第55話「殲滅作戦」
いよいよポーネリアは笑いが止まらなかった。隣に立って居た兵士が眉を顰めるほどに口角を上げている。
「そうか。突入部隊は失敗したか。そうか」
「はっ」
「いいぞ。これより殲滅作戦を開始する。奴らを探査艇ごと木端微塵にしろ!」
失敗という報告に嬉しそうなポーネリアを見て、兵士たちは少々不満顔であった。
たった2名に10名の兵士たちが負けるという事実はしっかり分析せねばならず、かつそれによって戦友が死亡したかもしれない。それに、その2人相手にこれから戦うのだから笑える要素など一つもなかった。
それでも兵士たちは軍人らしくきっちりと仕事をこなす。いくらポーネリアが他の現場叩きあげの上官と違って現場経験がなく、士官学校からの横滑りだとしても。軍人にとって上官の命令は絶対である。そこを守らなければ秩序は崩壊してしまう。
着底した探査艇を半包囲するように囲んで、宙域ブリッツは両腕の武装を向けた。ニーナの駆るブリッツと違い、宙域ブリッツは脚部が4脚となっている。
不安定あるいは複雑な構造物間でも様々な射撃体勢を取れるようにというのと、無重力下での姿勢制御に重力場とセットで活用されるためだ。それ以外の基本的な武装はニーナのブリッツと変わらない。
探査艇4隻の演算援助を受け、ブリッツたちはその狙いを内部動力炉付近に居る二人に定めた。動力炉を撃ち抜けば一発で全ては終わるが、それをするとステーション外壁に穴が空きかねないので、相変わらず攻撃には気を付けなければならない。
破片やパーツが吹き飛べばそれだけ二次被害も加速度的に増える。ステーションと探査艇の重力があるとは言え、それを振り切られれば宇宙空間でそれらは止まらない。指揮官が何を言ったところで、ステーション周辺宙域の航路にも被害が及ぶような事態は避けねばならなかった。
「ええい、何をもたもたやっている!」
「はっ。突入部隊の撤収が完了次第、攻撃を開始します」
「ブリッツの能力があれば待たずともピンポイント狙撃が可能だろう? 動力炉を撃ち抜いても構わん」
「はっ、お言葉ですが指揮官。奴らはこちらの探査を撹乱した者たちです。二手目、三手目の攻撃を考えれば撤退を待った方が柔軟に対応できるかと」
「そうだ。奴らはそれだけの脅威なのだ。二手、三手が必要なら構わず動力炉を撃ち抜け」
「いずれにせよ友軍を巻き込むわけにはいきません。突入部隊の撤収待ちです指揮官」
ポーネリアは唸る。確かに下士官の言う通りではあるのだが、何をしでかすかわからない相手に証拠を持たせたまま時間を与えるのは結構なストレスだった。ここに居る限り内部へアクセスするようなことは出来ないはずだが、何か良い口実はないものか。
「憲兵隊からの連絡は?」
「ありません」
「一体何をやっているんだ。たかが小娘一人も確保できんのか」
アーゲンの秘密を探るため、ナビである少女を捕らえるよう指示を出したのはポーネリアだった。今となっては情報を引き出すだけでなく人質や保険としての価値もありそうだったのに、事はうまく行っていないらしい。
少女のそばには常に例のインスタントが居るのだろう。どうしてこうも速成クローンたちは問題ばかり起こすのか。
「突入部隊撤収完了しました。ポーネリア指揮官、攻撃許可を」
「いいぞ。攻撃を許可する!」
目にものを見せてやる。脅迫や騙しうちなどとこちらを舐めた真似ばかりする奴らにも、現場に出ていないというだけでこちらを見下す同僚たちにも。グビアとの秘密交渉も憲兵隊との協定も、これがうまく行けば何もかも丸く収まるのだ。
「攻撃許可確認。攻撃開始」
『攻撃開始』
通信越しに現場の指揮官たちが返事を返し、ついにブリッツによる射撃が開始された。ライフリングの刻めない特殊弾頭用の滑空砲が一斉に火を噴き、4機のブリッツから続けざまにいくつもの砲弾が発射される。
半月状に、それぞれが十字砲火となるように配置された4機のブリッツが撃ち続ける様は圧巻の一言だった。宇宙空間ゆえに見ている側に振動や音が伝わっていなかったが、光を放つ砲口と、視線の先でいくつもの穴が穿たれ次々と崩れて行く探査艇の船体がその凄まじさを伝えている。
「撃ち方やめ! データ解析急げ」
「目標の生体反応をロスト。解析レベル、沈黙した目標まで切り替えます。……え?」
情報官が射撃後の船内解析を行った結果を見て、思わず声を上げていた。そこにはあり得ないものが映っている。自分の間違いではないかと何度か情報を精査しようとするが、後ろからポーネリアの声が飛んだ。
「どうした! 奴らは死んだのか?」
「い、いえそれが。何かの間違いだと思うのでもう少し」
「ええい。いいから映せ!」
「は、はい!」
ポーネリアの怒声でもって前方へ表示されたのは船内の情報を拡大したものだった。
そして、そこにはおびただしい数の死体情報が映されていた。
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