第9話「倉庫」

 倉庫の中には運搬費用と釣り合わなかったのか、未だ多くの物資が残されたままだった。この惑星にも宙域射出機はあったはずだが、倉庫区画と離れているから、おそらくは現地で使う予定だったものたちなのだろう。


 ニーナから渡された軍用キーで扉をくぐると、アーゲンの背丈の二倍ほどの、特殊樹脂で作られた箱型コンテナがいくつも積み上げられて列を作っていた。そのひとつひとつをナビとチェックしていると、ニーナから通信が入る。


『ナビに送った警戒域には近づかないようにね。ブリッツの索敵範囲外から狙撃されそうな所をピックアップしてあるから』

「ナビ、表示してみてくれ」


 ナビがこのあたりの地図と、ブリッツの警戒範囲やアーゲンたちの現在位置を壁に投影し始める。アーゲンは顎に手を当てながらそれに近づいて。


「……確認できた。ナビ、とりあえずここから、ここまでをマーキングしてニーナに送ってくれ」

「了解した」

「ニーナ、俺たちはまずこのあたりを調べてみる」

『わかったわ。危険な原生生物の情報はないけど、人が住まなくなってそこそこ経つんだもの。動植物には気を付けて。ブリッツのセンサーに反応はないけど、食人植物みたいなのは拾わないから』

「そりゃ遭遇したくないな」

『まぁ自生していたのは入植時に生活エリアから排除してるはずだけど。種がどう飛んでくるかわからないしね』

「十分気を付ける」

『そうして頂戴。行きがかり上、あなたは命の恩人みたいなものだし死なれたら寝覚めが悪いわ』

「はいはいっと」


 通信しながらもアーゲンはひとつひとつコンテナを調べていく。ナビがコンテナ表面のコードを読み取り、軍用キーで情報を引き出すという簡単な作業だったが、出て来る情報はどれも食材ばかりだった。


「ピーシーズ同盟の食材ばかりだな」

「現地のコードはグビアに所属する企業だったと記憶しているが、現地利用のクレジットは相場で請け負うらしい」

「ちゃっかりしてるな。しかしピーシーズの食材をなんでグビアが?」


 連邦にある企業同盟は大きく3つあり、医療グループで統治も担おうというアノン自治連盟、中小が集まり民生品を中心としたピーシーズ同盟、軍御用達の堅実な技術と合理性を謳うグビア組織と、それぞれが特性の違う方向で固まっていた。

 同時にお互いの企業同盟はライバルでもあるし、特に市場が重なってくるピーシーズとグビアはあまり関係が良くない。


「どうするアーゲン。保存機構から見て開封した時点で使用料を取られるぞ」

「まだ触らないでおこう。長期戦ってわけにもいかないだろうし、当面は足りるさ。それより、グビアに問い合わせて倉庫の詳細データは引き出せないのか?」


『それは無理よ。倉庫データはおそらくピーシーズ。簡単に言うと、グビアが追い出して買収した地区だから。詳細な管理データはお互いやり取りしなかったみたい。そりゃピーシーズだって面白くないから、データは紛失しましたって消しちゃったんじゃないかしら』

「こりゃまた面倒な」


『そもそも、そんなデータがあれば私がいの一番に出してるわよ。ないから地道に捜索することにしたんじゃない』

「聞いてないんだが……」

『そうだっけ? ま、そういうことだから地道な捜索をよろしく』


 アーゲンは首を振り、頭を切り替えることにした。あの軍人さんには色々と振り回されることになりそうだ。


「ナビ、詳細は良いから片っ端からコード読み取って来てくれ。ここは食材ばかりだし、他になければ次に移ろう」

「了解した」


 ナビが倉庫の奥へとチェックしながら素早く飛んで行った。これ、自分が居る意味あるのだろうかとアーゲンが首を傾げつつ、のんびりとした歩みでナビの後を追おうとした時だった。

 ナビからと思わしき大きなビープ音と、続けて、金属が落下して潰れたかのような反響音が響いた。


「何だ!? おいナビ? くそ!」


 不気味な静寂が倉庫を包む。ゴーグルからは、小さな通信のさざ波のような音が続いていた。通信が相手から一方的に途切れた時の待機音である。


 アーゲンは改造された銃器を構え、コンテナの先に集中した。ニーナに連絡を取ろうにも、全ての通信はナビを通して行っていたため、その手段がなかった。脅威はこの先か、それともコンテナを迂回して自分を包囲しようとしているのか。


 いや、ナビのセンサーやブリッツのセンサーを掻い潜って賊が居るとも思えない。対電子部隊ゴーストのような存在だってこんなところにはいないだろう。となると、先ほど話に出ていた食人植物や原生生物の類だろうか。


 確かにブリッツの警戒網は強力だが、強力過ぎる故に、ただの道端の花だったり、変わったオブジェクトだったり、脅威度がないものは情報過多にならないようフィルターで外されてしまう。

 誰も兵器のセンサーでわざわざ圏内の花の数や鼠の数を調べないのだから当たり前ではあるのだが、そうやって除外された何かだろうか。


「落ち着け落ち着け。深呼吸をしろアーゲン」


 自分が混乱しているのを自覚し、アーゲンは深呼吸を繰り返した。狙撃の時にナビに指摘されたように、わざと口にして自分を落ち着かせる。確認、しなければ。

 ナビは自分にとって大事な相棒なのだ。思い出せ。戦場の動きを。


 言い聞かせながら慎重に歩を進め、アーゲンはコンテナの角へとやってきた。おそらくナビの飛翔時間と音的にこの曲がり角の向こうだ。一度手汗をズボンで拭い、銃器を握りなおしてしっかりと構える。セーフティは外した。何も問題はない。よし、今だ。


「動くな!」


 アーゲンが覚悟を決め、銃を構えながら飛び出したその先には――。

 一人の少女が座り込んでいた。

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