幕間
第62話「微睡みの中で(1)」
ああ、これはいつもの夢だ。そう自覚した途端、映像はクリアになっていく。隣を見れば、いつものように私と同じ顔をした少女が立っていた。
残念ながら発育が良いとは言えない華奢な体躯に艶めいた赤茶の長髪。十代半ばの彼女は紛れもなく私、ミシェル・シュバーゲンの姿をしている。違うのは目が虚ろで無表情なところだろうか。
これが何度目になるのだろう。それにしても、自分の真顔を正面から見ないといけないのは不思議な気分だった。
『ええっと、お久しぶりですナビさん?』
私の挨拶に頷き返すだけで、ナビさんと私が思っている彼女は黙って目の前の光景を見続けている。仕方がないので、私もその光景を見守ることにした。
ナビさんから私に流れたデータの、これは整理なのだろう。今度は起きた時に何処まで覚えていられるのか。
病室のような真っ白な世界で。ベッドに横たわる十代半ばの少年は楽しそうにモニタを見つめていた。
やっているのはジョシュ君が好きなあのアニメ。私も何度か見たことがある、侵略宇宙人と戦う連邦捜査官のあれだ。
「はーい、フィル君。そろそろ検査のお時間ですよー」
「うん。わかってるから、もうちょっと!」
入ってきた看護士と悶着する少年の口調は見た目よりもずっと幼い。看護士は困ったような笑顔を見せながら、少年の腕をとって手に持った機器をかざした。
途端、駄々をこねていた少年はピタリと止まる。
「落ち着いたかねぇ」
「これを、落ち着いたって言うんですかぁ局長!?」
「おいおい八つ当たりはやめてくれよ。ここまで回復させるのだって一苦労だったんだぜ?」
少年の動きが止まってから部屋へと入ってきた男は肩をすくめて答えた。嫌な役目を押し付けられたのか、看護士の女性は不満そうに話を続ける。
「ともかく、彼の精神をもう一度壊したくないのなら程々にしてください。戦闘データの取り外しより、ひとまず彼の精神が成熟するまでそういったことに関わらせない方が良いんじゃないですか?」
「えー、でも暴発とかしたら今度こそ処分されちゃうよ彼」
「なら、封印とか取り外しとかじゃなくてコントロールさせれば良いでしょう」
「それだ」
「えぇ? ちょっと局長本気ですか? 荒事はダメですからね!?」
「彼の“
「は、はぁ」
戸惑う看護士を無視し、今後の予定を呟いていく男の台詞はどれも専門的なものになって、私では理解できなくなっていく。
『ねぇナビさん。これは何時の記録なの?』
隣の“私”を見ても答えは返って来ない。これが本当にあった記録なのかも私にはわからない。
きっと調べようと思えば、私が得た力で色々なことを知れるのだろうけれど。私はそれが怖かった。
ふっと目が覚める。見上げた天井は暗く、未だ消灯時間のうちだということがわかった。早く目が覚めてしまったみたい。
ゆっくり脚を降ろし、そこで外し忘れていた固定具に気づく。急な無重力に備えてのベルトがついたままだった。カチャカチャと音を立てないよう外し、私は床へと降り立った。
アーゲンさんの個人宇宙船。彼が局長と呼ばれていた人と用意した商売道具。
こうした船は首都と違って、電子機器がダウンしても扱えるようにと至る所にアナログな装置や仕組みがあって面白い。
テコの原理を使った手動ベルトというのも新鮮だったし。私は考えながらのんびりと歩を進める。本当はダメとニーナさんに言われている。
スライド式の扉を通り、天井の低い通路を進む。屈まないと通れない変な通路。私はその先の貨物庫の隣、仮眠室までやってきた。
備えられた格納ベッドのうち一つがせり出していて、そこに一人すやすやと寝息を立てている。
私はそっと近づいて、その寝顔を確認していた。二十代半ばの大人でも、その寝顔はさっき見ていた夢のように幼く見える。アッシュグレーの短髪はぼさぼさで、ちょっとやんちゃそう。
「……群れの王って何なんですかね?」
その問いに返事は来ない。調べればきっとわかる。
でも、私は調べなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます