第52話「危険な突入」
「何故だ。何故こんなことに!」
簡単な仕事のはずだった。濡れ衣をきせられただけの運び屋を捕まえ、それを利用し烏滸がましくも憲兵隊を陥れようとしている元軍人の脱出を防ぐ。それだけのはずだった。
運び屋が迂回路を知っているのはおかしな話ではない。だが何日も捜索を躱し潜伏した揚げ句、管理区域に入り込むなどと。たかが運び屋にそんな能力があるはずがない。
「話が違う。話が違い過ぎる! 一体何者なんだあの男は!!」
一人宙域スーツのロックをしながら憤慨していたポーネリアに、青い一撃が飛んできた。丁度屈んでヘルメットを取ろうとしていたポーネリアは、危ういところでその一撃を回避する。
「ひぃ!」
たった10mの小型探査艇は狭く逃げ場も少なかった。ステーションから大きく離れることが想定されていないのだから当たり前なのだが、そもそも気圧が確保されて行き来できる区域もそうはない。
そんな中、外部の兵士たちが救援に来るだろう気圧ロックに向かうのは、助けを求める者として自然の流れであった。そしてそれを読むのも追う側としては簡単な話である。
『ポーネリア指揮官。射殺命令を取り消してもらおう』
『それだけで良いのか?』
『いいや。そのうえで先ほどの上級審査申請をしっかりと受理してもらう』
『ディーン、あんた割とまともな手続きを踏むよな』
『当たり前だろうフィル・アーゲン。我々のような異端者が法やルールを破っていては余計扱いが悪くなるだけだ』
宙域スーツを着込んだことで音声が通らないため、二人はライフルを構えたまま短波通信をポーネリアに送っていた。ポーネリアは手にしたヘルメットから流れてくる声を聴いてはいたが反応が鈍い。
いや、何やら震え――。そしてヘルメットを床へと叩きつけて大声を上げた。
「冗談ではない犯罪者どもが! 貴様らがやったことを考えろ! 入るだけで重罪な管理区域への侵入、及び内蔵兵器の発動と兵士たちへの攻撃。そして指揮官である私への射撃と脅し! これだけのことをしておいて許されるはずがないだろう。ステーションの平和を守るためにも、貴様らが見過ごされることなどあってはならない!」
『青ざめたり赤くなったり、忙しい男だな』
『そのようだ。だが、ヘルメットを投げ捨ててはこちらに声は届かない』
『やっぱりまず撃って拘束するしかないんじゃないか?』
そうのんびりと話している時だった。甲高く金属を打ち付けるような音が響き、ポーネリアの奥に位置していた気圧ロックの扉に、唐突に丸く穴が空いた。
直後、その穴から射出されてきた何かがポーネリアへと当たる。結果や流れを見ている暇はない。アーゲンとディーンはすぐさま反転し、宙域スーツ等がおさめられた突き出し状装備入れの影へと滑り込む。
射出されたものはポーネリアを覆うような透明で分厚い保護膜を広げ、床へと突き刺さるように展開していた。全方位の人質救出用保護シェルター。おそらくは外で待機していた兵士たちが内部をスキャンして強行突入を選んだのだ。
ヘルメットをつけていないどころか投げ捨てたポーネリアにさぞやヤキモキしたことだろう。外は真空。下手に突入すると指揮官を殺しかねないという状況であり、保護シェルターの使用は難しい判断だったはずだ。
やはり話などしていないでさっさと確保しておくべきだったか。そう考えている暇もなく、アーゲンの頭で警鐘が鳴った。捕捉されている。
『ダメだディーン貫通される。移動だ!』
転がるように手前、気圧ロックの準備部屋から廊下へと続く扉へと飛び込むアーゲンとディーン。すぐさま気圧ロックに空いた穴から射撃が飛び、二人が隠れていた場所を、納められていた装備や壁ごと貫通していく。
穴から大気が逃げ真空になりつつある部屋で音はしなかったが、何発もの弾丸が二人の居た位置に着弾してピタリと止まっていた。
指定した地点で貫通し過ぎないように止まる弾頭である。地上戦では比重とコストから鉛弾だったが、ステーションそばの宙域で放つ事は許されていなかった。
要は飛びすぎるのだ。レーダーで捉えにくい弾薬を宇宙にバラまくのは巡り巡って危険と考えられている。
分が悪いと更に奥へ行こうとした二人の脚が引きつった。壁越しに筋肉阻害の電波が飛んでいる。相手は割と本気だった。
それでもアーゲンはなけなしのナノマシンで、ディーンは持前のアンデッカーとしての能力で拘束されることなく走る。多少速度は落ちたがどうにかその場を離れる二人。
兵士たちは袋の鼠をわざわざ追ったりせず、まず指揮官の確保を優先したようだった。アーゲンたちもそれを読んでの撤退である。色々と仕切りなおさなければならない。
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