ⅩⅦ グラストンベリー丘の戦い(2)

 その影から生まれた人間達は一息吐く間にモルドレッド卿を中心として、彼女を取り囲むように集合する。


 各々の手には拳銃などの武器が握られ、中には〝MP5〟のような短機関銃サブ・マシンガンや〝レミントンM870〟という軍隊でも使用される散弾銃ショットガンを持っている者までいる。


「な、なんだっ⁉」


「何者だ、貴様ら⁉」


 突如現れた奇怪な一団に、円卓の騎士達は驚きと疑念の声を一斉に上げる。同様にベディヴィエール卿もますます険しさを増した目で彼女らを睨みつける。


「……まさか、本気で謀反クーデターを起こすつもりか?」


「ええ。そのつもりですよ。この者達はそのために招集した新たな騎士達です。紹介しましょう。彼が我が右腕、アグラヴェイン卿です」


 俄かに動揺の表情をその顔に混ぜ始めたベディヴィエール卿の質問に、モルドレッド卿は淡々とそう答え、傍らに立つ人物を彼に紹介する。


 モスグリーンのフィールドコートをその身に纏った、大柄で筋骨たくましい、黒髪を短く刈り込んだ男性である。


「アグラヴェイン卿だと?」


 そのアーサー王伝説上、ガウェイン達オークニー四兄弟の二男にあたる円卓の騎士の名に、ベディヴィエール卿が少々驚いた様子で再び聞き返す。


「フン…俺には理解し難い趣味だが、一応そういうことになってる。久しぶりにこいつに会ったら、とんだアーサー王マニアになってて驚いたぜ。でも、ま、俺達アイルランド人や移民のための革命資金が手に入るんなら、どんな名前で呼ばれようと構やしないぜ」


 それには、モルドレッド卿の代りにそのアグラヴェインと呼ばれる男が答えた。


「お前ら、IRA暫定派か……?」


 彼の言葉に反応したのはガウェイン卿だった。


「ああ、昔はな。だが、軍事闘争抜きでアイルランドの独立ができるなんて甘いことぬかし出したんで、即行、抜けてやったぜ。今、俺がいる組織は〝DRC〟……異民族の征服ディファレント・レーシャル・コンクエスト〈Different Racial Conquest〉――アイルランド人ばかりでなく、イングランドに虐げられているすべての外国人移民や植民地民の自由と対等な権利を勝ち取ることがその目的だ。このミシェル…いや、モルドレッド卿だったな。こいつとは昔一時期付き合ってた仲だが、突然、何年かぶりで連絡して来たかと思ったら、いい儲け話があるっていうじゃねえか?こっちも最近、資金繰りがよくなかったし、そんで、ま、今回こうして組ましてもらったっていう訳だ」


 男は口元を歪めてそう答えると、鎧に覆われたモルドレッド卿の華奢な肩に手を乗せる。


「余計な話はいい……ともかくも、我が新たな新生円卓の騎士団はDRCと連携し、このブリテン島に革新をもたらす冒険を行う。これまでのお遊びのような生ぬるい冒険ではなく、闘争と流血を伴った、悪しき権力と戦う本当の冒険をな」


 肩の手を嫌そうに振り払い、改めてベディヴィエール卿達の方を見据えると、モルドレッド卿はそう高々と宣言した。


「なるほどな。かつてモルドレッド卿はアーサー王に謀反を起こすに際して、ブリテンへの侵入を狙っていた北のピクト人や大陸のサクソン人達を味方に付けた……その者達は、まさに伝説通り、貴様にはお似合いの協力者ということか」


 冷静な態度でそんな皮肉を言うベディヴィエール卿であるが、その実、心の内ではかなりの動揺を感じていた。


 ……まさか、本当に伝説通りモルドレッド卿が謀反を起こすことになるとは……これも〝マーリンの予言書〟にはなかったシナリオだ……マーリンは――あの日遭ったあの男はこのことも予期していたのか⁉ なぜだ? どうして、こんなことになってしまった⁉


「そういうことなので、改めて王の証しと口座の金をお譲りくださるようお願いしたい。アーサー王の息子たるわたしには、当然、それを受け継ぐ権利がありますからね。おとなしくお渡し願えれば、命の保証はいたします。それに、わたしに忠誠を誓うというのであれば、今後も〝酌人〟としての地位をお約束しましょう。他の者達もどうだ? 我が臣下になるという者はこれからも円卓の騎士として取り立てるぞ?」


 ベディヴィエール卿の心情を知ってか知らずか、モルドレッド卿はもう既に王となったかのような自信に満ちた表情で騎士達を見回して問う。


「ふざけるな! 誰が謀反人などの臣下になるかっ!」


「ああ。俺もだ。そんな四角四面でクソ真面目なこと言うヤツらとは一緒にやってけなさそうなんでね」


 だが、ガウェイン卿とトリスタン卿は即答でその高飛車な誘いを蹴る。


「僕もです。あなたはブリテンを救うどころか、この国を混乱に貶めるただのテロリストです」


「俺もっす。俺はあなたの冒険よりも、今までベディヴィエール卿のさせてくれた冒険の方が好きっすよ!」


「私も、我らが王を軽んじ、あまつさえ侮辱するような者に仕える気はありません」


 続けて、ボールス卿、パーシヴァル卿、ガラハッド卿の若者三人もそれぞれに異議を申し立てる。


「わ、私も、アーサー王やベディヴィエール卿を裏切ることはできません」


「んま、フッドボールでもなんでも、最後までチームを裏切っちゃいけねえよな」


 同じくユーウェイン卿とラモラック卿の二人も各々の言葉で決意表明をする。


「フン。愚かな者どもだ……パロミディス卿、あんたはどうだ? 移民のあんたなら、我らの目的に共感するところがあるはずだが?」


 騎士達のほぼ全員に否定されたモルドレッド卿であったが、それでもまるで応えている様子はなく、ただ独り黙していたパロミディス卿にも声をかける。


「確かに……同じような立場の私には、あなた達の気持がよくわかる。私も少なからず疎外感を感じ、ずっとそのことに悩んできた……だが、その苦しみから救ってくれたのはベディヴィエール卿と、そして他ならぬアーサー王だ。その恩に背くことなどけしてしてはならない。もしも、我らが王とその酌人に刃を向ける者があるならば、私は、その者をこの命にかけても斬る!」


 しかし、DRCの者達と立場を同じくする彼も、強い意思の籠った瞳で真っ直ぐにモルドレッド卿を見据え、彼女の言葉を即座に突っ撥ねるのだった。


「お前達………」


 そんな騎士達の姿を見て、ベディヴィエール卿の胸にはもう長いこと忘れ去っていた何か熱いものが込み上げてくる。


「そうか……ならば仕方がない。このグラストンベリーの地で、カムランの戦いの第二ラウンドといこう。円卓の騎士諸君、貴殿らには全員ここで死んでもらう。ただし、ベディヴィエール卿、あなたは生け捕りにして、口座の暗証番号を言うまでたっぷり拷問にかけてあげますのでご安心ください」


 なおも淡々としたモルドレッド卿のその言葉に、彼女の周りのテロリスト達は銃を構えた手に力を込める。


「あんたらが警察の目を厳しくしてくれたおかげで、こんな貧相な装備しか用意できなかったが、ま、兵の数ではこっちの方が勝る。勝負あったな」


「フン。我ら円卓の騎士団の力を甘く見てもらっては困るな。よかろう。こうなれば、とことんまでアーサー王伝説に則ってやろうではないか! モルドレッド卿、カムランでの悪夢を再び見せてくれようぞ!」


 余裕の減らず口を叩く自称アグラヴェイン卿の男を鼻で笑うと、ベディヴィエール卿も先程までの動揺を完全に打ち消し、どこか吹っ切れた様子で宣戦布告する。

また、他の騎士達もそれを合図に着ていたローブを脱ぎ捨て、その代りとばかりに兜のバイザーを下して銃器や剣を身構える。


「ハッハーッ! こりゃまた、おもしれえことになってるじゃねえか。てめーら、バカ正直にアーサー王伝説を再現してくれるんで、ほんとおもしれえぜ!」


 ところがその時、不意に彼らの頭上から、予期せぬ第三者の声が聞こえて来たのだった。

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