第54話「ポーネリアのにやにや笑い」
船体が外壁へと着底した小型探査艇は右側面に大きな穴が空き、周囲にはその破片や中のものが散らばって浮遊していた。
飛び出したものは新たな飛翔体として二次被害を起こさないよう、現場で包囲していた他の探査艇が一時的に重力場をコントロールしてその場に留めている。
本来ならすぐにでも回収作業や救助作業を行わなければならないのだが、今は戦闘中にあたるので最低限の処置のみだった。兵士たちは運悪く飛翔体により半壊してしまった船を半包囲して指示を待っている。
『ふん。こちらを惑わすような通信を送ってきおって。墜落によってついに進退窮まったようだな犯罪者どもめ』
『投降勧告は宜しいのですかポーネリア指揮官』
『構わん。これまでの奴らの所業を考えてもみろ。薄汚い酒場での時間稼ぎや、こちらを騙すような手口での逃走。そもそも近づければディーン・フィポッドの内蔵兵器が危険過ぎる。これは仕方のないことなのだよ』
『はっ』
『交戦準備急げ!』
『各員配置につきました』
ポーネリアはアーゲンたちから送られて来た射殺命令の撤回要求と、証拠物の転送という認めがたくも見苦しい命乞いを完全に無視して動いていた。
不意の飛翔体によって、ポーネリアにとって事態は良い方向へと向かっている。この機を逃すわけにはいかなかった。
そう、飛翔体によって壊れたのならば仕方がない。小物を捕らえるために船を破壊するのではない。飛翔体によって壊れたのだ。
もしかしたら、その衝突によって捕らえるべき犯罪者が不慮の事故死を遂げるかもしれない。ついでに、持っていた紛い物の証拠もどこかへ飛んで行ってしまうかもしれない。
さっさと別の探査艇へと移っていたポーネリアはそう考えを進めてほくそ笑んでいた。完璧なシナリオである。あとは突入部隊が死体を確認するだけだ。どんな手段を使ってでも生存確認ではなく、ただの物体の確認を。
たとえ突入部隊がアンデッカー、ディーンの反撃で倒されたとしても包囲網は完成済みだ。ポーネリアは新たな指揮所となった小型艇操舵室から、映し出された周囲の映像を見てにやにやが止まらない。
宙域ブリッツ4機に、対人兵装をした兵士30名。小型の妨害用ドローン6機、探査艇4隻による電子戦包囲網。たった二人に出す兵力ではなかったが、相手には生まれながらの兵器が居るのだ。あの酒場で味わわされた屈辱のような事は二度とやらせはしない。
ポーネリア指揮官が勝利を確信している頃、着底した探査艇では突入が開始されていた。未だ探査艇の破壊が許されていない兵士たちはガスを発生させる手榴弾を放り込み、地道な方法で事にあたっている。
ガスは宙域スーツを着込んだ相手に直接の害はなかったものの、識別コードを持たない相手の通信撹乱と、身体にへばり付いて動きや視界を妨害する粉が含まれたものだった。
室内は乳白色の煙で覆われ、そこを武装した兵士たちが連携しながら進む。事前に投げ込んだもう一つ、探査型のボールによっておおよその位置は掴んでいる兵士たちだったが、それでも地道に確認するしかない。殺傷武装である以上、万が一の誤射で探査艇動力炉関係の設備を壊すわけにはいかないのだ。
過ぎた力を持っていても、結局制限される状況に置かれればこんなものか。と、兵士たちが向かうのとは別の場所に潜んでいたアーゲンは思う。今まさに、過ぎた力のおかげでこうして相手を騙せているのだが、アーゲンは何とも言えない気分となっていた。
何事も胡坐をかいてはいけないってことだな。と一人勝手に納得し、手にしていたライフルを兵士へ向ける。実弾武装。相手がいくら対人装備で固め、防弾アーマーを装着しているとは言え、それを破るための武器だ。そのことを意識すると、途端アーゲンの心拍数は上がり、脳裏に自分でない記憶がよぎる。
あんな馬鹿な指揮官の思い通りにされたくない。ぶち壊してやろう。それが発端だった。自分を振りまわして来たことへの怒りもそこにはある。
だがまぁ、あの男のために下の兵士が死ななきゃならんってのもおかしな話だろう。自分に言い聞かせるように、そう結論付けたアーゲンは銃口を少し下げていた。
白濁した部屋に銃声が響く。もともと気圧ロックの破壊から大気が抜けかけていた船内だったが、新たに充満させられたガスによって音が発生し、その場に居た兵士たちに緊張が走る。
一瞬にして切り裂くように飛んだ弾丸は、とにかく身を隠そうとしていた兵士6人のうち最後尾に居た者の膝から先を千切り取った。
アーマーで守りにくい可動部、膝を砕き周辺被害を出さぬよう留まる弾丸。その威力に筋肉は断絶し、骨が砕けて脚先が宙に舞う。
撃った方のアーゲンも射撃の衝撃が肩に食い込み、歯を食いしばっていた。アーマーを貫いて致命傷を与えるための兵器は反動も強い。踏ん張りが弱ければ体勢も崩しかねない勢いだ。
こんなものを無重力の宙域で撃てば、射手は後方へ回転しながら放り出されていくだろう。探査艇のくせになんて装備を積んでるんだ。
アーゲンが悪態をつく前に、兵士たちは予想外の射撃に一気に散会。まずは後方からの射撃から身を守らねばと、物陰に潜もうとしたところを、二番手として潜んでいたディーンの射撃が横合いから襲う。
ディーンは加減などせず、壁を背にしての連続射撃だ。
強度のある自身の骨と筋肉を頼りに、壁を利用して射撃を安定させる。衝撃を逃がさず壁とライフルに肩が挟まれているので、生身なら骨が砕けかねない運用である。
後方からの射撃で横へと散ったうちの3人が無防備な方向からまともに射撃を受け、二名が戦闘不能。一撃で横腹に穴を空けられ、自己を守るための対ショック機能がナノマシンによって発動し意識を失った。
一名はどうにか致命傷は避けたが左肩に被弾し、飛んで行く腕に構わず後方とディーン側から隠れるよう、遮蔽物となる計器類の機械へと身を隠す。
すかさず攻撃に晒されなかった二人が、それぞれアーゲンとディーンが居た方向へと牽制射撃を行った。
相手の正確な位置は不明だが、ひとまず弾をばら撒けば被弾を恐れて攻撃が止まる。リロードまでの間緩急をつけて撃っていればそれだけ体勢を立て直す時間が稼げるという判断だ。
普通なら相手がどこをどう狙っているのかは見えないし、射撃音を聞いてから隠れては間に合わないから隠れざるを得ない。当てずっぽうの射撃だろうと一発でも当たれば危ういからこその牽制射撃。
しかし、それは見えなければという話であり、アーゲンたちにはミシェルがついていた。
ミシェルはステーション内部に居ながら、兵士たちの視界とライフルの照準リンクに入り込み、今どこを狙っているのか。反動や個体差による、照準点と弾のブレ具合である散布界を含めて、アーゲン達の視界に見えるよう細長い円錐状に表示していた。
当然、この視界の中兵士たちがどこに居るのかと、ガスが妨害機能を発揮しないよう識別コードも弄っている。
アーゲンは宙賊との戦闘で信頼しきっていたし、検査で出ない以上考えても仕方がないと受け入れていた。対するディーンは終始疑っていたし、戦闘が始まってからは驚きっぱなしである。
そうして敵の牽制射撃すら完全に見切った二人は回り込むように移動。隠れていた二人をいとも簡単に制圧して、復帰しようとしていた膝と肩の被弾者二人も取り押さえていた。突入からわずか三分にも満たない間の出来事である。
あまりに一方的で思いもしなかった展開に、突入組6名のバックアップとして入り口に控えていた兵士4名は現場判断で撤退を開始していた。そのうち撤退を判断した下士官は己の指揮官へと通信を送る。
殲滅作戦を開始せよ――。そう具申するために。
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