第10話「拾い物」

「なん、だ?」


 少女は床に座り込み、ナビを抱えたまま虚ろな目をアーゲンに向けていた。返答はなく、機械的な動作で顔を向けただけのような、変化のない表情。まばたきすらしていなかった。


 抱えられたナビは落下したのか表面が歪んでおり、背部パーツのプラグが数本抜けて周囲に散らばっている。その表面はデータの羅列を高速で流しており、何等かの処理がなされているようだった。


「君は、一体……」


 アーゲンは予想外の事態に固まってしまっていた。少女は反応もなく、何処か挙動もおかしい。こういう時こそ頼れる相棒の出番だったが、その相棒は今完全に沈黙してしまっていた。


 少女は10代中頃だろうか、華奢で小柄な体型に赤茶色の長髪。服装は少し煤けた白地のワンピースで、何処か襤褸布のようにも見えるが、髪色や肌の具合が良好なせいで何やらちぐはぐな印象を受ける。サバイバーにしては状態が良い。ここの食材を食べていたのだろうか。


 クレジット管理は情報料や特許などの技術料、物資や食材などの物品料と、様々なものが、生来埋め込まれているパーツや連携したナビで管理されている。それでも、いちいち使うたびに購入手続きをしていては無駄なやり取りに通信帯が圧迫されてしまうので、大きなステーションや町へ行ったときにまとめて処理されるようになっている。


 つまりキーさえあれば、グビア関係者やより権力のある軍事関係者として自由に食い繋ぐことは可能だし、打ち捨てられたここの在庫管理も通信帯を圧迫してまで把握しないだろうから、誰にも知られずに生きていくことはできるというわけだ。


「ごちそうさまでした」

 不意に少女が呟いた。


 少女の手からナビが放り出され、床を転がる軽い金属音が響く。アーゲンはちらりとナビに目をやったが、少女の様子がおかしかったので駆け寄ることはしなかった。虚ろな目をした少女は立ち上がり、じっとアーゲンを見つめて来ている。


「ああ、これはあなたのでしたか。困りましたね」

「君は、一体何者だ。ただの遭難者という風にも見えないが」

「遭難者……。いいえ、私はただの遭難者です。それは疑いようがありません。そして謝罪を。あなたのナビは私が取り込んでしまいました」

「取り込んだ? どういうことだ」

「フィル・フィリップ・アーゲン中尉。あなたのナビから情報と機能を頂きました」


 アーゲンはすぐさま銃口を向けた。見たところただの少女でしかない相手に、何か得体のしれないものを感じる。情報と機能を頂いた、というのなら彼女は純粋なヒトではない。生身でナビから情報を読み取れるのは、そういうモノだけだ。


「それは、色々と困る。場合によっては君を破壊しなければならない話だ」

「そこで提案ですが、私はあなたのナビとしてこれまで通りの支援を行いますので、遭難者として保護していただけないでしょうか」

「話が見えないな。俺は君が何者かまだよくわかっていない」

「すぐにわかります。それよりも今は連絡をすべきですアーゲン」


『繋がった!! ちょっとフィル、応答しなさいよ! 無事なんでしょうね!?』

 少女が言い終わるより前に、大音量でニーナの声がアーゲンの耳を貫いた。


「通信が復活した……?」

『ちょっと、聞こえてる?』

「あ、ああ。無事だ何とか。ただちょっと、よくわからない事態になってて」

『よくわからない事態って何よ』

「こっちが聞きたい! 正直混乱している」

『ナビからは要救助者発見って通知が来てるんだけど?』

「ナビから? それは……」


 アーゲンが少女の方を見ると、少女は素知らぬ顔で落ちていたナビから外装を引き剥がしていた。

 生成ボックスは色々な意味で危険だから、簡単に取り外せるものじゃないはずだった。少女はそれを簡単に外し、そのまま自分の腰へと装着していく。さながら少し大きいウエストポーチのように。


『それは、なんなのよ。とりあえずもう着くわ。応答がないから焦ったわよ』

「あ、ああ」


 戸惑うアーゲンの前で、少女はその後ゆっくりと床へうつ伏せに横たわり、一切動かなくなってしまった。構えていた銃器を力なく下げ、アーゲンは呆然とその様子を見ている。何がどうなっているのか、わけがわからなかった。

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