第61話「出立」

 三隻の小型探査艇は一か所に集まって要救護者の割り振りを行っていた。射殺命令の撤回と降伏により戦闘状態は解除されたが、多くの人員が腕の損傷を抱え、また着底した探査艇内部にも重傷者が居たため、事態の収拾は大変だった。


 立場上アーゲン達は手伝うわけにはいかないし、下手に残れば応援に来た他部隊に確保されかねない。距離をとって見守るアーゲンとディーンは、自分たちのしでかしたことをしっかりと見せつけられていた。


『それにしても、凄まじい。圧巻の一言しか出てこないというべきか。アンデッカーとして兵器のはずの自分が、実は無力なのではないかと錯覚するほどだ』

『十分あんたも強いだろ』


『ふむ。そう言われると皮肉にも聞こえてしまうなフィル・アーゲン。いざという時に君すら止められないのではね』

『それは内蔵兵器の相性だろ。実際面と向かって戦闘したら絶対勝てない自信がある』


『それを誇られても困ってしまうわけだが、本当のところどうなのかね。君はステーション内で私と相対しても渡り合うだけの戦闘技術があっただろう?』

『勝負は時の運、だろ。それに、今は大事をどうにか乗り切ったんだ。無事首都に向かえることを祝おう』


『違いない。その点は非常に感謝している』

『約束通り良い酒を奢ってもらわなきゃな』


 短波通信でやり取りしながら、二人は宙域スーツ越しに笑い合い、拳を合わせていた。この短時間で随分仲良くなったものだと、初対面の時はこうなるなんて考えても居なかったアーゲンは苦笑混じりである。

 人との出会いや関係の変化なんて、わからないものだ。その結果が良いものになるか悪いものになるかは見えないが、それでも飛び込まなければ得られない関係なのだろう。


 そして拳と言えば、アーゲンとしてもあの指揮官は一発殴っておきたい気分だったのだが、残念ながら面通しは叶わなかった。

 証拠を下士官グレンに渡しておしまいという呆気ない接触である。何でも、指揮官は抵抗したため穏便に監禁されているそうだ。


 それ以上にあちらとしても危険な犯罪者を一発殴りたいという理由で指揮官に会わせるわけにはいかないだろう。どうせなら殴ってから要求を突きつけるべきだったか、とアーゲンは少し残念に思ってしまった。


『来たようだな。ひとまずは安心といったところか』

『船旅の快適さは保証しかねるけどな』

『軍の輸送船に比べればマシだろう?』

『いくら俺の船が旧式でも、流石に大丈夫だと思いたいね』


 外壁による地平線からカーキ色をした一隻の輸送船がやってくるのが見えた。角の丸いずっしりとした四角い輸送船はユータス・オデオンの個人船であり、多くの貨物を運ぶことが出来るが速度の遅い船である。

 30~40mほどの宇宙船は個人所有としては大きい部類で、アーゲンの所有する船の2倍ほどの大きさを誇っていた。


 船は減速しながらアーゲンたちの頭上までくると、下部ハッチを開く。どうやら降りてくる気はないようだ。

 アーゲンとディーンは頷き合って、宙域スーツの噴出孔を制御し上へと飛び上がる。ようやく、この第四ステーションともおさらばだ。文字通り色々あったが、終わり良ければ全て良し、だろう。



 そうして下部ハッチから船内へと入って行くアーゲンとディーンの姿を、じっくりと見ている者たちが居た。距離は遠く、ステーションの港部分反対側である。

 そこにある大型の戦闘艦内部で、厳めしい色黒の男が顎鬚を弄りながら事の次第を観測していた。


「解析できたか?」

「簡易ゲートの多重展開と思われます。一発のレンジアウトをタグ付けしたポイントに同時分散したものかと」

「決まりだな」


「はい。鍵所有者はフィル・アーゲンと断定。本部へ報告しますか?」

「いいや俺たちで確保しよう。大きく動いて鍵が閉じても困る。以後、運び屋フィル・アーゲンを第五種接近遭遇者と想定。まずは奴の経歴を徹底的に洗え」

「権限レベルは何処までにしますか」

「全てだ。こちらの力も存分に使って良い。さて、進路をアディア市にとれ! 殴り込みと行くぞ野郎ども」


 男の号令で船内は俄かに慌ただしくなった。ステーションへ連絡を入れ出港許可を取るもの。船内へ通信を飛ばし出港準備をさせるもの。彼らが向かうは惑星デアナにある連邦首都アディアだ。


 入植時の名残と、開拓精神を忘れないという意味で未だに市という管理呼称が使われることがある首都だったが、連邦に属さない人種からは皮肉を込めて市と呼ばれることが多かった。果たして彼らがどちらの意味でアディア市と呼んだのか。


 ステーションを離れる幾つもの戦艦群は、アーゲンたちの使えないゲートを堂々と使う航路での出立だった。全く別のルートで両者は首都へと向かう。

 ここでは一方的な観察だけで終わったが、これから行く首都アディアではそれだけで済ませる気など、戦艦にてほくそ笑む男には毛頭ないのであった。



     ~第二章「ステーション」編 終幕~

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