第87話「久しぶりの愛機」

 ニーナが辿り着いた時、歓楽街ではランが単騎で暴れ、どうにか民衆を守っている状況だった。

 首都の防衛機能や演算はほとんどが自沈を防ぐため工業区や天球、軌道エレベータ関係に割かれており、次いで多くの人々が暮らす居住区に回されている。


 それだけではなくグビア対抗と事態収拾のため少なくないリソースがアーゲンやニーナたちの活動に割かれているのだから、のんびりしてはいられない。言うなれば後回しにされたところを犠牲に自分たちはバックアップを受けているのだ。


『ラン、状況は?』

『はじめましてニーナ・ハルト伍長。状況は良くありません。このあたりの民衆を集めて防衛拠点を作りましたが、打って出る事も出来ず防戦一方です』

『ブリッツは?』

『間もなく。それと、首都駐在部隊の多くは工業区に展開していますが、一部ブリッツ部隊を抽出してこちらへ回してくれるようです』


 通信をしながらもランは激しく動き回っている。結局最初の広場に保護した一般人を集め、開けた空間を利用し高速機動で対応していた。

 届かなければ腕から球体を発射し、建造物の壁面を蹴り、走り、肉薄しては警備ポッドを叩き落とす。警備ポッドなど歯牙にもかけない素早さだ。


『よく通ったわね』

『工業区は連邦の精鋭が詰め、今後を考えれば居住区で暴れるわけにはいかないでしょうから、グビアの圧力が強くなるのはここだと首脳部も考えたのでしょう。観光地で外部の人間を守らないというのは心証も悪いですから妥当な判断です』

『それ、妥当だったってなるには私たちがうまいことやらないとダメよね』

『そうなりますね。ブリッツ落下地点表示します』


 ニーナは広場に到着してその惨状に一瞬足が止まる。広場では身を寄せ合う人々とは別に、黒焦げになり煙を上げたいくつもの死体も転がっていた。まるで久しく降り立っていなかった戦場そのものである。


 そこで走り回るランと思わしき銀髪の女性は、まるで小さなブリッツのようだ。インスタントであるニーナも瞬間的に肉体強度を無視した動きや筋力を発揮することが出来るが、持続した運動には耐えられない。


 ランは止まらず、ニーナの全力疾走よりも速く広場外周を駆け、素手で警備ポッドの装甲を突き破り、叩き潰し、腕からは電磁誘導と思わしき高速の弾丸を飛ばしていた。肉体パーツの強度と出力が根本からして違う。


『私要らないんじゃないの』

『そんなことはありませんよハルト伍長。確かに私の処理能力と単騎での戦闘能力は高いですが、手が足りません。警備ポッドは暴走していて手近の人間を襲っているだけですので対処できますが、ここから出ての殲滅や他の地域から生存者を護衛するようなことはできません』

『つまりそれが私の役割というわけね』

『はい。首都の演算機能を使えば超遠距離でも壁越しに警備ポッド程度破壊できるでしょう。それでも守れるのはごく一部です。下層ではどうなっていることか』


 話している間に5mはありそうなコンテナが広場脇へと大きな音を立てて落下してきた。

 落下の地響きのあと、壁面部分が周囲に倒れるようにして開く。コンテナの中身である巨人、赤と黒の幾何学迷彩でカラーリングされたニーナのブリッツを見て、広場の人々が悲鳴をあげた。


 ニーナはブリッツの背面、腰のあたりからロックを解除して中へと滑り込む。考えてみればステーションでは乗って居なかったし、惑星ナーベルぶりのブリッツだ。

 重力砲による損傷をステーションで整備しておいて良かった、と考えながら各種端末に動力を通し、ひじ掛けのような先にあった操作盤へ手を入れ接続する。各種武装システムに問題はなく、あの余波を受けているということもないようだった。


『システムオールグリーン。ところでひとつお願いがあるんだけど』

『なんでしょうか』

『東地区にあるミシェルの自宅がどうなっているか観測できる?』

『……首都の機能を回せば可能ですが必要なことでしょうか』

『ええ必要なことよ。これから私たちが頭を下げてでも味方にしなきゃいけない相手の家族だもの』


 二脚を動かし、コンテナの残りから身を出したブリッツは東の方角を見やった。その脇に、警備ポッドのオイルやら爆発の煤やらに塗れたランが降り立つ。どうやら群がって来ていた一陣は全て叩き落したらしかった。


 ブリッツのセンサーに何kmも離れた先、ミシェルの自宅であるシュバーゲン家の様子が映る。

 アーゲンたちが脱出した時に倒された兵士たちは既に警戒態勢に入っており、どうやら安全確保はなされているようだ。身柄をおさえられていた成長したミシェルとヴェレンも無事らしい。


『頭を下げなくてはならないのは残念ながらハルト伍長のみなのではないでしょうか』

『……わかってるなら言わないでよ』

『これは失礼致しました。確かに首尾よく行ったあとに彼らが亡くなっていたとなってはあんまりです。なによりグビアに身柄をおさえられては困りますから警戒しておきましょう』

『そうね。感謝するわ、ラン』

『いいえ。新たな同僚には当然の配慮かと』


 そう言われ、ブリッツのコックピット内部でニーナは顔をしかめていた。成り行き上協力する流れになってはいたが、まだ自分は情報部の人間である。そのはずだし、そのつもりだ。


『まだあなたたちの同僚になった覚えはないわよ。ま、グビアが降下しきる前に掃除しちゃいましょう。一気に行くわ』

『わかりましたハルト伍長。アウトレンジの子機を回してください。こちらで発声機器を取り付けて避難誘導に使います』


 ニーナはブリッツからアウトレンジ使用時に観測と攻撃収束補助に使われる衛星機を射出した。30cmほどの円柱はプロペラを出して自律飛行し、全部で8機ほどがランの周囲へ飛んで行く。

 ナーベルではこのうち一機を中継機としてアーゲンとの通信に使っていたが、本来の使用用途でなかなか使わない便利な子機だった。


 同時に首都側から提供された周辺データと、敵性機器の情報がブリッツにマークされ、ニーナは気合を入れる。

 ここだけではない、建物内部や地下、いたるところで何千もの自律機械が動き回っていて、それは異様な光景だった。


 これら全てが人間を襲っているというのなら、首都はじまって以来の未曾有の大惨事といえるだろう。今からこれを何とかするのだ、とニーナは感覚を研ぎ澄ませ、久々のブリッツを発進させた。

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