第88話「増援」

 連なった建物の合間から、飛行する警備ポッドの集団が姿を現した。


 ニーナが分析した行動パターンによれば、どうやら警備ポッドは己の入りやすい場所で最も近い生体反応に寄って行くらしい。建物の中に潜む人間は後回しなのか入ってまで相手にしていなかった。


 もっとも中は中で何かしらの自律機械が存在していたが。いずれにせよ機能として戦闘能力を持っているのが警備機械くらいなのは救いだった。


 結果的に周囲の警備ポッドを一手に引き受けることとなっていた広場を目指し、警備ポッド20機ほどが速度を上げる。地上4mあたりを浮遊していた警備ポッドは高度を下げ、そして先頭の一機が爆発した。

 正確には上からの急襲により上部装甲が砕かれ、内部が炎上。速度と高度を落としながら煙を吐いていた。


 その背に乗るように着地していたランは、落ちていく警備ポッドから次のものへと跳躍。少し上を飛んでいたポッド側面部に腕を突き入れ、飛び上がった勢いのまま腕を支点に倒立前転でもするように着地した。

 その段階でようやく広場に向かっていた警備ポッドのうち何機かがランへとその砲身を向ける。ランはそれらを相手にせず、自分を無視して広場へと向かっていく機体に腕を向け、電磁誘導で速度を増した小さな球体を発射した。


 結果を確認せず、向けられていた射撃を避けるため再び跳躍。今度は建物へと脚を着け、脚力と磁場コントロールで壁面を走る。ランは手首からレーダー妨害用のミストを流しながら、ちらりと広場の方を見やった。


 そちらではニーナのブリッツが鎮座し、いくつもの計算と観測を処理している。警備ポッドの装甲は薄く、ランでも対処が出来た。

 そのランでも対処が難しい装甲の厚いもの、かつ建物の中で暴れているもの。それらをニーナは片っ端から処理していた。


 あれから近場の建物内や放置してはまずそうなものをいくつも片づけてはいたが、その度に見えて来るのは悲惨な光景である。

 どうやら自律機械たちは複雑な命令を受けているわけでなく、本来持っていた機能や行動の対象を人間に変えたり、出力を弄ったりしているらしかった。


 警備ポッドもその能力なら出力を上げ、上空から散らばって行動した方が有利なのにしてこない。

 元から持っている尋問や誰何、その結果での拘束や無力化という行動ルーチンのため、わざわざ人間の目線まで高度を落として攻撃行動に入っていた。


 建物の中に居るのは多くが便利な支援機械か、同じく巡回する警備機械である。各ブリッツが暴走しなかったように、どうやらあのタイミングで自律していなかった機械は無事なようだった。終業後に起動する警備機械はほとんどが沈黙しているのでありがたい。


 歩行支援機が利用者の全関節を逆方向へ引き裂いたり、作業アームが手近な人間を挟み潰したり、腹部へ突入したり、現状は酷いがその程度で済んでいた。当事者はたまったものではないとしても、戦力的に見れば射撃できない歩兵である。


 ニーナはその様子に唇を噛みながらも、冷静に行動していた。一気にいくとは言ったが自分が動揺して手が止まれば、いつまでもこの被害は止まらない。

 ブリッツの右腕も左腕も武装を換装し、何度も使って来た機械用弾頭、更に壁貫通のため杭のような弾と交互に撃つ設定に変えた。


『情報官は回せないの? これじゃ民間人全てに当たらないようになんて不可能よ』

『これが限界ですハルト伍長。工業地帯はここの比ではありませんし、次点で多くの人間が暮らす居住区が優先されています』


 ランが器用に射撃を避けながら弧を描くように飛び、両腕の連続射撃で広場へと向かうポッドたちを落としながら言った。

 回された演算リソースはあっても、使いこなすだけの頭が自分だけではどうしようもなく、ニーナは冷静に処理し切るまでの被害予想を試算してしまう。


 そうやってニーナがどういう順番で処理していくかを考えているところで外部から通信が入った。識別が提示されない通信。民間人が直通でブリッツに繋げられるとは思えないので敵かもしれない、とニーナは身構えた。


『ニーナ・ハルト伍長だな。こちらは貴殿の補助をするよう命令を受けたテッド・ブライアン以下10名、到着した。以後そちらの指揮下に入る』

『ブライアン中将!?』

『ここではテッドで良いハルト伍長。今はそういうことになっている』

『わかりました中……、テッド。データリンクを』


 ランの言っていたブリッツ部隊。本来なら中将が現場に入れば階級的にニーナは指揮下に入らなければならなかった。

 表立っての処理がどうなっているかはわからなかったが、要するに正規ではない遊撃として現場に来ていて、かつデータ上はここに部隊はなかった扱いになるのだろう。


 グビアがデータを参照し部隊の居ないところをすり抜けようとすると考えてのことか、戦後の派閥争いで突かれないためか。ニーナにとってその答えはどうでも良かった。


『敵性自律機械を一機でも多く、かつ民間人にこれ以上の被害がないように潰します』

『参照した。こちらで脅威度の測定と捕捉演算を引き受けよう』

『助かります。現在位置は?』

『西部からそちらに向かっているところだ』

『そこから挟むように建物内を掃除しましょう。私も射撃に集中しますので、分担指示をお願いします』

『良いのかね?』


 相手から意外そうな声が返ってきた。自分はどんな目で見られているのやら。確かに中将に指示を出すなんて普通は出来ない体験だろうし、現場で先に戦っていたのは自分だが、それでもとニーナは首を振る。


『名目上だろうと何だろうと、能力ある者が上に立つべきでしょう? テッド。それに私がそちらの分隊各員の能力を参照しなおすより、あなたが私一人を把握する方が早い』

『わかった。久々の現場だがやれることをしよう。ところでこの、ユニット名ランという機体は?』

『優秀で頼れる味方です』


 次々と現れるデータ処理のリンクに混じり、縦横無尽に動きまわるランと、次々と沈められていく警備ポッドの様子が表示された地図から読み取れた。


 平時なら異様な光景だが、今は味方としてこれほど頼れる存在はいない。こちらも負けないようやれることをやろう。

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