第98話「終幕の時」
ユータスの在庫を犠牲に首尾よく上空へと上がったランが目にしたのは、気象管理局を囲む10箇所の空間の歪みだった。
半径2mほどの小さく曲げられた空間の檻に守られるように、その内部に存在するものこそ、グビアが空間兵器と呼称したものだろうとランは推測する。
辛うじて歪んだ風景の中心に、菱形の黒い物体が見えていた。空間の檻の半径から察するに1m前後といった大きさである。
『これは、小さな重力砲と言ったところでしょうか。空間を歪めた重力場のようなもので自身を守りつつ空中に浮かんでいます。10基、等間隔に並んで気象管理局を包囲している状態です』
ランは自身の視界状況をデータ化し局長、ひいては首都機能で繋げられている仲間たち全員へと送った。
『空間を。多分ですけど、10基集まることで周囲に変な力場をつくっているのかもしれません。レガシーに干渉されないように』
『しかし向こうの兵器もレガシーの力によるものなんだろう? それだとおかしいんじゃないかね』
『初めからパスを繋げておいて、トリガーを引くと弾が出るみたいな決められた動作を組み込んでおくだけなら何とかなると思います』
『ミシェル君。この画像とそこから判断するに、空間兵器とはどういう兵器だと思う?』
『ええっと、多分。対になったもの同士で、間の空間を繋げるとか。とにかく間にあるもの、間にある空間に作用するんだと思います。10基あるのなら、その間にあるものを空間ごと、防護や材質なんて関係なくどうにかするはずです』
空間転移でさえ位置取りを間違えれば材質関係なく切り離すと聞いている。たった1mでもそんなものを一瞬だけだろうと起動し、間にあるもの全てにそのような作用をもたらすとしたらどうなるのだろうか。
ランはフライングユニットで滞空しながら、目の前の気象管理局が崩壊する様を想像してしまっていた。
関連付けさえしてしまえば原動力は距離に関係ない外部で済ませることが出来、歩兵でも持ち運べる程度の大きさでどんな対象でも破壊可能な兵器。重力砲のような歪みによって物理、電子問わず耐性を持つ脅威の兵器だ。
実際にはレガシーという破格の性能で支えられてはいるが、細かい情報官を介さずに単純で強力な破壊力に変換するという意味では成功している。
兵器としては過剰な威力と大袈裟な演出で試作段階のようにも見えるが、示威行為や脅しの交渉道具としては十分だった。
『重力砲のような空間の檻、私の武装で突破することは可能でしょうか』
『それは無理だろう。おっと、気に病むことはないよ。君の武装はあくまで工作員の域を出ないのだから仕方がないさ。それに、今まさに目として大活躍中だろう?』
『いざとなったら私の自爆で』
『それは駄目だ。冷静になり給え。君の自爆では巻き込めて精々が4基。そもそも10基全てを巻き込める爆発でも、その間にある気象管理局を巻き込むんじゃ意味がない』
ブリッツから射出されたと聞いて、ランはその程度の質量物なら紛れて到達さえすれば何とかできると思っていた。けれども実際はそううまくはいかず、下手な攻撃をすれば察知され、空間兵器が発動してしまうかもしれない。
『ねぇ確認なんだけどミシェル』
『ニーナさん、無事だったんですね!』
『そりゃね。戦闘行為を止められて、自陣まで逃げ帰って来たところよ。それより、10基がリンクしているなら、その1基にでもアクセス出来れば何とか出来そう?』
『それは、アクセスさえできればいけると思います』
『いいわね。じゃぁやりましょう』
ニーナの気安い言葉に、通信が繋がっていた全員が沈黙してしまう。それが出来れば苦労はしないのだ。
『出来るでしょう? パスが通っているランが上空に居て、以前パスを繋いだ私のブリッツがその下に居る。レガシーが距離を無視出来るなら、十分行けるわ』
『あ、重力砲!』
『行くわよミシェル、ラン』
『で、でも』
『大丈夫よミシェル。私はあなたを信じてる』
『……わかりました。ランさん、そのまま空間兵器に突っ込んでください!』
『よくはわかりませんが、何とかできるのですね?』
『はい!』
わけもわからぬままに、ランは目の前の空間兵器へと飛び込んだ。手先の操作で噴出口を操作し、一気に加速する。目前、もう少しで景色の歪んだ空間の檻と衝突するというところで、何かが起きた。
ニーナは地上でブリッツの重力場を操作している。コックピット内部には赤い警告文字がいくつも飛び出しているが構わない。甲高くも重い金属の軋む音が鳴り響く。
重力砲。それは空間の歪み、重力に作用してそれを増幅し天然の檻としてしまう対艦兵器である。
ニーナが惑星ナーベルで捕まったあれを真似て、重力場同士で干渉出来たように、空間檻と重力場を干渉させてこじ開ける。ただそれだけのことだった。
ミシェルに空間兵器付近の観測は出来なかったが、空間兵器がパスを通していればそこで発動できるように、繋がったランの位置になら観測せずとも発動できる。
地上で重力場を発動させているブリッツの、その力場の距離を無視しランを基点に発現させた。
重力、空間への作用がぶつかり合い、ランの目の前でぐにゃりと視界が歪んで震えている。ミシェルの力でランを中心に発せられているブリッツの重力場は、空間兵器の防護とぶつかり合うようにせめぎ合っていた。
ランは狙いを理解し、自身の速度を増していく。自分を中心に力が発揮されているのなら、物理的に自分が近付くほど効果が増すはずだ。後先考えず、ランは出力を上げる。
地上のブリッツも重力操作を限界まで引き上げ、風景が歪むほどその力を発揮させていた。それは広場の防衛で味方ブリッツがやったように、極端な重力場を造ることで物理法則を曲げて防壁とした戦法の、より強引な手である。
『ニーナ・ハルト伍長、一体どうなっている! ブリッツの重力場がいかれたか!?』
人質を突き付けられ身動きができなくなっていたテッド・ブライアン中将が叫んだ。ニーナはその通信を無視し、更に出力を上げていく。
極端な重力操作によってブリッツは軋み、耐久度を越えて自壊を始めていた。このままいけばブリッツは自らの重力場によって圧し潰されるだろう。
『頼んだわよ、ミシェル』
『もう少しです。反動からの空間檻分析、もう少しですから。こじ開ける前に解析して開かせてみせますから、どうか耐えてくださいニーナさん!』
『空間兵器の檻が大きく揺らぐのを確認しました!』
『解析完了……!』
『『『いっけぇーーー!!!!』』』
それぞれの通信が飛び交い、最後の台詞は三人とも同じだった。叫び声と共に、空間檻を突破したランが黒い菱形の空間兵器へと飛びつく。
速度を上げ過ぎたランのフライングユニットは、1mほどの菱形にしがみ付いたランの、肩と腕に何百kgもの衝撃を与え、両腕で掴んだうち左腕が破損。肩は脱臼し、腕は千切れかけ、それでもランはどうにか右腕で組み付いた。
ニーナのブリッツは脚部や腕部など細かい関節は全壊し、地面へと落ちる。煙を上げ肩やパーツ、弾薬の生成器が爆発し火を噴きながら崩れ落ちていた。
『ありました。間違いありません、アクセスポイントです』
『あとは、任せてください!!』
ミシェルが叫び、ランを介して繋いだ空間兵器からその内部、リンクしたレガシーによる残り9基の兵器へと全力で意識を飛ばす。
1基、2基、3基と次々と沈黙させて行く中、8基目のあたりで敵が空間兵器を起動させた。正確にはその動き、アクセスと命令を感知した。
ミシェルはその命令権を遅延させながら、即座に解析が終わっていた空間檻を解除させ、広場に居た味方ブリッツ全機に情報を回す。
『なんだ、これは!?』
『撃って、撃ってください! これが空間兵器です!!』
『君は一体』
『女の子!?』
『そういうことか!』
ただ一人、目の前で崩れていったニーナのブリッツや広場から消えていたランの信号。その前に起きた禁制品在庫の暴走。
それらを結び付け、状況を全てとは言わずとも理解したテッド・ブライアン中将が、上空へ向けて右の砲撃を放った。
空へと吸い込まれて行く砲弾が数発。それはブリッツの交戦距離からすれば他愛無い距離の砲撃ではあったが、全てを終わらせる最後の攻撃となった。
敵グビアが事態に気付くのは少し遅く、もはや手段も大義名分も封じられたからか。レガシーのキーであるガナンを失ったことが痛手だったのか。それ以上の交戦はせず、人命救助へとシフトしていった。
こうして、表の歴史には残らなかったグビア組織の侵攻劇は終わりを告げる。裏の文書に残ったのはテッド・ブライアン中将率いるブリッツ部隊がこれを撃退したという記録に終わり、レガシーと呼称された遺産と、それを手にしたものたちについては触れられることはなかった。
何故ならそれは、未だ続くレガシーを巡った抗争の幕開けに過ぎなかったのだから……。
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