第53話「籠城と衝撃と」
『またもやだな』
『どういう意味だ?』
二人は指揮所の丁度真下に位置していた動力炉整備室へと立て籠もっていた。指揮所は所詮端末の集まりであり、探査艇の心臓部はここである。戦力差を考えればなけなしの抵抗ではあった。
『管理区域ではタンクを盾にすることで使用武装を制限しただろ。宙賊との時も冷静に考えれば、あいつら俺を捕らえる気だった。殺す気なら重力砲はそもそも重力で守られているんだから榴弾一発で終わっていたはずなんだ』
『つまりどういうことかね』
『まーたこういう重要物を盾に制限戦するのかと思ってな』
『仕方があるまい。これとて向こうが小型探査艇を破壊してでも構わないと考えれば終わりだ』
ディーンの言う通りである。向こうがその気になれば、小型探査艇一隻と引き換えにこちらを殺すことは簡単な話だった。
重力干渉のある動力炉に隣接することで遠隔装備の使用を制限し、かつ大規模な攻撃を防ぐ。二人の背後には何重にも防壁に囲まれた動力炉があった。
その制御端末や中へと通じる整備用調整機など、様々なものが狭い区画に入り組んで配置され、小型艇の収納スペースに収まるよう無茶な造りとなっている。その分、下手に壊せないから射線が取りにくい、はずだった。
『流石にそこまでしないだろ。それこそ、たかが運び屋相手に選ぶ選択肢じゃないはずだ』
『だと良いんだがな』
『点数稼ぎに出て来ておいてそんなことしたら終わりだろう?』
『しかしこちらが持つ証拠物を提出される方がまずいと考えれば、その限りではないのではないかね』
船内には装置から発生した空気を吐き出すだけの口と、それを効率よく回すための循環路という別の口があった。そのうちの循環路の方から、音もなく何かが飛び出してくる。
出て来たのは小型の円盤で、10cmほどの卵を横にしたかのような形をしていた。浮遊するそれらは下部に備え付けたアームを包む装甲のような造りで、前面にセンサーが赤く光っている自律機械の一種だ。
出て来たそれらを、二人は振り返って正確に撃ち落とす。指揮所の緊急時用のライフルや、転がっていた他のライフルも拾って、今二人は2丁の鎮圧用装備と実弾のものを1丁手にしていた。
指揮所の他の人員はそのままである。気密が破られたことにより落ちるはずの隔壁はアーゲンが解除したため、兵士たちは人命救助を優先したはずだ。その稼いだ時間で籠城し、準備を整えることには成功。問題はここからだ。
突入前に偵察や前哨を出してくるのはセオリー通り。とはいえ常に通気口を見ていては他の手を実行されかねなかったため、二人は見て見ぬふりを決めての迎撃だった。
タイミングはアンデッカーの優秀な振動感知を頼りに、通気口の格子を外すわずかな振動を察知して合わせることができた。
『さて、来るな』
『ああ』
そう二人が交戦の覚悟を決めた直後、とてつもない衝撃が小型探査艇そのものを襲った。弱いとは言え重力で安定させてあるはずの船内が斜めに傾きながら、がくんと落ちたかのように激しく上下に揺れる。
床に置いてあったライフルが跳ね上がり、銃身下部についたハンドガードが欠けたのか破片が散った。
『なんだ! 攻撃か!?』
身を屈め、振り回されそうになる身体をどうにか支えていたアーゲンに通信が届く。それは、はち切れんばかりの喜びを感じさせる歓喜のニーナだった。
『よし、命中。フィル、無事ね?』
『ニーナか!? 一体何をしたんだ?』
『ちょっと管制を拝借して、逸らされるはずだった飛翔体をぶつけてやったのよ』
『はぁ!? おま、一足先に出て待ってる手筈だっただろ!』
『ここまでされて私が黙ってる女だと思った?』
『あのなぁ。ミシェルは無事なんだろうな?』
あまりの発言に呆然と返すアーゲンだった。それはつい短波通信を切り忘れ、全てをディーンに漏らしてしまうほどの衝撃である。
『あ、私から協力したんですアーゲンさん』
『ミシェルお前まで。なるべく力は隠す方針だっただろう』
『だって、許せないじゃないですか』
『大丈夫よ総司令ディアナとの話はつけたわ。ポーネリアだっけ? そいつの自爆ってことで手を打ったから』
『……総司令に話を通せるのか。なら、一つ提示したい証拠があるんだが』
事態に順応し話し続けるアーゲンに、ディーンは珍しく目を剥いていた。そもそも、この隔離された外壁へピンポイントで通信を繋いできたことすらおかしな事態だというのに。
管制を拝借して飛翔体をコントロールし、小型探査艇にぶつけるなどどれだけの情報処理か。ここの状況を知るだけでも難しいはずなのだ。
船が着底したのか再び船全体を揺るがす衝撃が走り、軋むような嫌な振動までスーツを通して腹へと響く。
何が起きたかはわかったが、向こうもまさか故意に引き起こされたものだとは思わないだろう。この隙を突こうとするはずだ。
船の状態が安定してすぐアーゲンたちは装備の再確認を始める。いくら二人の強力な情報能力があっても、物理的に押し込まれたらどうしようもない。
『さーて、反撃開始よ!』
『バックアップは私に任せてください!』
そんな緊張とは裏腹に陽気に気合の入った声が耳へと届いた。随分と楽しそうな声である。アーゲンはそんな二人の様子に苦笑気味だ。
『全くもって無茶苦茶だが……、正直助かったよ二人とも。今俺とディーンに射殺命令が出てるんでな』
『何よそれ』
『ま、状況は変わった。証拠のコピーが総司令に届く以上、流石にあの指揮官も立場の悪さを思い知るだろう』
『あの指揮官が素直に話を聞くとも思えないなフィル・アーゲン。……ところでそろそろ私にも説明してもらえると助かるのだが、話してはもらえるのかね』
『『あ』』
そこで初めて、アーゲンは短波通信を切り忘れていたことに気づいたのだった。
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