第60話「一撃」

 盾持ちのパイロットは敵ブリッツが何故あんなところを狙っているのか全く理解できなかった。レンジアウトがいくら指定した座標を焼くとは言え、向いている方向でおおよその攻撃方向は読み取れる。そして、今相手のブリッツは何もない方向を向いているのだ。


 あの先に一体何があるのか。盾持ちのパイロットはその疑問を解消するよりも前に、身を持ってその結果を知ることとなった。

 唐突に熱くなる両腕。何事か、と腕を見れば操作盤に入れているはずの両腕は、何の抵抗もなく持ち上がっていた。何だか、軽い。


 持ち上げた両腕は肘から先が存在していなかった。いや、正確に言えば多分操作盤に残っているのだろう。しかし、パイロットに冷静に考えている余裕はなく、黒く焦げた断面図を見て嫌な汗が吹き出し、一気に血の気が引いた。


 瞬時に体内ナノマシンがアドレナリンの分泌を促し、ショックを緩和させる。レンジアウトだ。

 どういう経路で攻撃されたのかはわからなかったが、盾の効果で腕の損失だけで済んだのだろう。パイロットは最初、そう思っていた。他部隊からの通信を聞くまでは。


『こちら中央歩兵隊、やられた! 全員腕を損失! 戦闘継続不可能です!』

『……右翼展開歩兵隊、こっちもだ! 全員一度にやられた!』


 ポーネリア指揮官が配置させた中継機により通信は回復し、全部隊とやり取りが再開されていた。だが、そこから伝わってくる声に通信回復や指揮の再開を喜ぶようなものはなく、どれも悲痛な叫びを伴っている。


 全員、だと? たった一発のレンジアウトで狙ったかのように腕だけを焼き切るなんて事が出来るのか。

 それも自分を含めてこの周囲は盾の効果でカバーされていたはずだ。妨害の効果すら計算に入れてやったのだとしても、たった一発をここまで分散した箇所を同時にだなんて、通常の手段では考えられない。


 盾持ちのパイロットが事態の異常性に混乱しかけている間に、連続する警告音が鳴った。ロック警告ではなく差し迫った脅威を告げるアラート。慌てて前方を見れば、そこにはアップに映った敵性ブリッツの姿があった。


 避けて迎撃を。どうやって? 動こうとしてすぐ、先のない腕を操作盤に入れようとしていたことに気づいてパイロットは固まってしまった。

 何らかの行動をする暇もなく、大きな衝撃を受けコックピットは暗転。もはや盾持ちブリッツのパイロットにはどうすることもできなかった。


 ニーナも結果の全てを把握していない。それでも、自分がやった事が何を引き起こしているのか理解し切る前に、現状打破のために動いた。まずは目の前、最も脅威となる盾持ちを一蹴。文字通り蹴り飛ばし光学カメラを破壊した。

 そのまま両腕の射撃を持って相手の腕部の武装を吹き飛ばし、盾持ちブリッツを踏みつけるように跳躍。もう一機のブリッツへと飛び蹴りのように飛びかかる。


 足先で精密機器を積んだ頭部を踏み抜き、押し倒すように固まっていたブリッツを転がした。パイロットが有線接続による手に頼らない操縦へ切り替える前に、射撃によって相手武装を破壊する。

 その間にアーゲンたちも機関銃を狙撃して無力化に成功していた。


『この隙を逃さず前進!』

『前進!? おいおい大丈夫かよ』

『ミシェル、二人の援護をお願いね』


 ニーナは言うなり、未だ腕を失って態勢を整えられていない歩兵部隊へと切り込んだ。見た目では腕を失っているかどうかはわからない。宙域スーツ自体はレンジアウトの影響を受けていないため、内部だけが焼かれているはずだ。


 ミシェルを信じてはいたが、見た目でわからない以上撃ち漏らしを警戒して今のうちに武装解除しなければならない。ブリッツは射撃を織り交ぜた文字通りの蹂躙を持って進んで行った。


 アーゲンたちも探査艇を出て、正確に武装を撃ち抜きながら二人でカバーしあって進む。手がなくても武装と有線接続していれば射撃が出来るため油断はできない。それでも、ミシェルの援護で有線接続している相手はマーキングされていたため順調だ。


 現場の兵士たちはいきなり両腕を失うという出来事と、そこを逃さず追撃してくる相手に大混乱となっていた。この状態では反撃することすらできない。このままでは嬲り殺しである。

 そしてそれ以上に混乱したのが指揮官たち探査艇に残っていた人員だった。


「な、一体何が起きているんだ!」

「信じられません。展開した全部隊が、同時に前腕部を焼き切られてしまったようです!」

「そんなことがあってたまるか!」

「しかし指揮官、スーツから送られる生体データも兵士たちの報告もそうなっています」

「また欺瞞情報を仕込まれたんだろう!? そう思わされているだけだ!」


 ポーネリア指揮官は叫び通していた。そんな事ができるはずがない。ブリッツのパイロットが危惧していたレンジアウトは単発で一人、装甲を無視して焼き殺すだけの兵装だ。

 つまり一発で一人。固まって動いていれば巻き込まれて数人。指揮のうえで考えれば、その程度たいした脅威ではなく、一人二人が標的にされている間にいくらでも探査艇の二人を叩くことが出来た。そのはずだ。


「ですがブリッツのパイロットたちまで。……敵攻勢止まりません! 中央部隊壊滅!」

「な、なんだと。何としてでも止めるんだ!」

「う、右翼包囲部隊も全武装ロスト! このままでは……」

「指揮官、降伏しましょう。最早撤退も不可能です」

「降伏だと!? 一体何を言っているんだお前は!!」

「戦闘継続も撤退も不可能ならここは降伏すべきです。このままでは兵たちが全滅してしまいます……!」

「わ、私もそう思います。降伏しましょうポーネリア指揮官!」


 下士官と情報官二人に言われ、ポーネリアは顔を真っ赤にしてわなわなと震えていた。情報戦で押されていたとは言えこちらは圧倒的な兵力があったはずなのに、どうしてこうなったのか。

 そもそもレンジアウトを使う隙を与えるなという命令を下したはずなのに、使われるなど部下たちの能力不足のせいだろう。つまり、自分のせいではない。


 ポーネリアが新たな結論を出したところで、大きく探査艇が揺れた。下士官や情報官は目の前の端末に掴まって何とか耐えていたが、椅子もなく偉そうに立って居たポーネリアには支えとなるものがなく、無様にも転がって悲鳴をあげながら床を転がる羽目となる。


『要求は三つだ。射殺命令の撤回と、ディーンからの上級審査の受理。そして俺たちの船出を邪魔しないこと。守れるなら見逃してやる』

「な、なにを勝手な事を!」


 床に這いつくばっていたポーネリアは通信へ割り込んで来た敵の声、アーゲンからの言葉にその恰好のまま答えていた。全く威厳のない姿である。


『射殺命令が撤回されないのなら、こちらも自衛のために相応の手段を取らざるを得ない。その場にいる全員に聞くが、それでいいんだな?』

「く、調子に乗りおって」

「そちらの要求通り降伏しよう。こちらは全武装を解除、射殺命令を撤回し、提出された証拠を責任もって上級審査へと回すことを約束する」

『あんたは?』

「指揮官付の下士官グレンだ。信用できるかどうかはそちらの能力で調べてもらって構わない」

「何を勝手な事を言っている貴様!」

『そちらの指揮官は従う気がないようだが』

「それは、どうにか説得しよう」


 未だに床から抗議の声を上げるポーネリアに、その場全員からの冷たい視線が突き刺さっていた。盤面の勝負はついている。ここで粘る価値があると思っているのは証拠を提出されると困る立場の人間しかいなかった。


「な、なんだ貴様らその目は。わ、私が指揮官なんだぞ? 私の命令に従うのが貴様らの仕事だろう……!?」


 ポーネリアは従うはずの部下たちの目を一人ずつ見回して、誰も味方が居ないのだということを悟っていた。

 何故奴らは命令すら守れないのか。簡単な任務がどうしてこうなったのか。言葉すら発せなくなったポーネリアは、ただ一人床に蹲って沈黙するしかなくなっていた。

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