第50話「上級審査申請」

「貴様がディーン・フィポッドか。相棒のフィル・アーゲンは何処にいる?」


 禿げた頭を光らせ高圧的な態度に出ているのはポーネリア指揮官である。ポーネリアは本来椅子の用意されていない小型艦指揮所にわざわざ高級な造りのアノンチェアを設置して座り込み、連れられて来たディーンを見下ろしていた。


 対するディーンは宙域スーツのヘルメットを外され、後ろ手に拘束具をはめたまま膝をつかされている。アーゲンの詳しい狙いは聞いていないが、どうするつもりなのか。協力しないと言った以上、ディーンとしては初志貫徹。態度を変えず無罪を主張するしかなかった。


「まず訂正しておきたいのだが、私は憲兵隊の命令で対象を監視していただけで手を貸してはいない。よってフィル・アーゲンは相棒ではないし、私は依然憲兵隊の隊士としてここにいるつもりだ」

「笑わせるな。監視と言うが、その監視対象はどこに居る? お前が逃がしたんだろう?」


「それは誤解だポーネリア指揮官。我々の監視はうまくいっていた。泳がせてより大きな情報を獲得する。その裁量が任されていたにも関わらず、そちらが強引に追い込んだことでこんな外壁にまで出るような事態に発展し、彼に私を打倒する口実を与えてしまった」

「おい」


 小型艇の指揮所では、レーダー監視などの情報処理の人員や操舵手の他数名と、ディーンを連れて来た二名の兵士が立っていた。その、脇に控えた兵士二名にポーネリアは顎をしゃくって指示を出す。


 兵士は手に持っていた鎮圧用ライフルを振りかぶり、ディーンの背中を殴打した。予想はしていたが強烈な一撃に、ディーンは一瞬呻き声を漏らし、後ろ手に拘束されているため床へと突っ伏してしまう。


「口を慎め犯罪者。お前はもう犯罪者になることが決定しているのだよ。無知な奴め。今更どうこう言っても始まらんということを知れ! これだから速成兵士などダメなのだ。さっさとフィル・アーゲンの居場所を吐け!」


「それは、どういうことかねポーネリア指揮官。私は命令通りやっているだけだ」

「ふはははは笑わせてくれる。お前に下った命令はもうないのだよディーン・フィポッド。既に処理済みで証拠などない。貴様は犯罪者に捕まり、協力するようになったただの裏切り者だ」


「……その点については上級審査を希望する。私の胸の内ポケットにデータがある。私に下された命令コードと、それを裏付けるフィル・アーゲンとのやり取りを記録したものだ。第一級の証拠物として提出する」


 再び顎をしゃくったポーネリアによって、兵士が乱暴にディーンを引き上げスーツのロック解除を始めた。ぴったりと閉じていた留め具をスライドさせ、殻のように固まっていたスーツを柔らかくして軽く脱がし、懐を探る。


 やがて兵士が取り出したのは小型だが重要機密として改竄ができないよう保護された、四角いデータ媒体が一つ。ディーンが保険として撮った例の記録と、そもそも発行されていた命令コードだった。


 これ自体が強力なオリジナルデータとしての価値を持ち、改竄や書き直しが出来ないメディアだったが、ディーンの提案は捕まった者が主張できるうちで最上級に値する権利である。上級審査と第一級の証拠物の提示、これをされた法的機関は動かねばならなかった。


「寄越せ」

「はっ、確かに第一級証拠物のようです」


 受け取ったポーネリアはその媒体を苦々しく見つめ、何を思ったかおもむろに振りかぶり、思い切り床へと叩きつけた。いきなりの行動に、渡した兵士も見ていたディーンも固まってしまう。

 その程度でどうこうなる代物ではないのだが、それでも。上級審査を申請して提出した重要な証拠物である。そんな扱いをして良いものではないはずだった。


「これは第一級証拠物に見せかけられた、巧妙な偽物である」

「な……!?」

「全く、このような紛い物まで用意するとは姑息な犯罪者め。おい、そいつを厳重に拘束しておけ。アンデッカーは何等かの武装を組み込まれているだろう。身体能力も高いはずだ」

「は、はっ! この紛い物は如何致しますか?」

「宙域にでも放り出しておけ。二度と回収など叶わぬようにな」


 第一級の証拠物を投げ捨てた指揮官の態度に、一瞬戸惑いを見せた兵士たちだったが、偽物だったのなら仕方がないとすぐに行動を開始する。それが本当かどうかはともかく、上官の命令に確証もないのに逆らうことはできなかった。

 そして、その様子を唖然と見ていたディーンだけは、黙っていることができなかった。


「それが、指揮官としての態度なのかポーネリア。ならば、私としても生き残るため行動に出なければならない」

「なにぃ?」


 言うや否やディーンは動いていた。後ろ手の拘束具を引き千切り、その腕を前へと向ける。それは一種のトリガーだった。


 アンデッカー、ディーン・フィポッドに積まれていた武装は自身を中心に周囲数m~電源を繋げば数kmへと作用するものだったから、わざわざ狙いをつける必要はない。それでも安全装置として、また精神異常状態での不本意な暴発を防ぐため、腕を上げて狙いをつけるというトリガーが設定されていた。


 今、その腕を向けられたポーネリアの顔が一気に青ざめる。何かを怒鳴りながら兵士へと命令を飛ばすポーネリアと、指揮官に言われるまでもなく鎮圧用ライフルを構えようとする兵士たち。

 しかし、兵士たちの射撃が始まるより前に、ディーンが産まれながらに持っていた武装は発動されていた。

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