第100話「エピローグ(後)」
「俺も毒にやられてしばらく動けなくてな。ユータスの奴が真っ青で笑ったよ」
「ユータスが?」
「それが傑作なんだが、いや笑うと傷に響くから今度にするか」
「ディーンさんお墓参り出来たんですよ。そこで偶然娘さんと遭遇しちゃって」
「アインはしばらく復帰できないらしい。脳機能復活が大変そうだ。一時的に脳のデータを移せれば完治も早いんだろうが……」
そうやって三人が語らっていると、部屋の扉が音を立てて横へとスライドしていった。中に入って来たのは何やらモニタを抱えたランである。
「ニーナ・ハルト伍長、回復おめでとうございます」
「ああ、ラン。ありがとう。そのモニタは?」
ニーナの疑問にはモニタからの声が答えた。その声は軽く、朗らかで実に楽しそうな陽気な声である。アーゲンが叔父貴と呼ぶ、保安部13課のトップ。戦闘素体研究開発局、元局長の声だった。
モニタには案内表記に使われそうな無個性な男性の顔が笑顔で表示されていて、わざとらしいコマ送りな断片的な動きで動いている。
「いやーそちらでの身体は今別の宙域に居てね。こんな形で失礼するよ」
「……どういう意味?」
「そのままの意味さ。私は第二の人生を歩む先達とのパイプ役として、双方の世界を行き来する生活をしていてね。実体はこちらだから、外出用の身体はいくつかあるのさ。すまないね、ダンディなイメージを崩してしまったかな?」
「はぁ、そういうのは良いですから」
「つれないねぇ。これで晴れて仲間になったというのに。まぁ、君の所属はあの時からずっとこちらに移したままだから、断られたところで問題ないのだけれどね」
その発言にニーナの頬がひくついた。あのどさくさで一時的に所属を移すというようなことは言っていた気はするが、一週間寝ている間に戻してすらいないとは。
「フィル、この人一発殴りたいんだけど」
「よせニーナ。付き合うだけ無駄だ。そういう時は愛玩動物の機体に入って出てきたり、もの凄く頑丈な機体で出て来たりして、こっちをおちょくるだけだ」
「なんて奴。そういえばあなた、私を惑星ナーベルに単独で送った張本人らしいじゃない。あそこに何があったか知っていたの?」
「ああ、それは俺も聞きたかった。叔父貴、何処まで想定していたんだ」
「何も。ちょっと怪しいという情報が出ていたから、刺激すれば何か出るかもしれないと思ってね。ただ杓子定規に業務を行うだけの駒は要らないからね。君らなら、何かを起こす。あるいは何かを掴むだろうと思っていただけさ」
モニタに映っていた無個性の男性アイコンがウインクを決めている。何とも実体の掴めない胡散臭い相手だ。このような機会に関わらなければ、絶対に第13課とかいう組織に入ることはなかっただろう。
そしてそれすら手のひらの上なのかもしれないと思わせる怖さが局長という男にはあった。ニーナは溜息をつき、それでもと前を向く。
「いいわ、わかった。あなたはそういう人なのね局長さん。正直怪し過ぎるし、純粋なミシェルを置いておくのは不安だから。精々傍で見極めさせてもらうわ」
「これは良い。今日は祝杯だ! フィル君電子ドラッグを出してくれ。新しい第13課Exilの門出に乾杯しよう!」
表立って了承したニーナの言葉に、局長と呼ばれた男はファンファーレのような効果音を鳴らしながら歓声をあげた。
電子ドラッグというのは電気信号によって脳内麻薬を引き出す違法快楽物質である。実際にダメージを受ける生体脳がない存在だからこそ言える台詞だったが、それでも一時的に酔っぱらったような状態になるのをアーゲンは知っていた。
「あんたがバグっても何も良いことがないだろ。それに、俺はようやく酒が解禁されて約束だったディーンの奢りが待ってるんだ。脳に作用するだけの紛い物じゃない、本物の年代物をな。一人でやっててくれ」
「あら、いいわねそれ」
「ニーナ、お前は起きたばかりだろ」
「相席する約束だったと思うけど?」
「皆ずるいです。私も」
「いけませんミシェル・シュバーゲン。これから夜まで電子戦訓練の予定では?」
「そんな。ラン先輩もこんな時くらい一緒に行きませんか!? ダメですか? 私、先輩ともっと仲良くなりたいんです」
「……局長、私は後輩の前途を守るため同行しなければならないようです」
「え、ちょっと。モニタを床に置くなんて君らしくも。あ、待ちたまえ!」
起きたばかりだというのに、戦闘目的で造られただけあってすぐに活動できるようになっているのか、それとも本人が逞しいのか立ち上がってついていく気満々のニーナである。
その横では目を潤ませて懇願するミシェルと、簡単に篭絡されたランがさっさと出発準備をし始めていた。
アーゲンはどちらに対しても首を振り呆れながら、それでも久しぶりにニーナを加えた日常に頬が緩んでしまう。
そうして騒がしくも賑やかに、新しい第13課のメンバーたちは揃って部屋から出て行った。
「まぁ、今日くらいは良いか。叔父さんも大目に見ようじゃないか。これから、どうしたって忙しくなるのだからね」
一つ何やら言っているモニタを残して。
~~~~~
宙域にて惑星外周の小惑星帯に紛れる一つの宇宙船があった。個人宇宙船は銀色に輝き、とある力で反射したレーダー波を解析する術を持っている。
『降下前カウント開始。空間接続、異常なし』
『目標降下地点、大気圧安定。摂氏20度±』
『ミシェル、保護膜の接続は?』
『大丈夫です。任せてください』
『相手もこの地点から侵入されるとは思っていないでしょう。それにしても、突入は私でなくて本当に良かったんでしょうか?』
『ラン、お前はいつもやり過ぎだ。ナビ、ナノマシン充填急げ』
船内の転送フィールド、四角い枠内に立っていたフィル・フィリップ・アーゲンは腰装備から引き出したグリップを確かめながら船内に残るオペレータたちと通信を交わしていた。
視界の先には小惑星の合間から、赤茶と青が混じったような大きな惑星が見えている。足下のフィールドに表示された外の映像にはそうした惑星全体図の他に、現地の拡大した様子も映されていた。
『ニーナ、陽動頼むぞ』
『はいはい。ディーン、ライフルの調子は?』
『さて、どうかな。いつも通りだと思うがね』
敵施設正面へと降りるポッド内部、ブリッツに搭乗したニーナと。その脇に増設された狙撃設備、ミシェルの力で繋げた窓によって船内から戦場を狙撃する支援射撃システムが連動していく。
『それじゃぁ行くか。第13課、出るぞ』
遠い遠い空の果てで。
来るかもしれない"先"を担う者たちは、今日もその活動を開始した。
――これは、そんな世界で生きる彼ら彼女らの物語。
~「辺境の後継者たち」完~
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