第57話「情報制圧」

「なんだこれは、情報を精査しろ! どこから侵入された!?」


 画面に表示された無数の死体表示に、ポーネリアたち仮指揮所の面々は驚きを隠せないでいた。明らかに情報を偽装されている。それは独立した小型探査艇三隻による相互補完全てが同時に誤差なく騙されていることを示していた。


「バカな。こんなことが、あり得るのか? 情報資料までフィルタリングを下げろ!」

「やってます! 源データの段階で既に。一体どこから!」

「解析回せ、どの時点で混入されたか特定して手段を洗うんだ!」

「偽装と思わしき情報精度、レベル4を突破。く、区別がつきません」


 データの羅列とタグ付け、個々の情報解析が一気に前方に流れて行き、いくつかの情報が突入班の生き残りというのが判明したものの、どれが偽物の情報かは解析が進まない。操作盤に貼り付いていた情報官が青ざめていく。


「ポーネリア指揮官、情報に惑わされては危険です。欺瞞情報だとしても、こちらは包囲して目視確認が出来ます。兵を分散して攻撃ではなく厳重監視をすべきです。あちらの酸素に余裕はありません」


 心なしか先ほどまで冷静に進言していた下士官も声を荒げてポーネリア指揮官へと意見を述べていた。その慌てぶりにポーネリアも一度落ち着こうと深呼吸を繰り返す。


「ああ、確かにそうだ。その通りだ」

「敵を特A級のウィザードと見て行動すべきです。この情報操作は、常軌を逸しています。全員の補助機能を切り、対情報戦の態勢を取らせましょう」

「待て。こちらのブリッツ、自律稼働は何機ある?」

「はっ、パイロット不足のため二機が自律稼働で随伴しています。まさか」

「すぐに二機の主電源を落とし回収しろ!」


 ポーネリアの命令に青ざめていた情報官が情報解析の手を止め、味方ブリッツへとアクセスを開始する。

 本来ならブリッツ自体が情報戦の防衛機構も持ち、かつ小型とはいえ三隻もの探査艇が情報処理をしているのだ。ポーネリアの危惧が実現するはずがない。本来ならば。


「ブリッツA02、電離パージ完了。重力、運搬モードに移行。A01、ダメです応答ありません!」

「A01に敵性タグ付与。すぐに破壊しろ!」

「認識コード弾かれました! た、タグ付けができません」

「くそっ、目視戦闘で対処しろ!」


 戦闘が始まった。それも現場の兵たちからすれば唐突に。目標を囲んでいたはずの左翼のうち射撃を終わらせたブリッツが急に予定にない動きを始めたのだ。

 新たな命令かとたいして気にしていなかった兵たちも、その銃口が自分たちに向いてようやく気付く。乗っ取られたのだと。


 放たれたのは散弾。もともとは動きの早い目標を撃つためのそれは、どうやって処理をしたのか、飛び散る弾頭が正確に兵士たちの脚を撃ち抜いていく。狙って無力化しているのか。


 数発の散弾で6名ほどの兵士が倒れ込み、即座に左翼の残りがブリッツに対し攻撃態勢を取る。対戦車砲の筒を取り出した兵士が構えたところで、その筒自体が爆発。構えていた兵と、バックアップに控えていた兵の合わせて2名が爆風に吹き飛ばされた。


『狙撃だ! 指揮艇からだぞ』

『運び屋たちか。身を伏せろ!』


 兵士たちが伏せ、転がりながら次の対戦車砲を構えようとしたところを、逃さず四脚のブリッツが襲いかかった。これにより左翼は崩壊。ポーネリア指揮官からの指示はない。

 正確には通信を封鎖され指示を出せなくなっているのだが、中央と右翼の部隊はそれすらわかっていなかった。急な左翼ブリッツの敵対により混乱する現場。


 中央は右翼と短波通信でやり取りを行い、右翼は部隊を広げて着底した探査艇を監視。出来れば狙撃手の排除。中央の部隊は二機のブリッツと連携して左翼敵性ブリッツを止める方針を決めた。現場判断の素早い行動である。


 部下たちのその様子を見つつも指示を飛ばせないポーネリアは唇を噛んでいた。なんということだ。一体何が起こっている。あの運び屋が本当に特Aレベルの能力があるのなら、それはそれで言い訳は立つが証明できるのか。


『苦戦しているようだな』

 唐突に、黒い髭を生やした色黒の男が前方に表示されていた。ポーネリアは一瞬敵側の割り込んだ通信かと思ったが、見ない顔である。


「なんだ貴様は。どうやって通信に」

『こちらはグビア軍事顧問だ。すまないがモニターさせてもらっていたよ。これだけの情報制圧、相手はたいしたものだな。これをやったのはフィル・アーゲンで間違いないのか』

「そうとしか考えられん。少なくともアンデッカーにそのような機能はないはずだ」

『なら、奴が鍵持ちか。協力ご苦労。奴と違って君が素直で大変助かったよ』

「な、なにぃ!?」


 通信はそれだけで一方的に切られていた。現在、情報制圧を受けている探査艇としては割り込んで来た今の通信が何処から発せられたのかまではわからない。制圧を抜けた方法もだ。


「聞きたいことだけ聞いて切るとは馬鹿にしおって。たかが企業同盟の分際で」

「ポーネリア指揮官落ち着いてください。短波通信を中継して指揮を再開しましょう。探査救命系の装備に使えそうなものがあったはずです」

「よし、それを各所に配置し指揮を取り戻せ。あいつらに良いようにやられたまま終わらせるな!」


 ポーネリアは指示を飛ばす。ようやくだ。ようやく、現場に来たのだ。これまで散々バカにされてきたが、それは自分が士官学校を出た時には戦火がなかったからだ。

 たまたまあるかないかの差だけだ。そもそも戦火などない方が良いのだから、バカにされる道理はない。


 相手を強力な敵と認識して、はじめてポーネリアは真面目に動き始めていた。これまで相手を見縊っていた自分を悔いるように。そして様々なものを取り返すために。

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