第73話「ミシェルの不安」

「気分はどうだ? ミシェル」

「あ、アーゲンさん。もう、結構なんとか。大丈夫です」


 ディーンにミシェルの目が覚めたと聞いたアーゲンは、ニーナと居ても答えが出そうになかったのもあって、ディーンと交代してミシェルの看病に来ていた。

 部屋に入るなり、どう見ても大丈夫そうではない、泣き腫らした顔のミシェルと目が合ってしまう。


 アーゲンはそれには触れず、ベッドで身を起こしていたミシェルの脇で椅子に座ってどうにか笑ってみせた。正直なところアーゲンの方も心から笑うことは出来なかったが、それでもミシェルが笑みを返してくれたので、少しだけほっとする。


 部屋はベッドひとつに収納がいくつか。椅子とサイドテーブルがセットとなっていて、収納も壁からコマンドでせり出して来る造りですっきりとしたシンプルな印象だ。


「アーゲンさん。ニーナさんを責めないでくださいね。……私も、ニーナさんが何か隠していたのは知ってたんですから」

「そう、なのか?」

「はい。だから、調べなかったんです。本当は、調べようと思えば調べられる力があったのに。おかしいとは思っていたんです。だって、医療関係に進もうと思ってたんですよ? これでも、私」


 言いながら、軽く俯いたミシェルの瞳から涙が零れていく。アーゲンはただ黙って聞いていた。


「アノンチェアなんて、知りませんでした。お爺様の身体のこともあったから、そういう情報はすぐに調べていたはずなのに。見て見ぬふりです。蓋を開けるのが怖くて。何年も経っているのかもしれないって。最悪、お爺様はもう……。そう考えたら、調べられませんでした。私、卑怯ですよね。悩むのを、ニーナさんに押し付けて」

「卑怯なんかじゃない」


 アーゲンは横から、震えるミシェルの手をしっかりと握り込む。その手は冷たく、か細く頼りなさげで。アーゲンは安心できるよう、その手を優しく包んだ。


「でも。でも……! 私が自分で調べていれば。お爺様も、もう一人の私も。こんなことに、ならなかったんですよね? お爺様、どうなっちゃうんでしょう。ニーナさんが力添えしてくれて、情状酌量の余地ありになったとしても。100歳で今の肉体とはさよなら、じゃないですか。でも犯罪者は、それに含まれないって。含まれないって、どうなっちゃうんですか? アーゲンさん。私、どうすれば良かったんですかね?」


 溢れ出した涙を隠しもせず、助けを求めるようにミシェルはアーゲンの方へと顔をあげた。アーゲンはその身をそっと引き寄せ、抱きしめる。

 その途端、ミシェルは堰を切ったかのように声をあげて泣き始めた。顔をアーゲンの胸へと押しつけ、手は上着を皺になるくらい握りしめて。


「ミシェルは何も悪くない。ただ、巡り合わせが悪かった。それだけだろ? 何も気に病む必要はない。これから、出来ることをしよう。何が俺たちにとって、全員にとって最善となるか。それを考えよう。だってミシェル、君の力ならたいていの事は叶えられるんだから。そうだろ?」


 ミシェルには慰めの言葉が必要だ。そう思ったアーゲンは自然と諭すように話しかけることが出来ていた。


 確かにショックなことではある。それでもミシェルの新たな力があれば何とか出来る。そう前向きに思えれば、多少なりとも心の澱は消えてくれるのではないか。

 しばらくミシェルの身を受け止めながら、アーゲンはアーゲンなりの解決策を考えていた。


 一通り泣き終えて落ち着いたのか、ミシェルは鼻をぐずぐずと鳴らしながらゆっくりと身を離して涙を拭いた。


「ええっと、ありがとうございます。私もう、お爺様も誰も居なくなってるかもって思っていたので、それと比べればマシですもんね」

「そこまで一人で考えていたのか」

「そうですよ。だから、最悪これからはアーゲンさんのナビとして生きていくしかないかなって」

「最悪なのか」


 気丈な子だから大丈夫、と勝手に思っていただけでミシェルも思い悩んでいたのだ。おそらく、ニーナもそうなのだろう。アーゲンがそう思っていると、ミシェルが何やら近づいてきた。


 何かと思っていると、ミシェルは腰についた生成機から新品のハンカチを作り出し、アーゲンの胸元についた自分の涙をいそいそと拭う。


「これで良し。……言葉の綾ですよもちろん。だから、アーゲンさんが新しいナビを用意してるって聞いて焦ったんです」

「あー、なるほどな。だからあの時ついて来たのか」

「そうですよ。だから、しばらくナビの引き継ぎはなしでいきましょう。どうなるかわかりませんし」

「いや、それはそれで俺が変態に見られる気がするんだが」


 二人に笑顔が戻り、アーゲンが椅子へと腰を落ち着けてから少しして。扉がノックされる音が二度ほど響いた。


「ヴェレンじゃ。少し、ミシェルと二人で話をさせてもらえんかのう」


 その声に、アーゲンはミシェルを気遣う。会いたがっていた相手ではあるが、今の精神状態で大丈夫かと。それでも、ミシェルはしっかりと頷き笑顔を見せたので、アーゲンはひとつ頷いて立ち上がった。


「どうぞ。俺は出ていますね」

「おお、ありがとう」


 アーゲンはスライド扉を開け、ヴェレンを中へと招き入れてから、入れ違うように外へと出て行った。

 扉が閉まる寸前まで、アーゲンはミシェルの様子を見ていたが、ひとまずは大丈夫そうだ。

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