第58話「目視での交戦」

 ミシェルを中継してニーナが駆るブリッツが右の部隊を切り崩していく。四脚な分機動力が悪いのか軽快な切り込みは見られないが、その点はアーゲンの狙撃でサポートしていた。今も反動のきつい実弾ライフルを撃って対戦車砲を止めたところである。


『意地でも自分では殺さない気かねフィル・アーゲン』

『……さてね。それより左が動き出したぞ』


 視界に表示されるのはアーゲンには見慣れたマッピング。外壁上、200m先でアーゲンたちから見て左側の部隊がこちらを包囲しながら進んでくるのが表示されていた。

 そのうち射撃体勢に入った数名が、足を止めてこちらへ牽制射撃を飛ばす。一応ミシェルのおかげでだいたいどのあたりが撃たれているかが表示されてはいたが、それでも機関銃での斉射は凄まじく、あまりの弾幕に顔が出せなくなってしまった。


『くそ、これじゃ援護できないな』

『分散して回り込まれると手が足りない。自律機械の類は沈黙しているようだが』

『ああ、そっちはミシェルが封じてくれてる。問題は人員だな』


 宙賊の時のように全員を掌握してしまえば済む話ではあったが、戦闘補助や大規模なステーション軍部への情報隠蔽をこなしながらでは時間がかかるらしい。

 何よりやってしまえば流石に言い訳が立たない。ミシェルの存在が露見することを避けるならこれがギリギリの手段だろう。


『この力には舌を巻くばかりだが、如何せん見えていたところで物理的に迫りくる脅威はどうしようもないか』

『ここまで粘れるだけマシだけどな。あの機関銃をニーナに何とかしてもらうしかない』

『……気楽に言ってくれるけど。実際乗ってるわけじゃないから、いつもみたいにはいかないわよ。位置捕捉されて壁ごと撃ち抜かれないだけ感謝しなさい』


 言いながらニーナの意識は四脚ブリッツの中にあった。あったと言っても疑似的なもので、本人はユータスの船に居ながらミシェルの力でブリッツを遠隔操作している。

 今も戦闘行為を継続していて、そんなニーナを抑えるため敵のブリッツ二機と、それを補助する歩兵10名が迫って来ていた。


 この状況を蹴散らして機関銃をどうにかするのは難しい。そう思ってこれからの戦闘に身構えていたニーナだったが、ミシェルからの情報提示があった。

 ミシェルは現在情報処理に集中しており、通信で声をかけてくることはない。現場の映像もなるべく見ないようにレーダーの点や数字として捉えているはずだ。


 そんなミシェルから提示されたのはレンジアウトの使用提案。機関銃手捕捉済み、という情報だった。その提案にニーナは少し考える。普通にレンジアウトを使えば相手は即死だ。今後のことを考えれば殺し過ぎはまずい。


 兵士たちの宙域スーツは被弾箇所を瞬時に埋め、宇宙での生存を優先する安全機構があった。あとで救援されるという前提ではあるが、脳など重要な器官がやられなければ数時間コールドスリープのように生命維持が可能だった。

 それに対しレンジアウトは生体部分の根幹を直接叩く武装なので相性が悪い。


『ミシェル、レンジアウトの狙いを機銃側にずらして。手だけを焼き切れない?』

『……、出来るとは思いますが少し時間をください』

『悪いわね。まぁ銃手をやったところですぐ交代されるし、接続されたら手がなくても撃てるけど。その隙くらい、あの二人も逃さないでしょ』


 ニーナは目の前、まるで囮となるように出て来た二機のブリッツと相対する。四脚のブリッツは運動性が悪い分搭載量が大きく、普段乗っているブリッツの武装に加えて腰にも何等かの装備が備えられていた。

 一機のブリッツが身を低くして腰から幾筋もの誘導弾を撃ち上げる。被弾すれば拘束される類の泡が出るタイプの武装。


 瞬時に種類を見抜いたニーナはそれを器用に避ける。速度の遅い誘導弾の目的は回避行動による的の絞り込み。全ての弾を避けるルートは向こうが決めたパターンであり、こちらをそこへ誘導するのが目的だ。もちろん当たればそれはそれで不利となる。


 ニーナは舞うように誘導弾を避ける。ミシェルの力がなければ誘導弾を避けるのも難しいし、そもそもこんな距離になる前に捕捉され撃ち抜かれているところだ。


 避け続けるブリッツの周囲に、粘性も質量も高い重い泡が溢れて行く。そろそろ逃げ場がなくなるというところで、ニーナ自身の計算で最適解となる位置から左の滑空砲を放った。


 それは真っ直ぐに誘導弾を巻き込みながら突き進み、誘導弾を放ち続けていたブリッツへと向かう。が、すんでのところで横から突き出されたものに弾かれ、弾は宙域へと進路を変えた。

 弾かれた弾頭は安全装置によって進行をやめ宙域を漂う。それを成した相手をニーナは回避行動に移りつつ見やった。


 もう一機のブリッツが、大きな展開盾を手にこちらへと向き直っている。


 この遠距離戦闘の時代に盾を装着して使うとは驚きだ。誘導や電波の類を遮断する加工がなされた盾はブリッツの腕程の太さで、左右に展開することで物理面の長さ2mと幅1mほどになる。

 本来は歩兵を守るために設置するもので、物理面以上に周囲数mに及ぶ情報遮断やレンジアウト対策の機能が主な装備だ。作戦にもよるが移動に合わせて置いては回収するサポート装備である。


 奇しくも電子戦で圧倒したことにより、相手はそれを持って使う気のようだ。とはいえ情報処理のサポートなしにこちらの射撃に合わせて突き出してきたのだからたいしたものであり、正直笑えない。


「やるじゃない」

 ユータスの船に居たニーナは思わず口に出してしまっていた。


 今もそのブリッツたちと、歩兵がこちらを包囲するように動いていて余裕はない。緒戦で装甲目標ブリッツを減らせなかったのは手痛いが、相手の力量に不足なし。ニーナは知らず笑みがこぼれていた。

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