第4話「狙撃」

 深まる夜空に、3つの月が浮いていた。淡く光る大2つに小1つ。ゴーグル越しでは増幅され過ぎた可視光のせいで均一化されてしまいわかりにくかったが、それぞれ少しずつ青と黄色の違った顔を見せていた。


 アーゲンはそんな夜空を見上げる余裕もなく、見晴らしの良い建物の屋上で腹這いになっていた。先ほどまで見て来た建造物と同じで、ここも陶磁器のように滑らかで白いブロックの建材で、月光を反射する様子はとても神秘的な光景となっている。


「本当にうまく行くのかよ……」

 そんな建物の上で、アーゲンはそっと単眼鏡を覗き込んでいた。


 ブリッツは個人装備以上、準戦闘車両となる通常1~2人乗りの兵器である。タイプ別に二脚と四脚があり、それぞれ有効搭載量ペイロードが違う。装甲よりも機動力や火力に重きが置かれ、観測手や電子機器のバックアップのもとに運用されるものだ。


 要するに孤立して囲まれると脆い。

 味方と連携して攻撃だけ、あるいは浸透してきた歩兵相手に戦う兵器なので、今回のように孤立した上にジャミングをかけられた場合、満足に戦うことができないというわけだ。


 そこでニーナ・ハルト伍長がアーゲンに依頼したのが、ジャミング装置の狙撃である。ニーナのブリッツが囮となり、賊を狙撃しやすい場所へ誘導する。相手は単独のブリッツだけと思っているので、そこを突いてジャミング装置を破壊。あとは妨害がなくなったブリッツが本領を発揮するだけ、という筋書きであった。


 目の前に見える広場は遮蔽物もなく、乱立するビル群もないから風の予測もしやすいのだそうだが、狙撃なんて知識しかないアーゲンは不安しかなかった。囮のブリッツも1800mと目視戦闘をするには遠く、失敗したら救援が間に合うかわからない距離だ。


 一応連邦軍特例で武器データや狙撃支援ソフトを一時的にナビにインストールし、銃弾と銃機関部も改造。弾は予備ごと分解して1からライフル弾に生成しなおし、揚げ句軍機密に触れそうな対電子散弾システムが弾頭には導入されている、らしい。


『深呼吸をしろアーゲン。呼吸、脈拍共に乱れている』

 首筋から有線で繋がったナビが、内線を用いてアーゲンへと注意する。弾道計算をしてゴーグルに射点すら出してくれるというのだから、軍用ソフトは恐ろしい。とてもじゃないが、これで外すわけにはいかなかった。


 アーゲンが三度深呼吸をした時、待っていた宙賊の一団が広場向こうの建物脇へと現れた。最初に見えたのは3人。

 壁に隠れながら、手信号を出して慎重に進んでいくのがゴマ粒のように見て取れた。単眼鏡で拡大してもこれでは、ちょっと遠すぎないだろうか。


『測定を開始する。補助を入れるぞアーゲン』

 ゴーグルの視界に拡大図のようなワイプが現れ、少し画像が荒いもののしっかりと標的が見えるようになっていく。


『空気密度良し。重力場、風向き試算』

 続けて現れた敵本隊は6人ほどで、その周囲に3つの赤茶に塗られた大型ナビが飛んでいた。あれこそがジャミングをしている本体か。


「3つもいるぞ……?」

『心配しないで。あの距離ならうちの最新鋭弾頭がしっかり識別して撃ち落とすわ』

「だと、良いんだけどな」


『試算完了。標的まで約1220m。弾丸到達時間3秒20。右へ約1m流されるぞアーゲン』

「3秒!?」

『オーケー、そちらのナビは優秀みたいね。行くわよ運び屋さん。私が攻撃して足を止める。そのタイミングで撃ちなさい。狙撃の名手からしたら余裕の距離よ』

「俺は素人で、銃も狙撃銃ですらないんだが……」

『行くわよ』


 アーゲンはナビによってゴーグルに表示された、赤い十字を、赤茶のナビのうち真ん中を飛んでいた1体に合わせて呼吸を止めた。

 直後、男たちは遠方で鳴ったブリッツの射撃音に足を止め、身を屈める。そして、その止まった隙を逃さぬよう、アーゲンは引き金を引いた。


 近過ぎてブリッツの射撃音に紛れきれない射撃音と、肩への衝撃がアーゲンに響く。


1、

2、

3。


 改造された銃口から飛び出した弾丸は山なりに飛翔し、もう少しで到達するというところで、その弾頭を炸裂させた。

 アーゲンのゴーグルの先で、飛び散った鉛玉にさらされる人々と、表面をへこませ、火花を散らしながら打ち倒されていく2機のナビが見て取れた。


「1機残った!」

『上出来よ運び屋さん。流石に1機じゃ私のブリッツを抑えきれないわよ! 見てなさい!!』

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