第59話「盾持ち」

 レーダーやそれに伴うロックオンといった外部とのやり取りはミシェルの力で沈黙しているが、ブリッツ内部の演算は十分動いている。

 相手は、ニーナのブリッツの挙動を画像処理として取り込み、そこから計算しているのだ。そんな演算の仕方普通はしない。


 もともとブリッツは電子母艦の庇護下で活動するよう設計されているのだし、今のように電子戦で負けている場合、損害を恐れて撤退するのが通常想定される戦場だからだ。

 このような制限下で相手の挙動を光学機器や目視だけを頼りに、射角や発射タイミングの予測をするような想定はなされない。そんなソフトをわざわざ用意して組み込んでいる時点で相手は相当いかれている。


 レンジアウトの装備された肩回りは起動前に排熱の関係で少し開くようになっていた。このままいけばミシェルが演算を終えたとしても目の前のブリッツが発射タイミングを逃しはしないだろう。放置できない相手だ。


『こっちはいよいよ簡単にはいかないわね。そっちは?』

『あいつら通信封鎖されてるわりに冷静だな。必要以上に近づいてこない。ずっと弾幕での狙撃妨害に徹してる』

『おそらく先に脅威となるブリッツを始末する気だろう。あるいは、我々の酸素切れを待っているのかもしれない。上との連絡が途切れたことで足手まといが居なくなったのではないかと思えるほどの動きだ』

『……それなんて皮肉よ。ま、やるしかないわね』


 ニーナは泡を遮蔽物として利用しながら前方のブリッツ、そしてその左右に展開しようとする歩兵たちの攻撃を再び避ける。乱立する泡の支柱を華麗に、時にフェイントを交えながら、四脚を降ろしたタイヤでの走行モードで駆け抜けていた。


 その合間に右腕を向け逃げながらの連続射撃。狙いは盾持ちのカバーしきれない、ニーナから見て左翼、アーゲン達の居る方角の歩兵たちだ。ミシェルの援護を受けた射撃は寸分違わず、歩兵たちが持っていた対戦車砲とライフルを次々に破壊していく。


 少しずつ歩兵を削っておかねば。十字砲火が完成したら物理的に逃げ場がなくなってしまう。いくらニーナが回避行動に自信があり、ミシェルの情報制圧でロックや誘導といった手段を封じていても、一度に行動範囲を埋め尽くすほどの飽和攻撃をされたらどうしようもなかった。


 その狙いをお互いがわかっているからこそ敵ブリッツの行動も素早い。こちらに肉薄し射撃をさせないつもりか、盾持ちともう一機が牽制射撃を行いながら距離を詰めてきた。

 その射撃も、こちらの動作――ジャンプ前に身を沈めるなど脚部の重心の動き、を読んだ危険なものではあったが、だからこそ今度は些細なフェイントが活きてくる。


 ここは宙域であり、ステーションからの重力は弱かった。そのため脚部噴出孔から出力を上げた噴出で、前動作を伴わない無理矢理な機動を絡めることができた。その分タイヤの効きも悪いのだが、直線距離で速度を求める状況ではないので対応できる。


 今も向こうが重心移動を読んで一歩先に撃ち放った砲弾を、前動作を無視した噴出による機動を使い、宙に飛び上がることで無理矢理避けていた。ニーナはそこから四脚を広げバランサーのように調整し、旋回しながらの射撃を行う。

 相手はそれを盾で斜めに受けて凌ぎ、もう一機がその隙を突いての連続射撃。盾持ちほどの練度がない射撃をニーナは危なげなく避けて泡へと退避した。


 そんな回避行動と射撃の応酬で、お互いが決定打を撃ち込めない。綱渡りのような攻防が続き、砲撃で飛び散った泡が舞って視界が悪くなった頃、ようやく事態は動いた。


 ニーナの狙いは飛び散る泡での視界撹乱で、レンジアウトの発射動作を見切られないためのもの。向こうは泡の支柱をなくし、逃げ場のない攻撃へと繋げるためのもの。そんな行動の最終局面で、それぞれに通信が届いたのだ。


『ニーナさん、演算終わりました! 今データで示したところをレンジアウトで撃ってください!』

『何をもたもたやっている! 二機がかりでどうして一機をやれんのだ!!』


 それぞれの動きが別の意味で止まる。ニーナも、相手もそれが敵への隙になると気づいて慌てて距離を取ったが、動揺は隠せていない。


『見たけど、本当にあそこで良いの?』

『はい』


 ミシェルに指示されたのは何もない宙域だった。着底した探査艇とも、敵が展開している方向でもない、関係のない方角の高さ30mほどの何もないポイント。

 捕捉済みの機銃手の手を焼き切るだけの話だったはずが、どうしてあんなところになるのか。ニーナにはわけがわからなかったが、それでもミシェルが言うのだから間違いはないのだろう。


 ニーナは命の恩人を信じ、レンジアウトを起動した。


『全く使えん奴らめ。こちらポーネリア指揮官。これより指揮を再開する』

『……はっ、我々は敵性ブリッツの追撃を』

『ダメだダメだ。敵は探査艇に潜む二人だけだぞ? 奴らを叩けば、どんなに優れた乗っ取りだろうと止まるに決まってるだろう。わざわざバカ正直に乗っ取られた先を追ってどうする』

『しかしブリッツの搭載武装は油断なりません。特に情報戦で負けている以上、放置すればレンジアウトで……』

『その前に、探査艇を叩いてそんなことをしていられない状況にしろ。これは命令だ』


 ニーナへの追撃をしていられなくなったブリッツ二機と、包囲をしようとしていた元中央部隊はポーネリアの指示に動きが止まってしまっていた。


 ブリッツを操っている探査艇の二人を即座に叩ければそれも正しい指揮ではあるのだが、こと状況がこうなってはブリッツを自由にさせず酸素切れを待つか、ブリッツを倒してから動いた方が有利である。

 そのことをどうこの指揮官に進言し納得させるか、そんなことを考えていたためか、盾持ちは敵性ブリッツの排熱態勢に気づくのがワンテンポ遅れてしまった。


『まずい。レンジアウトくるぞ!』

『なにぃ? 阻止しろ!』


 今更阻止なんて出来るわけがない。ポーネリアの指示を無視し、部下に注意を促しながら盾持ちは周囲を守るように盾の機能を展開し、そして驚愕した。レンジアウトの向けられた先と、その結果に。

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