ⅩⅦ グラストンベリー丘の戦い(1)

 その日、深夜零時少し前――。


  月光に青白く浮かび上がるグラストンベリー・トールの丸い曲線を横切り、丘の頂へと登って行く一筋の影があった。


 黒いローブに身を包んだ11名の隊列は、円に近い煌々と輝く月の下、斜面を滑るようにして丘の上を進んで行く……。


 数時間前までは野外フェスティバルの余韻醒めやらぬ若者達が幾人かまだ残っていたが、今はもうその黒衣の一団以外、辺りに長い影を伸ばす者の姿は見られない。


 フードを目深に被った彼らのローブの下には、いつものように騎士の兜とボディ・アーマーが着込まれている。


 その二列で進む隊の先頭を行くのは、長い特注の銃剣ヴァイオネット付き自動小銃アサルトライフルL85を槍ランスのように掲げたガウェイン卿とパーシヴァル卿である。


 その後に他の円卓の騎士達も続き、列の真ん中には酌人ベディヴィエール卿に付き添われ、トゥルブ家に伝来したアーサー王の冠を頭上に戴く、威風堂々とした態度のアルフレッドがいた。


 彼の両手には王笏と宝珠も握られ、肩に羽織った高級な赤い絹のマントの下には、さらにエクスカリバーと石に突き刺さった剣――アルフレッドが発注した玩具――の二振りの宝剣も甲冑の上から腰に帯びられている。


 波のない静かな海のような丘陵を音もなく進んで行くと、やがて一団は頂に建つセント・マイケル教会の塔の下へ到着した。


 天井も崩れ落ちた残骸ではあるが、それでも堅牢な威厳ある姿を今なお留める神の家の塔である。


「円卓の騎士諸君! ここが1500年程も昔に、最後の戦いを終えた前世の予が運ばれたかのアヴァロン島だ!」


 その筒のようになった高い石造りの塔の足下で、今宵はいつも一席を打ぶつベディヴィエール卿に代って、妙に芝居がかった調子のアルフレッドが口上を述べる。


「当時は周囲に水が張り、まさに島のように見えていたこの丘へ舟で運ばれて来た予は、三人の乙女達に戦で受けた傷を癒してもらいながら長い時を過ごし、あれより1500年の時が経った今、ついにこうして皆の前に蘇ったのだ!」


 口も物腰も軽過ぎる普段の彼と違い、真面目で力の籠った重々しい声で、時折、握り緊めた拳を振り上げたりなんかもしながらアルフレッドは演説を続ける。


 ただし、警察等に見付かることを恐れて多少音量ボリュームを抑えてであり、そんな彼のあいがたいお言葉に耳を傾ける騎士達の間からも、やはり抑え気味に感嘆の声が上がる。


「それは言うまでもなく、今の世に転生した貴君らをこの目で見たかったからであるし、また、あの時、バラバラに崩壊した〝円卓〟がしかと復活できたかどうかを確かめるためでもあった。貴君らのその目を見る限り、どうやら大丈夫そうだな」


 そこで、ご丁寧にも騎士達全員の顔を熱い眼差しで一人一人覗き込み、アルフレッドはうんうんと頷いてみせたりもする。


 すると、その忠誠を誓った王の三文芝居に感極まって、目に涙を浮かべる者さえいるから驚きだ。


「しかし、予の力はまだ完全に回復してはおらぬ。残念ながら、このブリテンに再び最大の脅威が訪れるその日まで、予は再びアヴァロンへと戻り力を蓄えねばならない!」


 その突然の爆弾発言に、先程とは違うざわめきが騎士達の間に広がる。


「今宵、皆とともにこの地を訪れたのは、この現世におけるアヴァロンの島で、あちら側へ旅立つ前に別れの挨拶をしたかったからだ。我が円卓の騎士達よ、予が再び復活を迎えるその時まで、後のことは任せたぞ…くっ……ベディヴィエール卿っ!」


「ハッ! ここに……」


 熱くなった目頭を押さえる小芝居を交えアルフレッドが呼ぶと、他の者達と一緒に立っていたベディヴィエール卿が一歩前に出る。


「我が今生の形見として、エクスカリバーと石に突き刺さった剣、そして王冠・王笏・宝珠のレガリアはそなたに預けおく。宮廷の酌人として、これらはそなたが大事に保管しておくのだ」


「ハハッ! このベディヴィエール、しかとお預かりいたします」


 そう答え、跪き両手を前に掲げるベディヴィエール卿に、アルフレッドは先ず左手に持った宝珠を差し出すが、今、自分の口から出た言葉とは裏腹に、彼の左手はなかなかその握りしめた王の宝を手放そうとはしない。


 ……くぅ~…せっかくお宝がこの手の中にあるってのに、わざわざ手放さなきゃならないなんて……でも、ここで逆らって殺されちゃあ元も子もないしなあ……仕方ない。ここは一旦、苦汁を飲んで、おとなしくトゥルブの指示に従うとするか……この場を乗り切りさえすれば、後で旦那達とも連絡取って、またお宝を奪い返す好機チャンスはいくらでもあるだろうし。それに、この芝居を成功させれば、たんまり報酬ももらえるしな……よし!渡すぞ! ……あれ? 手が離れない……くそ! えぃ!……あれ?


「……陛下? 如何なされました? さ、宝珠をこれに」


「あ、ああ、わかっておる……えい! あ、やっと外れた」


 催促する目でベディヴィエール卿に睨まれ、そのガメツさからなかなか握った手の開かなかったアルフレッドも、ようやくに宝珠を彼に託す。それから同じようにたっぷりと時間をかけて、王笏、王冠も手放し、そして、エクスカリバーと石に突き刺さった剣も剣帯ごと身体から外すと、なんとかベディヴィエール卿に手渡した。


「それでは、我が愛すべき円卓の騎士達よ! とうとう別れの時が来た。皆、その場に畏まり、けして動くでないぞ?」


 王の証レガリアをすべて預け、ボディ・アーマーに赤マントだけの姿となったアルフレッドは、そう告げて背後の塔の方へと一歩、身を引く。


 この後、ベディヴィエール卿との打ち合わせによれば、彼は厳かな足取りで塔の残骸の中へと進み、そこで予め手渡されていた発煙筒に火を付けることになっている。そして、煙に巻かれて辺りが見えなくなったところで、夜陰に紛れて皆の前からドロンするのである。


 そのチンケなイリュージョンにより、忽然と塔の中より姿を消したアーサー王の生まれ変わりたるアルフレッドは、再びアヴァロンへと旅立ったことになる訳だ。


 あまりにも人を馬鹿にしたようなチープな手品だが、マインドコントロールにかかった騎士達の思い込みは激しく、それにその煙に気付いた警察も駆けつけて来るだろうから、皆、逃げるのに忙しくて、なんとか騙し果せるだろうというのがベディヴィエール卿の算段である。


 後は一段落ついた後に、どこか秘密の場所で落ち合って報酬をもらうだけでいい。それで命が助かり、給金まで出るとはなんとも楽な仕事だ。


「お待ちください!」


 ところが、塔へと向かおうとしたアルフレッドの足を不意に止める者があった。


その声の主はモルドレッド卿である。


「その王の剣二振りとレガリア、息子たるこのモルドレッドに戴けますかな? 〝父上〟?」


 彼女はやや芝居口調にそんな言葉を口にすると、王の宝を預かったベディヴィエール卿の方へとその冷たい視線を向ける。


「父上? いや、俺にそんな大きい隠し子なんかいないが……って、ああ、そうか。アーサー王とモルドレッドのことね……納得」


 一瞬、なんのことかわからず、トンチンカンな返事をするアルフレッドだったが、すぐに意味を理解して独り頷く。


「……それはどういう意味かね? モルドレッド卿」


 一方、北極の氷のような青い目で見つめられたベディヴィエール卿は、俄かに表情を厳しくして聞き返す。


「ああ、そうだ。それからベディヴィエール卿。あなたが管理している我ら円卓の騎士団の活動資金が入った銀行口座のカードと暗証番号もお渡し願いたい」


「なに……?」


 返事の代わりに返されたその言葉に、ベディヴィエール卿はさらに怪訝そうに眉間に皺を寄せる。


「これから先は、わたしが王として新たな新生円卓の騎士団を率いて行きます……もう、あなたの茶番にはうんざりなんですよ、ベディヴィエール卿。こんな男が我らの待ち望んでいたアーサー王ですか? フン。笑わせるにも程がある。もし仮に彼が本当にアーサーの生まれ変わりだったとしても、そんな王になら付き従うのはまっぴら御免だ。それに、あなたがさせる子供の遊びのような冒険にもほとほと愛想が尽きましたよ」


「ちょ、ちょっと、何を……」


「ど、どうしたんだよ? いきなり…」


 アルフレッドを無礼にも指差して述べる彼女の耳を疑うようなその言葉に、騎士達の間からは俄かにざわめきが湧き起こる。


「えっ? 俺?」


 一方、突然、批判の矛先を向けられたアルフレッドはというと、自らの呆気に取られた間抜け面を指差して、やはり間抜けに呟く。


「モルドレッド卿、自分が何を言っているのか、わかっておるのか?」


 わずかな驚きと幾許かの怒りの色を浮かべた目でベディヴィエール卿が睨みつけても、彼女は前言の撤回も、冷徹なその表情を崩すこともしようとはしない。


「ええ。もちろん。あなた程モウロクはしてませんからね……そればかりか、あなたはガヘリスが殺されたというのに、あの裏切り者達に復讐することすらしなかった。そんな仲間を蔑ないがしろにするような者にこれ以上ついていくことなどできない!これからは、わたしがこの騎士団を導いていく。さあ、王の証しと活動資金をおとなしく渡せ!」


「フン…その言葉に従って、私が素直に渡すとでも思っているのかね?それならば、とんだ甘い考えの身の程知らずだと言わねばならんな」


「渡さねば、力づくで奪うのみですよ。前世でもわたしが試みたようにね…ヒューッ!」


 相手を見下すように鼻で笑い、そう告げるベディヴィエール卿だが、モルドレッド卿の方も不敵な笑みを浮かべると、不意に指を口にやって指笛を吹き鳴らす。


 甲高い鳥の鳴き声のような音が静かな夜空に鳴り響くと、月明かりにできた丘の暗い影の部分から、ぞろぞろと30体ばかりの黒い人影が這い出して来た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る