ⅩⅦ グラストンベリー丘の戦い(3)
「誰だっ⁉」
「何者だっ⁉」
そこに居合わせた者達は皆、その声のした塔の残骸の上部を見上げる……すると、塔の頂の雁木状になった壁の上には、青白い月明かりに照らされて、巨大な剣を肩に担いだ黒衣の男と、クリーム色のドレスに赤いフリジア帽を被った若い娘が立っていた。
「き、貴様らはベイリン卿とモルガン・ル・フェイ!」
その姿にガウェイン卿が目を見開いて叫ぶ。また、他の騎士達も彼と同じように驚きの表情を浮かべ、DRCの者達は事情がわからぬまでも、その奇抜な闖入者の出現に口をポカンと開けて呆気にとられている。
「もう、何がおもしろいことになったよ! 変なのが増えて、ますますややこしくなっちゃってるじゃないのよ」
そうして一団が見上げる中、マリアンヌはまるで緊張感のない様子で、いつもの如く可愛らしい眉を寄せて刃神に文句をつける。
「ヘン! ぶった斬る野郎が増えていいじゃねえか。この前はダヴィデの剣を折られるわ、足に怪我させられるわで鬱憤が溜まってんだ。それにここんとこ、怪我のおかげ運動不足だったからな。今日は思いっ切り暴れさせてもらうぜ」
対して刃神は彼女の方に顔を向けることなく、獲物の敵達を見下ろしたまま、愉快そうに凶悪な笑みを浮かべて言った。
「だ、旦那! 譲ちゃん! どうしてここが⁉」
思いもよらぬ仲間割れに巻き込まれ、独り取り残されていたアルフレッドは、懐かしい二人の顔を見るや思わず芝居も忘れて叫んでしまう。
「なあに、大したこたあねえ。今夜〝もう一つのガラスの塔〟に行くって聞いてたからな。ガラスの塔で思い付くアーサー王関連の場所といやあ、グラストンベリー〈Glastonbury〉以外考えられねえ。ここはヨセフのおっさんが持ってきた
「それで、あなた達がここへ来ると踏んで、日が沈んでからずっと、こんな寒いし、休むこともできないような場所でわざわざ待っててあげたって訳よ。感謝しなさい」
「なかなか来ねえんで、夜食に持ってきたスコーン五つも食っちまったぜ。こんなパサパサしたもんたくさん食うと喉が渇いていけねえ」
歓喜の声を上げるアルフレッドに、ベディヴィエール卿らを出し抜いたという自慢もあるのか、塔の上の二人はご丁寧にもそう説明を加える。
「チッ。また、余計な邪魔を……」
「フン。まあ、よい。〝カムランの戦い〟となれば、全員参加の方が盛り上がろうというものよ」
そんな招待客リストに載っていないゲスト二人を見上げ、モルドレッド卿とベディヴィエール卿はそれぞれに異なった感想を誰に言うとでもなく呟く。
「んま、そういうことで、そのエクスカリバーとアーサー王のお宝は俺様達がいただく。おとなしく渡せなんてこたあ言わねえ……俺様にぶった斬られてから渡しな!」
「ああ、あたしはこのバカと違って、お宝さえくれれば見逃してあげるわよ?」
「フン。誰が貴様らなぞに。王の宝は王位を受け継ぐこのモルドレッドのものだ」
「どちらも勝手にぬかしていろ。これらの正当なる持ち主は、ベディヴィエール卿の血を引くこの私と新生円卓の騎士団だ。それを奪おうとする輩は何人たりと排除するのみ」
〝太くて短いヴロンラヴィン〟の切先を向けて吠える刃神と、その横でこいつとは無関係とばかりに注釈を入れるマリアンヌに、二大勢力の頭目二人も自分達の権利を各々主張する。
「ハン! そうこなくっちゃな。んじゃ、早速おっ始めるとするか。〝グラストンベリー・フェス〟よろしくド派手に行こうじゃねえか。レッツ・パーリぃぃぃーっ!」
その嬉々とした雄叫びとともに刃神は大鉈を振り上げながら眼下の敵軍目がけて飛び降り、それを合図として新生円卓の騎士団、DRC、そして刃神、マリアンヌ、&アルフレッドによる三つ巴の乱戦の幕が切って落とされた。
ドォォォーン! …と大きな地響きとともに、刃神は重く巨大な刃を地面に叩きつけて人垣を真っ二つに分断すると、その開いたスペースに着地した瞬間、身体を360度回転させて周囲にいた者達を一気に薙ぎ払う。
ボディ・アーマーで全身を覆い、またティンタジェルでの経験から咄嗟に盾を身構えた円卓の騎士達はなんとか転倒させられるだけですんだが、何も防具を着けていないDRCの者は瞬間、派手に吹き飛ばされ、強打と斬撃による傷を負ってそのまま動かなくなる。
「ヒャッハーッ! 邪魔するヤツは容赦なくぶった斬らせてももらうぜっ?」
「ひるむなっ! そんなコソ泥など早く撃ち殺せっ!」
突然、竜巻にでも遭ったかのように吹き飛ばされる仲間の姿を見て、呆然と立ち尽くすテロリスト達をモルドレッド卿が叱咤する。
「……お、おう!」
その声に彼らは一斉に黒衣の闖入者目がけて銃を放つが、刃神は前回の戦闘同様、ヴロンラヴィンを盾にするとギン、ギン…! と跳弾の音を響かせてすべての弾丸を防ぐ。
「フン! 甲冑も着けねえで俺にケンカを売るたあ、いい度胸してんじゃねえか!」
そして無駄口を叩きつつ、やはり前回同様、
「ぎゃっ…!」
「ぐわっ…!」
ある者は太腿を貫通し、ある者は胸から短剣の柄の部分だけを生やし、皆、苦痛に満ちた悲鳴と血飛沫を上げて大地に倒れ伏した。
「何をボサっと見ておる⁉ 我らも戦いを始めるのだ! 先ずは邪魔者のベイリン卿を排除せよ!」
「オーッ!」
すると、今度は背後を取る形となっていた円卓の騎士達が銃の狙いを刃神に定め、一斉に弾を放とうとする。
「うぐっ…!」
だが、一瞬早くダラララッ…と
「もう、何も後先考えずにただ力任せに突っ込むんだから。これだから野蛮で戦い好きの男は困るのよね」
先刻より、塔の上からその戦闘を見下ろしていたマリアンヌである。
しかし、そういう彼女も他人の事は言えず、その両の手にはUMP9とMP5Fというサブ・マシンガン二丁が銃口から煙を上げて握られている。今宵の彼女の得物は、それでも拳銃の格好をしていたこの前のマシン・ピストルではなく、それよりもさらに火力の上回る銃火器なのだ。
「今回はちゃんと準備してきたからね。さあ、今夜は容赦なく行くわよ~!」
「くそっ! 妖妃モルガンめ! もう容赦せんぞ!」
対して体勢を立て直したガウェイン卿は振り返ると、塔の上目がけて自動小銃を放つ。
「きゃっ…!」
ギィィィーン…! と夜の闇に上がる一際甲高い物質同士のぶつかり合う衝撃音……そのサブ・マシンガンを上回る小銃弾の威力に、雁木状をした石壁の頭は砕け飛び、破片を辺りへと撒き散らす。
それをマリアンヌは咄嗟に後方へ宙返りして避けると、塔の下へと着地した。
「チッ! …よくもやってくれたわねえ!」
「魔女め、ようやく地に落ちたな!」
同じ
「放てーっ!」
が、そこへテロリスト達の攻撃が邪魔に入った。
「もう、ウザいわねえ!」
「くっ…こいつらの掃討が先か」
放たれる無数の弾丸をマリアンヌはいつものアクロバティクな動きで飛び退け、ガウェイン卿は盾を身構えて銃弾をやり過ごす。
「ウザい男は嫌いよ!」
「騎士の決闘を邪魔するとは無礼者が!」
そして、二人ともお互いから標的を外し、今度はテロリスト達目がけて銃口から火を吹かせた。
「ベイリン卿、ちょっと待ってろ! やっぱお前らは後回しだ!」
「先ずは謀反人に天の裁きを下す!」
一方、トリスタン卿、パロミディス卿を始め他の円卓の騎士達も、それぞれにモルドレッド卿の反乱軍に対して果敢に立ち向かっていく。
「アグラヴェイン卿は一隊を率いてそのままベイリン卿とモルガンに当たれ! ロヴェル卿、フローレンス卿の隊は円卓の騎士どもの相手だ! ガングラン卿はわたしとともにアーサー王を追うぞ!」
対してモルドレッド卿の方も彼女の兵であるテロリスト達にきびきびと指示を飛ばし、応戦体勢を整える。
「モルドレッド卿よ、やれるものならやってみるがいい……私が作り上げた円卓の騎士団は……キャメロットはそう簡単には滅びぬ。我が騎士団が生き残るか、それとも伝説の通り貴様に滅ぼされる
また、ベディヴィエール卿は独りローブも羽織ったまま、他の者達からは少し離れた場所に立ち、エクスカリバーや他のレガリアを腕に抱えて守りつつ、トールの頂で繰り広げられる大乱戦を見守っていた。
「撃てーっ!」
「くたばれ! 謀反人どもっ!」
夜の暗闇をフラッシュバックのように照らし出す眩い火花と、ひんやりとした湿っぽい夜気に木霊する銃撃音……三勢力入り乱れ、一進一退の大混戦の様相を見せる戦場……その中で、我らがアーサー王―アルフレッドはというと、勇猛果敢にも、ただし戦うことは全力で避けて、ベディヴィエール卿のもとへ近付こうとしていた。
「考えようによっちゃ、こいつは絶好のチャンス。この混乱に乗じてお宝を奪い返してやる……おーい、ベディヴィエール卿~! お宝を早くこっちへ~! 俺が守りますぜ~!」
わざとらしくも味方を装い、アルフレッドは飛び交う弾を避けながら、ベディヴィエール卿の方へと駆ける。
「アーサー王がいたぞ! 先ずは王の首を討ち取れーい!」
しかし、その途中で彼の姿はモルドレッド卿の目に止まってしまった。アルフレッドを見付けた彼女は手勢を率いて彼に突撃をしかけた。
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