第90話「戦端」

 道路脇で脚を止めたブリッツ1機が両腕を掲げて腰を落とすように重心を低く構えていた。それはステーションに配備されていたのと同じような四脚のブリッツで、白と灰のブロックノイズ状の都市迷彩を施している。


 射撃準備を終えたブリッツの正面には30階建ての背の高い建物が並んでおり、コックピット内部ではその先何軒かの建物を重ねた分の、無数の射撃点が赤く表示され動き回っていた。

 一機ごとに受け持つ建物は多く、一斉射で何軒もの建物をまとめて処理するよう演算されている。


 射撃管制が敵の行動パターンと逃げ惑う民間人の動きを計算し終えると同時にブリッツの両腕が唸りを上げた。激しい連射音は連なり、滝か洪水のような轟音が響き渡る。

 杭状の貫通弾と対電子弾が交互に吐き出され、射撃点をなぞるように動く腕に合わせ、目の前の建物を適度に穴だらけにしていった。


 上下左右に腕を動かし、正確に内部の自律機械を撃ち抜いていくブリッツ。射撃ごとに薬莢は内部で回収され、生成器で新たな弾頭や薬剤と組み合わされては循環していた。

 撃ちだされた弾頭、計算された杭は時に三軒もの建物を貫通し、あとに続いた対電子弾が目標の電子回路を確実に沈黙させていく。


『ポイントC-D間掃射完了』

『ポイントD-E間掃射完了』

『確認した。避難広場はどうなっている』

『こちら避難広場、防衛陣地構築完了』


 計11機のブリッツのうち8機が実動でエリアを掃除していき、1機が分析と指揮、2機が広場の防衛についていた。あらかた警備ポッドを打ち落としたランは子機を伴って周囲の避難誘導と救出に出ている。


 そんな中、その一撃は何の前触れもなくやってきた。


 広場脇で首都外周方向へ向けての防衛陣地を造っていたうちの一つと、一機のブリッツが爆発。

 陣地は防護壁として展開式の盾を並べており、その装甲に隠れるようにブリッツが陣取っていたのだが、その盾部分には大穴があき、後ろに居たブリッツの左腕と胴体が吹き飛んだ。


 舞い上がって周囲に飛んだ燃え盛る破片は悲鳴をあげる避難民に直撃し、あたりは騒然となる。


『02、02、何があった!』

『02沈黙。敵襲! 敵襲! 03のセンサーに敵影なし!』

『ゴーストか! 04から06、防衛拠点へ向かえ。07から10は側面に合流して待機。ハルト伍長、首都側から不明艦隊の降下状況は?』

『通信きてないわ。ラン?』

『こちらラン。現在広場から西方2kmほどの地点で民間人8名を保護誘導しているところです。首都側、および13課からの観測報告なし。おそらくレガシーの力を使っての隠蔽では?』

『フィルたち、いえあの時すら向こうのレガシーが力を発揮しなかったのはこのため?』

『一個艦隊、12隻の降下を隠蔽し切ったというのか。いや、今は良い。伍長、子機で威力偵察して敵を炙り出せ。ラン、周囲の自律機械はほぼ沈黙している。何処か避難に良さそうな建物を探し民間人の移動を。広場は戦場に近過ぎる』


 その場を預かったブライアンの指示が飛ぶ。敵対勢力にゴーストが居ることはわかっていたが、艦の降下まで感知できないというのは想定外だった。レガシーという規格外の力は中枢や現在保護状態である自分たちには効かないという話だったが、ここまでのものとは。


 今回の動員では員数外、現場から退いたメンバーを抽出した貴重な人材だった。その一名を緒戦から失ってしまうとは情けない。ブライアンは交戦開始の旨を本部に送りつつ、自身は敵歩兵の浸透を怖れて首都側へと機体を走らせた。


 広場では単騎で時間稼ぎをすることとなった呼称03のブリッツが右腕の火砲を放ちつつ、左腕を換装していく。

 潜んでいてかつ感知できない相手となれば目視戦闘するしかなく、情報によれば相手は光学迷彩も身に着けているのだから、ひとまず攻撃の隙を与えないことしかできなかった。


「パターン解析、映像の揺らぎを探せ!」


 03パイロットはブリッツにそう指示を飛ばしつつ左腕の機関砲弾の生成数が一定値に達するのを待っている。対電子用の武装では歩兵、ましてやゴーストには反応してくれなかった。

 レーダーなしでもソフトウェアと機構によるアシストで反動や弾のバラけなど、射撃における制御は行えるが、相手が何処にいるかもわからないのではどうしようもない。


 敵勢力がどういう規模で展開するかまでは読めないが、本気で首都制圧を目指すならかなりの規模を中枢に送り込まなければならないはずだ。

 各路地は意図的に暴走した機械の仕業に見せかけ封鎖していたとはいえ、敵はいくつかあるルートからどうしてここを選んだのか。


 民間人を守らねばならないからこそ攻略しにくい場所を選んだというのに、それだけ大事なものがあると判断されたのか。

 そうパイロットが考えている目の前で左右に分かれる揺らぎが見えた。システムもそれを感知し、パターンを追って軌跡を映す。


 パイロットは躊躇わずそこの筋を掃射し、換装の終わった左腕も加えて歩兵が散っただろう方向の遮蔽物を撃ち抜いていく。


 広場前の段差に築かれた陣地、盾となる装甲に囲まれたブリッツはそこから腕だけを出して、前方道路の先の建物や道にあった掲示板、観葉植物の類を吹き飛ばしていた。それでも相手は退かず、何処にいるのかは見えない。


 瞬間、何かを察知したシステムが警告を鳴らし、03パイロットは咄嗟に機体を動かした。轟音と衝撃。対ショックシステムで緩和され、どうにか体勢を保ったブリッツだったが、その右腕は吹き飛び、肩装備にも被害を受けた。


 前方の盾となっていた一部に穴が空き炎上している。先ほど僚機がやられた攻撃だ。ブリッツから見て右手に回った敵から撃たれたということは、次の攻撃は左側からの可能性が高い。パイロットはすぐさまブリッツの左腕を回しそちらへと牽制射撃を放った。


 相手は次の攻撃に入ろうとしていたようだが、それで牽制出来たのか猶予が出来る。しかし結果的に二手に分かれさせてしまった上に片腕を失った。パイロットはブリッツの重力制御を弄り、極端な数値を出させる。


 後方から右腕にかけての重力値を変化させる一時的な強化だが、これで多少の攻撃は逸らすことが出来た。とはいえ原動力を著しく消費する行動であるため、このまま続ければ最悪機能停止に陥りかねない。


『こちら03、広場脇に敵歩兵侵入! 両脇から攻撃を受けている。援護はまだか!』


 切羽詰まった03の叫びが通信に走り、その声に応えるように放物線を描いた幾筋もの射撃がブリッツの左右、敵歩兵が分散したと思わしき箇所へと吸い込まれて行った。激しい雨のような轟音が続き、着弾点の建造物が一気に削られて行く。

 その射撃に巻き込まれた敵らしき敵影が右二人、左一人。身体のパーツがバラバラになりながらも地面に転がってきて、余波に当てられた数名の光学迷彩が乱れるのが見て取れた。


『こちら04。05と06の砲撃支援の観測結果を報告せよ』

『こちら03。いいぞ。敵歩兵数名観測。光学迷彩と対装甲装備を確認。3名が倒れたが敵は後退』

『こちら05、了解。地図データに合わせて射撃しているだけだ。引き続き観測を頼む』

『こちら03、既に右腕破損。重力フィールドでどうにか持たせているが手が足りない』

『04了解。05と06は引き続き絶えず砲撃支援を。04は前に出て03を援護する』


 仲間たちの通信を聞きながら、ニーナは与えられたブリッツたちの子機を集め、敵が来ただろう方向へと進軍させていた。いくらゴーストでも至近距離から観測されれば移動が出来ない。光学迷彩も完璧ではなく、急な動きをすれば揺らぎが見えるからだ。

 それだけで子機の群は抑止力となるし、相手が痺れを切らして撃ち落とせばそこに居ると明言するようなものである。相手の足を鈍らせる牽制だ。


 とは言え、相手が歩兵だけとは思えない。ゴーストは先遣隊であり、いずれ打撃力を持った戦車やブリッツ部隊が前進してくるはずだ。

 対してこちらはブリッツのみであり、脇を固める歩兵もなく決定打にも欠ける編成である。相手のレガシー対策の意味で重力制御のあるブリッツで固めては居たがどうしたって細かい部分は歩兵が欲しかった。

 首都配備の数少ない戦車は工業地帯に出ているだろうし、増援に来るまで時間稼ぎに徹するか。ニーナが指揮を預けたというのに考えていると通信が開いた。


『私が行きます』

『ラン? 避難誘導があるじゃない』

『交戦中に民衆を説得し動かすのは不可能です。せめて一度撃退し落ち着けなくては、彼らは銃撃の中を移動できるほど強くはないのです』

『そう。それもそうね。テッド?』

『構わないが、単騎では無茶があるのではないか? 敵は精鋭のゴーストだ。今のところこちらを引き付けておいて浸透するような動きはないが、油断もできない』

『問題ありませんよ。ただ、そうですね。……引かないで貰えると私としては助かります』


 ランの冗談のような文言にテッドは苦笑してしまう。警備ポッド相手の大暴れは数値や地図上のデータでは見ていたが、通信で受けるイメージとかけ離れ過ぎてなんともやりにくかった。


『任せた。こちらはその間に防衛陣を書き換え、別ルートや浸透を警戒した罠を設置する。ハルト伍長、ランの援護をしてやってくれ』

『わかったわ』


 ニーナは地図上で西から近付いてくるランに合わせるように子機をばらけさせ、東寄りに居た自身のブリッツも南へと進めて行った。

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