第3話「協力要請」

 空気の塊を破裂させたような、重く短い射撃音と共に、何筋かの光が山なりに飛んでいた。2射の2セット。アーゲンが伏せた丘から見て、左から右へと飛んで行ったそれは、着弾と同時に周囲を巻き込む炎を発生させていた。


「1500m先への榴弾確認。ナビは着弾点を走査。俺は射撃手を見てみる」

「了解した」


 覗き込んだ単眼鏡の先、ゴーグルによって何倍にも可視光を上げた視界には人型の兵器が見えていた。遠く、詳細は見て取れなかったが人の背丈の二倍強はあるだろうか。アーマーのように着込んだ装甲や武器で、さながら小さな戦車や重武装の騎士というイメージだった。


「目標視認。ありゃブリッツだな。なんでこんなところに」

「こちらも走査完了。着弾点には複数の反応。精査は阻まれたが、少なくとも10名以上の規模で展開している」

「あっちは一人だな。ブリッツがあって一人ってのも謎だが。精査が阻まれたって、まさかバレた?」

「いや。おそらくブリッツ相手に捕捉されないよう電子妨害ジャミングしているのだろう」

「となると。あのブリッツ、逃げたうえで、追ってくるだろう方向に榴弾をぶち込んだってところか」

「どうするアーゲン」


 アーゲンは考える。ブリッツは外骨格補助スーツの発展形で、装甲と武装を追加した兵器である。準戦闘車両に近く、そんな物騒なものを持っているなんて相当やばい奴だろう。

 そんなものを持ち出せるなら当然他メンバーが居ておかしくない。つまり奴以外全滅したか、追っている連中の装備を奪って逃げているところか。どちらにしても関わりたくない状況だった。


「あ、捕捉されたぞ」

「え?」

 言う間もなく、アーゲンの鼻先2mの地面が、腹に響く轟音と共にめくれあがって爆ぜた。降り注ぐ土砂に構わず、横へと転がりながらアーゲンは叫ぶ。


「まてまてまてまて! 通信送れ!」

「やっている。繋ぐぞ」

「待て待て! 撃たないでくれ!」

『……今更、命乞い?』


 至近弾で耳がやられかけながら、どうにかナビから発せられる声に集中する。幸いにも声は若く、高いものだったので聞き逃す心配はなさそうだった。通信相手は女性のようである。


「今更というか、俺たちは君が交戦してる奴らとは無関係だ。救難信号が発せられたから様子を見に来ただけだ」

『そんな武器を持って?』

「いやいやよく走査してくれ。どう見てもプリントで間に合わせた護身用だろう!? 戦闘痕があったから出来る限りの増強をしたんだ。ナビ、データ送れ」

「了解した。ここまでの経緯を送る」


 片手には即席のライフルを持ち、両手をあげるような姿勢で膝立ちになっていたアーゲンを、静寂が包む。この数秒で一歩間違えれば蜂の巣である。やられかけていた耳が戻ってくると、途端に自分の大きすぎる心音が迫ってきて、いやな汗をかいた。


『ふーん。照会したわ。なるほど、良い船を持ってるじゃない運び屋さん』

「わかってくれたか……」

『では運び屋さん。私は連邦軍第三師団情報部、独立06分隊隊長ニーナ・ハルト伍長よ。早速ですが、目の前の宙賊排除を手伝いなさい』

「はい?」

『これは命令です。連邦法によって市民は協力する義務があるわ。拒否権はありません』

「いやいやいや、適材適所を考えてくれませんかね!?」

『うるさいわね。連邦軍に協力できるなんて光栄だと思いなさい? あとで褒賞もつくわよ』

「だからって何で俺が。というか、ブリッツがあるなら一人で何とかなるだろ! 他に仲間は居ないのかよ!?」

『他の仲間なんて居ないわよ』

「っ!!」


 アーゲンは言葉を返せなかった。彼女は分隊と言っていた。分隊なら、少なくとも10人前後は隊員が居たはずである。それを、彼女は居ないと言ったのだ。そのことが頭をよぎり、出しかけた罵声を呑み込んでしまっていた。

 どういう経緯があったにせよ、彼女は今一人なのだ。そう思ったら、何故かアーゲンの心は静かになっていた。


 上げていた両腕を降ろし、武器の具合を確かめる。先ほどの砲撃でダメになっていないか、角度を変えて歪みのチェックをする。

 考えてみれば、捕捉されたのだから、ブリッツに当てる気があったのならとうに死んでいるはずだ。彼女は口調とは裏腹に冷静でしたたかな人物なのかもしれない。


「……それで。何をすれば良い?」

『良かった。撃ち殺すところだったわ。あ、いえ。まだあなたが賊に寝返る可能性もある以上、捕捉は解きませんのでそのつもりで行動するように』

「良いから言えって。手伝ってやる」


『やって欲しいことは、狙撃よ』

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