第97話「決着」

 振り下ろされたナイフ。それが突き刺さったのはミシェルの背中。呆然と固まっていたミシェルを庇うように、横合いから飛び出して来た大人のミシェルの背中だった。


「っ!!」

「ちっ、邪魔だ!」


 背中に突き入れられたナイフの衝撃に、息を呑むような呻きが漏れたミシェル。ガナンは乱暴にナイフを引き抜きながら、左腕でよろめく彼女を突き飛ばした。


 ナイフに引かれるように赤い血が飛び散り、立って居た小さなミシェルの顔へとかかる。

 守られた小さなミシェルは、もう恐怖に支配されてはいなかった。その目に明確な意志をたたえ、再びナイフを振るおうと血を払うガナンを睨みつけ。


「二度と、そんな台詞言わせない……。言わせないから!!」


 ミシェルは叫んだ。この苦悩を、自分がもう一人いるという矛盾を抱えたこともない人間に。

 必死に生きて来て、記憶も戻らずリハビリを続けたという彼女をあんな言葉で侮辱するような真似、二度とさせてなるものかと。その手に持っていた棒を前へ突き出して、叫び声をあげ突撃した。


「ああああああ!!」


 それは、この屋敷で捕まった時取り上げられていたディーン・フィポッドの鎮圧用武具。名目上アーゲンの監視である以上最低限許されていた武装である、電撃を飛ばすことが出来る旋棍だった。


 脱出時は兵士の装備を奪い取っていたのと、この武具自体押収品としてパスコードつきの箱に仕舞われていたので置いて行ったのである。

 それを空間転移してきたアーゲンは見つけ、あくまで護身用程度のつもりでミシェルへと渡していた。


 ガナンはそれが何かは理解していたが、目標が逃げずに自分から飛び込んで来てくれるのだからこれ幸い、とナイフを手に待ち構え対峙する。

 腰を屈めて待ち受けるガナンに、ミシェルは走りながら電撃を発射した。放たれた電撃は一気に広がり、まるで電流の網のようにガナンへと向かう。


 従来とは違う電撃に一瞬ぎょっとしたガナンだったが、それでも踏み止まって処理を振り分けた。


 背後のアーゲンは踏み込んで来ても4~5m。ならば出力干渉で刃渡り3mほどにしておけば届かない。投擲には注意すべきだが前動作があれば対処する。それよりもこの雷撃だ。


 出力を増強しているのか、触れれば気絶だけでは済まない脅威度という警告がレガシーによって表示されており、先端には生成器で出したのか何等かの細工が嵌められている。

 それによって広がった放電は一撃の鞭だった本来の用途とは違って、行く手を阻む壁のように留まっていて、かつ放っているミシェルが突進してきているのでガナンからすれば迫り来る壁となっていた。


 そうしてガナンが前方の電撃へ意識を向けていると、後方からアーゲンの声が届く。


「ナイスだミシェル。仕留めたぞ」

「な、に……」


 ガナンの目が驚愕に見開かれた。動悸のように不安定に脈打つ心臓。確かに出力を絞ったはずの力が体内に届き、レガシーが対処を始めている。

 心臓部となれば隔離が出来ない高負荷の処理であり、現在の攻防においては致命的な一撃だった。


 血走ったガナンの目には後方、アーゲンが構える二つのグリップが見える。レガシーが視覚化している脅威は刃渡り3mのところで途切れていた。それなのに、4m以上は離れた自分へ、どうして。


「二本の、交差か!」

「例え出力が半分になったとしても、その二つで同じ個所を照射すれば必要分の威力になる。重なって見えていないだけで、体内にきちんとレガシーが可視化した脅威が映っているだろうよ。それと、後ろばかり見ている場合か?」

「ぐああああああ!!」


 動きの止まったガナンへ前方からの雷撃が走った。ただでさえ体内のナノマシンへ多数のピンポイント対処を強いられていたレガシーに、追加で電撃への対処が加わる。


「よく味わえ。お前が撃ったディーンの装備だ」


 言いながらアーゲンは更に走り寄り、出力を上げた二本のグリップで幾重にもガナンの身体を斬りつけた。

 身体中から広がるナノマシンへの命令。レガシーによるまとめての対処に末端は隔離の処理が行われたのか、ガナンは立って居ることが出来ずに崩れ落ちた。


「これで何とか、なったか……」

「アーゲンさん!?」


 無理矢理毒ガスを突破してきたアーゲンも立っていられず膝をつき、ミシェルが駆け寄った。

 アーゲンの顔色は悪く、呼吸も荒い。目を閉じ息を止めての突破だとしても、瞼の隙間から目や鼻の粘膜、皮膚呼吸により有害な毒が取り込まれていたようだ。


「今すぐ処置を」

「こっちのナノマシンで遅らせる。それよりガナンを抑え込め。空間兵器も何とかしなきゃまずい。大人のミシェルは無事か?」

「はい! 気を失っているみたいですが何とか」


 ミシェルは倒れていたガナンの首筋へと直接接続しながら話す。延命で手一杯になっているところで本体を、せめてガナンが委託していない機能を完全封印しなければならなかった。

 その前に待っていただろう局長と呼ばれるアーゲンの上司へと繋げ、報告を済ませるミシェル。アーゲンは自身の体内、毒への対処で手一杯なのか額に汗を浮かべて沈黙していた。


『確認するけどガナン・マクベルの死亡によって機能停止や引き継ぎはさせられないんだねミシェル君』

『おそらく』

『理由を聞いても?』

『私、疑問だったんです。何故二重契約が出来るのに彼が私をすぐに殺さなかったのか。解体してまで持ち帰ろうとしたのか』


 ガナンとその奥のレガシーへと繋ぎながら、ミシェルは続ける。今はそのほとんどの機能を接続先のレガシーとのやり取りに割り振っている。


『最初は私を人質に追手であるアーゲンさんたちを抑えるためだと思っていたんですけど。人の死って何なのかって。私の場合私は二人居て。その判別が、距離の関係ないレガシーという兵器に出来るのか』

『なるほど。グビアは当然その研究は進めていたはずだ。万が一、キーという重要な人物が現場で死んでしまえば困ったことになる。殺して全てを奪うには敵対する能力としても危険だが、敵対者にやられるのはもっと危険だろう』


『ここまで用意周到なグビアなら絶対に。インスタントソルジャーという廃止になった機能を使うんじゃないかって』

『だからここで彼を抑えて力を削ぐことを最善としたわけか。殺し切って権利が向こうに戻っては意味がない。結局空間兵器や兵たちには現場で対処しなければならず、不測の動きや妨害をされないためにもガナンの身柄をおさえたかった』

『はい。最低限昏睡した彼を起こすような機能を潰して、あとは昏睡させ続けるしかないと思います。残酷ですけど、今は』


 まるで実験動物のようにその身柄をおさえ、冬眠させ続けなければならない。生かさず殺さず、下手な行動にレガシーの力を使えないよう、ある程度の脅威に晒し続けながらだ。

 いつの日かミシェルがその力を奪えるようにならなければ、それは永遠に続く。自分で提案した意見ながら、背筋がぞっと寒くなってしまうミシェルだった。


 それはあのままグビアに持ち去られた場合の自分の末路だったかもしれない。そのことに少し恐れを抱いてしまうが、今は考えていられなかった。

 早く処置を済ませ、現場の支援を行わなくては。ガナンの拘束を知れば、グビアはきっと空間兵器を発動させるだろう。


 首都乗っ取りという目的だけでなく、そうやって住民ごとガナンが死亡すれば、きっとインスタントソルジャーと同じ仕組みで新たなガナンが向こうで目覚めるからだ。事が露見すれば相手は躊躇わない。


『ガナンが拘束されたと気づく前に、空中にある空間兵器を秘密裏に処理しなければならない。ミシェル君、その力で行けるかい?』

『空間兵器という名称が出た時点で探ってはみましたけど、遠距離からの私対策があるのか発見できなくて……』

『こちらランです。空間兵器発見しました! これは……』


 割って入って来た通信にミシェルは驚いた。通信封鎖が解かれたのだから、自分が仲介しなくても首都機能で仲間内での秘匿通信は復活している。そのことを失念していたのと、ランからの報告内容自体に。


 その報告は、レガシーであるミシェルの力をもってしても発見できなかった、空間兵器に関するものだった。

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