そうな表情をつくる。


「なによ文句あるの?」

「これは、ひょっとしてあれか」

「あれね」

「だよな」

「友好の証を食べないつもり?」

「わかったよ。食えばいいんだろ食えば」


 それぞれがそれぞれの容器の封を切る。ニーナは箱の側面にあった紐を引っ張り、空気が吸い込まれる音と共に、中身が過熱されていくのを膝上で感じていた。数秒待ってから蓋をスライドさせると、中からは湯気が溢れ濃厚な匂いが立ち上る。


「わぁ、麺料理の携帯食なんて珍しいわね!」

「そうだろう? 結構レアモノで。第二ステーションの片隅にしか売ってないんだそれ。鳥ガラのスープを絡めて食うのがうまい」


 説明を聞きながら思わず喉を鳴らしたニーナは、スライドさせた蓋からフォークとスプーンを取り外し、目の前の料理に向き合った。

 容器には鶏肉の伸ばし団子と細長く白い野菜がたっぷりと入った、油分の浮いた芳しいスープと、それとは別に穀物のタンパク源を調整して食感を良くした麺が添えられていた。


 フォークで麺を巻き取り、スープへと浸す。一瞬食べ方がわからなかったが、スプーンを投入。汁と具材を掬って、そこに麺を載せ口へと運んだ。

 澄んだ鳥のスープと、もちもちと歯ごたえのある麺が絡み合い、ほぐれた鳥肉の団子と相まって旨味が一気に口の中へと広がった。ひとくち、ふたくちと止まらず食べるニーナ。鳥のすっきりとしたコクのある味わいの合間に、しゃきしゃきと瑞々しい野菜が入ることで飽きることなく楽しめる。


「なにこれ、美味しい……」

「そうだろうそうだろう。さてこっちは」


 一心不乱に食べ始めたニーナをよそに、アーゲンは容器から取り出した四角い餅団子のような、灰色の固形物と、同梱されていた小さな袋に入った粉末を睨んでいた。


 ずばり窒素化合物の塊と、窒素から人体に取り込めるタンパク質を生成する酵素の入った粉末である。厳密に言えばもう少しあれこれ配合されてはいるが、とても安くタンパク質とエネルギー、各種ビタミン等を摂取するためのである。なお、生産元ですら食事として扱われてはいない。


 アーゲンはその効率の良さと同時に、おそろしいほど伝え聞いている味についても思い出し、ニーナとは別の意味で生唾を飲み込んだ。曰く、粘土のような臭みが広がるだとか。ねばりつく食感が歯にこびりついて剥がせないだとか。


 しかし友好の証として交換しあった食糧を、食べないという選択肢は残されていなかった。

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