Ⅰ 本物の魔術武器(3)

「ま、蒐集家ってのは間違いじゃねえけどな。だが、俺はただ蒐集するだけじゃねえ。こいつらを〝実際に使ってやる〟のさ」


「使う?」


「ああ。魔術武器マジック・ウェポンってのは当然のことながら〝武器〟だ。鑑賞用でも美術品でもねえ。使ってなんぼのもんよ。だから、不本意にも飾られたり、蔵ん中に閉じ込められちまったりしてるこいつらを救い出し、こいつらの本望通りに俺が使ってやるのさ」


 そう嘯きながら、刃神は鞘に納まったままのダヴィデの剣の柄を持ち、自分の身体の前にゆっくりと持ち上げる。


「さっきも言ったように、こいつらが持ってる魔力――即ち付与された情報が俺の潜在意識に暗示をかけ、その潜在意識が筋肉や感覚器官に影響を与え、あたかも本当に魔法の力を持った道具であるかのように俺に扱わせるのさ。それに、こいつは魔術武器マジック・ウェポンを持つ者ばかりのことじゃねえ。それを突き付けられた相手にとっても、その情報を信じている限りそれは現実に〝魔術武器マジック・ウェポン〟となる。例えばこんな話を知ってるか? 実は熱くもなんともねえ鉄の棒を、それが真っ赤に焼けた鉄の棒だと暗示をかけて押し付けると、それに触れた相手の身体は本当に高温を持った物体だと思って火傷しちまうそうだ」


「ああ、それもどこかで聞いたことあるような……」


「これもプラシーボ効果と同じだ。相手も潜在意識が〝現実だと信じる〟通りに心も身体も反応しちまうのさ。つまり、俺は本当に神話やファンタジーの中の英雄のように、魔法の武器で相手をぶちのめすことができるってわけだ……」


 長々と語る刃神の手の中の剣は、いつの間にか、その刃を納めた鞘の切先を主人の鼻面に突き付けている。


「ゴクリ……」


 その切先から伝わってくる異様な殺気に、主人は思わず喉を鳴らす……そして、先程から論理的ではあるが、ものすごく怪しげな理論を展開するこの異国の男に、本気で生命の危機を感じ始めていた。


 と、次の瞬間。


 カチャ…と、剣身と鍔や鞘口の金具が擦れ合う金属音が目の前で響く。


「ひっ……」


 思わず主人は小さな叫び声とともに老眼鏡の中の目を瞑った。


 ……しかし、想像していたように血飛沫が上がるでも、身体のどこかに痛みを感じるでもない。恐る恐る目を開けてみると、どうやらそれは刃神が鞘を引き、自分の肩に担いだための音だったらしい。


「ま、とは言っても、別に切り裂きジャックみたく無益な殺生をするのは趣味じゃねえから安心しな」


 右肩に蛇革の鞘を担いだ刃神は、主人の様子を楽しむかのように虚無的ニヒルな笑みを口元に浮かべている。


「ふぅ……」


 その言葉を聞き、額に冷や汗を浮かべる主人は胸を撫で下ろした。


「……つまり、お前さんはただの蒐集家でもなければ、チンケな盗人でもなく、言うなれば魔法使いの剣士ってわけじゃな?」


「ま、そんなところかな。ただ、剣以外のもんも使うから、そうだな……〝魔術武器使いマジック・ウェポナー〟なんて言葉の方がいいかもしれねえがな」


「なるほどの……で、その魔術武器使いマジック・ウェポナーさんが今日はなんの御用かな? わざわざその成果品を見せに来ただけじゃあるまい?」


 寿命が縮む思いをさせられながらも気を取り直した老主人は、やけに遠回りをしてしまったが、本来、店に来た客へ初にめかけるべき言葉をようやくに口にした。


「ん? ああ、そうだった。忘れてたぜ。ほら、こいつはそのユダヤ人資産家んとこからついでにもらってきた貴金属類だ。どうだ? こっちなら売るぜ?」


 刃神も思い出したかのようにそう言うと、懐から重たそうな革の小袋を取り出しカウンターに置く。


「………………」


 そんな刃神を、主人は「なんだかんだ言って、やっぱりただのコソ泥か」というような眼差しでしばし見つめる。


「な、なんだよその目は? 俺だって生身の人間だ。生きてくにはいろいろと金が必要なんだよ!それに、遠慮してほんの一部しか持ってこなかったんだから、近年稀に見る良心的な泥棒ってもんだぜ!」


 主人の視線に耐えかねた刃神は、慌ててものすごく身勝手な言い訳をする。


「……ま、わしも商売じゃから構わんがな。どれ……そうじゃな、まあ、全部で4700ポンドってとこかの。特注品オードメイドではないようじゃから値は張らんが、その分、すぐにでも捌けるじゃろう」


 しかし、盗品と知りながらも主人は革袋の口紐を解くと、中から取り出した金・銀製のネックレスやらリングやらを公然と値踏みしている……そう。この店はただの骨董店ではない。ここは、そうした盗品の売買をも扱う、その筋では有名な店だったりもするのだ。


「おし! 売ったぜ。こういったもんの相場はよくわからねえが、ま、それだけ貰えりゃあ、買い叩かれてたとしても文句は言わねえぜ」


「買い叩くとは失礼じゃな。こう見えても、わしはこの業界じゃ正直者で名が通っておるんじゃぞ?」


 主人も刃神に負けず劣らず、自分の罪を棚に上げて胸を張る。


「で、これだけでいいのか? 良かったらその、お望みの品じゃなかったらしいキリストの剣の方も買い取るぞ?」


「いや、こいつもローマ時代のスパタの真剣レプリカとしてはそれなりの造りみてえだからな。一応、護身用に頂いとくぜ……あ! っていうかオヤジ! てめえ、こいつを本物のキリストの剣と偽って、高値で売ろうと考えてたな? ったく、抜け目のねえ狸オヤジだぜ」


 主人の申し出に刃神は二本の剣を袋に納めながらそう答えると、「さすがだな」というようないやらしい目付きで狸オヤ…否、主人を見つめた。


「いや、じゃから、わしは正直者で通っておると言っておるじゃろう?」


「んなことよりもオヤジ。今日、俺がここに来た目的はそれだけじゃねえ。情報だ! なんか、またいい情報があったら教えてくれ!」


 根も葉もない疑いに抗議する主人だが、刃神はそれを完全に無視して勝手に話を進める。


「情報? ……つまり、また今回のその剣のように、お前さんがいうところの魔術武器マジック・ウェポンの所有者に関する情報がほしいということじゃな? なんだ、一仕事終えたばかりだというのにもう次の仕事を始めるつもりかね?」


 請われた主人は若干、呆れたように目を見開く。


 この表向きは骨董屋――その実、古美術品の盗品ブローカーである緑男の骨董店グリーンマンズ・アンティークにはもう一つの商売がある……それは、その筋の者達が欲しがる〝お宝〟に関する情報を彼らに売ることだ。


「ああ。そのつもりだぜ。英国に来てからってもの、まだこの剣だけしか手に入れてねえんでな。まだまだ真面目に仕事をしねえといけねえ」


「うーん……まあ、ないでもないがな。しかし、そういうことならば、何もわしから情報を得んでも大英博物館ブリティッシュ・ミューゼアムなぞに行ってみてはどうじゃ? あそこなら、そうした物が少なからずあるじゃろう? ブルームズベリーだからここからすぐだし」


「大英博物館ってなあ……簡単に言ってくれるが、相手は天下の大英博だぞ? あそこの収蔵庫にどんだけの物があると思ってんだ? 700万点ってある収蔵品の中からお目当てのもんを探し出した頃にゃあ、すっかり夜が明けちまってるぜ。いや、一晩や二晩なんてもんじゃなく、余裕で一月ぐれえかかっちまわあ。それにあれクラスの警備だと、さすがの俺様にも少々酷ってもんだからな」


 情報を教える代わりにそんな提案をしてみる主人だったが、刃神はそれに反論する。


「そうか……それじゃ、こいつはちょいと英国国民としては不謹慎じゃし、ほんとに盗まれたら困るが、王室の持っとる〝クルタナ〟とか? あれこそまさに〝聖剣〟と呼べるものじゃと思うがな?」


「フン。ほんとに不謹慎な紳士だな……まあ、確かにクルタナは魅力的ではあるが、そっちの警備も国家レベルだし、もし仮にそんなもん盗んじまった日にゃあ、それこそ女王陛下の国民の皆さんに嫌われちまわあ。そいつは俺様の美学に合わねえ。やっぱ、物ってのはあるべき場所になくちゃあな。それに〝クルタナ〟は剣ではあっても武器・・じゃあねえ」


 〝クルタナ〟とは、英国王室に代々伝わる剣で戴冠式などでも用いられる王権の象徴である。


 現在の物はピューリタン革命で失われた後、チャールズ二世の代に作り直されたものであるが、伝承によるとオリジナルはフランスの伝説的英雄・ローランの持つ名剣〝デュランダル〟やシャルルマーニュの剣〝ジュワユーズ〟と同じ材料、同じ製法で鍛えられたものだと云われている。


 ただし、剣とはいってもその切先はなく、別名〝慈悲の剣〟と呼ばれるように、戦うための武器ではない、〝平和の象徴〟としての剣なのだ。


「うーむ……いろいろと贅沢じゃのう」


 あれこれと文句を付ける刃神に、主人は眉をへの字にして呟く。


「いや、贅沢とかそういう問題じゃねえだろ……」


 そんな主人に対して刃神の方も、目を細めてツッコミを入れた。


「ま、大体の所はわかった。よし! それじゃあ、お前さんが欲しがりそうな物の話が一つあるから、そいつを教えてやろう。まあ、今の魔術武器マジック・ウェポンの話を聞くまでは眉唾物のとるにたらんネタじゃと思っていたんじゃがのう……」


 刃神の要求に不平を洩らず主人だったが、それでもようやく何か情報をくれる気になったようである。


「なんだ、ちゃんとあるんじゃねえかよ。だったら、もったいぶらずに早く教えろって。金ならちゃんと払うからよ」


「いや、こいつは別に秘密情報でもなんでもないから金はいいわい。っていうのもじゃな、その物っていうのは…」


 と、そこまで店主が言いかけた時のことである。


 ドアに付けられた鐘の音が、またもカラン! カラン! …と、騒がしく店内に鳴り響いたのだった。

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