辺境の後継者たち
草詩
第一章「遭遇」
第1話「救難信号」
足元に広がる赤茶けた惑星を見ながら、フィリップ・アーゲンは少し早めの昼食をとっていた。アーゲンの宇宙船は眼下の惑星ナーベルの衛星軌道に入っており、重力場を切ったことで久しぶりの無重力下にあった。
浮かびながらの食事は少し食べにくかったが、アーゲンはのんびりと浮遊感を楽しんでいる。腰かけて真横にみる窓も、浮かびながら足元にみる窓も、どちらもその先にある壮大な美しさを損なうことはない。
真っ黒な背景に散りばめられた星々と、大きく鎮座する赤茶の星。ナーベルには安定した大気があるのか、ところどころ白く雲を形成している様子が伺えた。
食べ飽きたレーションも目先の気分だけでも変えれば多少はマシである。というか、そうでもしなければ食べたくない程、手にした真空パックとは長い付き合いだった。
グレーの短髪に、背は低いが引き締まった筋肉質な肉体をしたアーゲンは、口にした塊を咀嚼しながら、外の様子を切り取っている、窓枠へと視線を移す。まだ20代半ばながらも、顰めた顔はどこか凄惨で鋭い迫力があった。
とは言え、アーゲンが窓枠を睨みつけたのは割と幼稚な理由からである。
「……改めて無駄にでかいな」
「そう注文したのはアーゲンだろう」
アーゲンに答えたのは浮遊する白いボールだった。近づいてくるそれは人の顔ほどの大きさで、球形の本体と、その背面にいくつかのプラグや箱型の外装がついた構造をしている。
ナビは下部から伸ばしたマニュピレータで、アーゲンの食べ終えた真空パックを受け取り、本日の摂取カロリーや栄養素の表を前面に表示している。
「この狭い区画に窓は二つとかいうからだ。それなら一つにしてしまえという話だろう」
「確か、そのやり取りは窓よりも壁の方が予算が少なく済むという理屈ではなかったか。それでより大きな面積の窓にしたのでは本末転倒だろう。そもそも、レーダーやセンサー不調時のために備え付ける安全対策への義務なのだから、文句を言っても始まらない」
「シャッターとか色々と高過ぎるんだよ」
ナビが続けて窓の費用が高い理由を述べようとした時、艦内に甲高いビープ音が二回響いた。その途端、のんびりと浮遊していたアーゲンは真剣な表情へと変わり、壁のガイドを掴んで体勢を整えた。
「状況は?」
「救難信号のようだ。場所はすぐ下、惑星ナーベル。種別はセカンド」
「こんなところで遭難かよ。無視してぇ」
「ほぼいかなる状況下でも救難信号の無視は重罪だ」
「わかってる。ステーションへ対応通達。現地は?」
「大気圧、地表温度問題なし。現地は夜。地軸が少し偏向気味。重力場は少し軽い。資料の通りテラフォーミング済みだな。放射能の心配もないから船外活動時間の心配は要らない。体液調整は?」
「やっとく。ああ、時差は整えなくて良い。バイオ警告は?」
ナビが箱型の外装から円柱状の小さなアンプルを一つ取り出し、命令コードを加えていく。アンプルは追加のナノマシンと、体内ナノマシンへの命令を含んだものだ。
「バイオ警告なし。だが前検査が半年前だ。コードに軽い免疫防衛も加えておいた」
「仕方ないか。しっかし、どうしてこうなるかね。ちょっとした調査のはずが」
「ぼやくなアーゲン。対ショック体勢確認」
「確認。いッ……!」
確認が取れると同時に、ナビはアンプルをアーゲンの首筋へと押し当てていた。途端、アーゲンは体中の筋肉が軋むかのような衝撃に強張り、歯を食いしばる。強制的に体内ナノマシンと、各種臓器や神経を現地へと適合させたのだ。
「はー、しんど」
「降下はポッドか?」
「当然。船で降りると燃料が勿体ない。あと遭難対策用具を一式頼む」
「了解した」
ナビはポッドへ道具を運びに動き出し、残されたアーゲンは手すりに足を引っかけて柔軟体操を始めた。救難信号の主がどういう状態かはわからなかったが、いずれにしても急いだ方が良いだろう、と惑星ナーベルへの降下に気を引き締める。
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