第89話「第五種接近遭遇?」

『その暴走行為は私によるものではありませんアーゲン中尉。認識の修正を要請します』

「なんだって……?」


 落ち着きを取り戻し顔色も良くなったミシェルに現状を説明し終えた直後、二人の脳内に響いたのはそんな音声だった。


 ミシェルの右太腿の付け根の裂傷は動脈にまで達していたが、どういうわけか血流は安定し接続されていて、左足首はぴたりと出血が止まって断面図が綺麗に見えている。それはそれで痛々しいのだが、どうにか治療のような行為を続けていたアーゲンはその言葉に手を止めてしまった。


「今の、ミシェルにも聞こえたか?」

「アーゲンさんにも? よくわからないんですけど、私の力の正体みたい……」

「君は一体何者なんだ?」

『その質問にはただの遭難者と答えたはずです中尉』


 一体何者なのか。ミシェルという自意識と出会う前に会話した彼女。その声色はミシェルのものだったが、口調とトーンが少しだけ違っていた。


「君の事情と、その正体が聞きたい。遭難者とだけ言われてもな」

「私も知りたい、です」

『わかりました。ですが条件があります』

「条件?」

『私やミシェルをグビア、あるいはあなたたちの行政側へ差し出さないことです』


 アーゲンはすぐにミシェルと頷き合う。そんなことは言われるまでもなかった。ここまで命を張って助けに来たのだから、例え叔父から命令されたとしても差し出すような真似はしない。


「あんたに害がないのなら何とかする。だが、俺たちの生活基盤を破壊するような事態を引き起こすのならその限りじゃない」

『私たちは単なる道具でしかありません。キーと認定した者が望まないことは行いません。この場合ミシェルが望まない限りはという限定的な確約しかできません』


「それで良い。俺だってこちらから差し出すことはないと約束出来ても、向こうが本気で奪いに来たら守り切れるなんて言えないからな」

『それで結構です。それと、話しながらミシェルの義足を出力したいのでパーツになりそうなものを集めてください』


 アーゲンはすぐに動き出す。すっかり忘れかけていたが本来ならミシェルは重傷だ。ナノマシンの出力では防ぎきれない部位の損傷。太腿にある大動脈を切られているのだ。スーツのケアや外部から生体的な部位補填などの医療行為が必要である。


 どういう理屈で留めているのかはわからなかったが、ともかくアーゲンは兵士たちの装備をあらため使えそうな装備や武器を回収していった。


『義足の出力はナビの生成ボックスでやれないことはないからわかる。だが右脚の裂傷はどういう理屈だ?』

『断面図同士の空間を繋いでいます』

『驚いた。本当に単独でそんなことをやってのけていたのか』

『単独ではありますが、私の身体はこちらで言えばこの首都と呼ばれる構造物に匹敵する大きさがあります』

『えぇ!? ど、どういうことですか』

『叔父貴の予想通りか、別の空間にあるんだな?』


『はい。私たちは宙域を管理統括し、外敵を排除するのを目的として建造された巨大兵器です。通常別空間に身を置き、キーとなる人物と繋がることで命令を実行するだけの道具であり、インターフェイスがないため機能ごとに外部端末と接続して運用されていました』

「それは、何時の話だ?」


 アーゲンはパーツを持ちより、ミシェルの元へと戻って来た。敵兵の装備していたスーツやアーマー部分、ライフルを抱えられるだけ持ってきたアーゲンに、ミシェルは素直に背中を向けて腰にあった生成器を向ける。


『こちらの計測では約三万年前の話になります』

「さん、まん……、どういうことですかアーゲンさん!」

「いや俺に聞かれても」

『私たちを建造、運用した種族はもう存在していないと私たちは考えています。こちら側にあった端末も全て消え去り、それでも私たちは道具としての本分を全うしたいと望みます』

「……宇宙人だったんですか!?」


 さっきから驚きっぱなしのミシェルである。多少なりとも予想のついていたアーゲンもこれには驚いたが、目の前で盛大に驚くミシェルが居るので妙に冷静になっていた。


『その意味にどうしてそこまでこだわりがあるのか理解に苦しみますが、あなたたちの基準からすればそうなります。私たちは被建造物であり、彼らそのものではありませんが』

「三万年もの間ずっとあそこに居たのか?」


『その問いにはいいえ、となります。身体はそちらになく、保守のためどのあたりの宙域で建造されこちら側へ送られたのかも不明です。そして、私たちは自分の管理する宙域から知的生命体が居なくなった時点で休眠モードに入っていました』

「それで、どうしてミシェルを?」


『まず姉妹機が自分の発掘者をキーとして認定し運用を再開したのですが、良い結果になりませんでした。私たちは道具としての本分を全うしたいのであって、解体分析されるのを望みません。その姉妹機の信号から事態を察した私はその組織、グビアに見つかるのだけは避けたかったのです』


 ゴト、と少し重めの音がしてミシェルの腰についたボックスから左足が飛び出した。つま先から足首ほどの機械で出来たそれは多少断面部分が歪ではあったが、それはおそらくミシェルの残された組織と組み合わせるためだろう。


 普通義足は造りに合わせて生体部分の方を成形してしまうから、何とも歪な義足に見えた。それだけ神経や血管を繋ぐ術に長けているのだろうが、それはそれで断面にかかる体重がきつそうである。

 アーゲンはその足首を持って、ミシェルの左足の先へとあてがいながら話しを続けた。


「だが奴らは君の存在を知り、執拗に狙っていたと」

『はい。それも姉妹機は未熟な技術で分析にかけられたため半ばその機能を失ってしまいました。あなたがたの技術は未だ空間に作用する力は弱く、未熟です。防護もこの首都の中枢以外そのことが考慮されていません』


「だからこそ奴らは完全体である君を渡したくないわけか」

『私も全ての機能を引き出してはいません。絶対権限であるキー認定者と、それが許可委任した端末によって分割して引き出していました。これは安全を考えてのことです』

「これだけの力があっても未だ完全じゃないっていうのか」


 たった数十秒の間にミシェルの左足は繋がっていた。それも神経や血管まで不足なくつなぎ合わせられたのか、確かめるにように握ったり開いたりされる足先は生き生きと動く。

 ミシェルもその具合に驚き、痛みもないのか立ち上がって嬉しそうにその場で回っていた。


『はい。私は悪戯に他文明を混乱させ、分析解体されるのを望んでおりません。自己保全と道具としての本分を全うしたいのです。ゆえに姉妹機のその経緯から私も変化し、独自のインターフェイスを獲得してグビアの手を逃れる必要がありました』


「単純にグビアに関係する者をキー認定しなければ良かったんじゃないのか?」

『それは私の根本設計から出来ませんでした。私の開発者は種族の衰退後に発掘される可能性を考え、長年キーが存在しなければ第一接触者をキーとするシステムにしたのです。空間上接点のない私たちは最後にキー所持者が居た場所にアクセスポイントが発生しますので、自分では逃れることもできません。そこで私は自分を発見してくれる者を選ぶことにしました』

「それが、私?」


 ミシェルが自分を指さしていた。それで何故自分が選ばれたのだろうか。ミシェルとしては展開される話についていけず、最早理解するのを放棄してステーションにいるジョシュに謝っていたところだった。ポリネア星人じゃなかったけど。


『はい。私への接触条件を満たす発掘作業、空間干渉が行われる前に。その者は私を分析する可能性があるような力ある組織に関わりがなく、かつグビアの手から逃れられる者でなければなりませんでした。その意味で惑星に降り立ったお二人と、ミシェルという存在は僥倖でした。ナビというまさに現地生命体と通じることが出来るインターフェイスがあったのも大きかった』


 この口調はナビのものをベースにしているというわけか、とアーゲンは一人納得していた。

 これだけの力がありながらナビの機能なんて必要ないだろうと思っていたが、確かに異文化、おそらく言語も何もかもが違う相手と関わるのにナビは優秀な教本となったのだろう。一瞬で取り込んで使いこなせる演算能力は相変わらず凄まじいが。


「経緯はわかった。それで、そのグビアから逃げる時にやったあれが原因で暴走し始めたわけじゃないんだな?」

『はい。私がやったのは敵対者の一時的な無力化と、誰が敵か判別がつかなかったので私に構っていられないよう、全域の自律機械を一瞬沈黙させただけです。その直後に、事態の収拾よりもミシェルに向かうものを敵対者と見るつもりでしたが、おそらく姉妹機に利用されました』


「姉妹機ってことは結局グビアか。とんだマッチポンプだなあの野郎。ってことは取り戻すのは難しいのか?」

『グビアがどの機能を引き出しているのかわかりませんが、惑星ナーベルでも時間がかかったように、私が単独で他者のコントロールを演算するのは管轄違いになるのです。端末を用意して接続出来れば委任して全機能を解放できますが、それでやっと五分の戦いになると思います』

「それは厳しいな。君は、我々側についてくれると考えていいのか?」

『先ほどの約束が守られ、かつミシェルが望むのならば問題ありません』


 アーゲンは言われ、ミシェルをじっと見つめた。ミシェルはまたも理解をやめて足の具合を確かめていたが、アーゲンにその様子をまじまじと見られていると気づいてそっぽを向いてしまう。良くなった顔色が真っ赤である。


「ミシェル?」

「え、はい。大丈夫です。色々ありましたけど、私はここで生まれ育ちましたから。この身体は、違うのかもしれませんけど」

『……グビア組織、動き始めました。通信遮断を確認。この周辺の隔壁が閉じて行きます。水門へのアクセスを感知』

「くそ、ここを水没させる気か……! 君は姉妹機の攻撃行動を全力で阻止してくれ」

『それは推奨しかねます。感知に演算を割き、かつ後手に回ることになるので被害拡大は防げてもそれだけです』

「わかってる。良いから時間を稼いでくれ!」


 不安気にこちらを見上げて来るミシェルを抱き寄せ、アーゲンは考える。感知してから動いていては確かに後手にしかならない。相手の考えの先を行く必要があった。

 あの口ぶりと知識からいって髭男が実権を握っているのだろう。ミシェル確保を第一に考えていたはずなのに、この場にはいなかった。あの男が考えそうなこととは一体なにか。


 部下の失敗を見据えての水責めなのはわかるが、だったら何故ここ居て確保を確実化させなかった? それよりも優先させるようなことがあったのか? これまでの行動を考えれば――、まさか。


 アーゲンはあることに思い至り、ミシェルを抱き抱え走り出していた。

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