Ⅸ 冒険ごっこ(5)

「全部で12件……これだけ見付かっているというのに、今までまるで取り上げられなかったということがむしろ驚きだ」


「やはり、カードと事件とを結び付けて考えなかったというのもありますが、これらの各事件自体も相互に関連性のあるものとして捉えられていなかったという方が、理由としては大きいでしょう」


 一通り見終わり、唖然とした様子で呟くマクシミリアンに、ジェニファーはそう自分の思うところを述べる。


「どれも注目を集めるような、それなりに大きな事件だというのに?」


「一つ一つはセンセーショナルな事件として話題になりましたが、起きた場所もエディンバラのような大都会からカーディガンのような田舎町までてんでバラバラですし、手口も毎回違っていますから。現金輸送車の襲撃にしたって、コルチェスターの時の犯人は3人、エアの時は8人、カンタベリーは12人と違い、バースの時だけは日本で昔起きた〝三億円事件〟を模倣しています。宝飾品店の強盗もウィンザーは5人なのにエディンバラでは9人という大人数で、犯人達の服装や背格好も各事件で異なっているんですよ」


「つまり、同一犯の犯行とみるには関連性に乏しかったと?」


「はい。もしこれらの事件の間に関連性があるとみて捜査していれば、当然、すべての現場で見付かっている円卓のカードにも注目していたんでしょうが、ここまで場所も手口も違っていては、繋げて考える方が逆に難しいというものです」


「……確かに、君の言うことにも一理あるかもしれない。円卓のカードは彼らが自らの存在を誇示するために置いて行くものだが、反面、尻尾を摑まれないようにといろいろ手口や場所を変えたおかげで、その意図に反してこれまで誰もカードに注目してくれる者はいなかったというわけだ」


 理路整然としたジェニファーの意見に一定の理解を示しながらも、マクシミリアンは続ける。


「だが、こうして時系列を追って並べてみると、一見でたらめに行われているように思える彼らの犯行も、次第に大胆となり、また、その人数も大規模なものに成長していった様子がよく見てとれる」


「成長?」


「例えば現金輸送車の襲撃で、2月のコルチェスターの犯行が3人だったのに8月のエアでは8人、翌年3月のカンタベリーに至っては12人と増えているのはそのためです。4月と10月の宝飾品強盗の人数の差も同じですね。また、キャッシュ・ポイントからの現金強奪も、1月~5月にかけては連続で行われていたものが、7月のカナーヴォン以降、数ヶ所同時に行われるようになったのはそれが実行可能なほど彼らの組織が大きくなったという証左でしょう」


「なるほど……そう言われてみれば、確かに全然関係ないどころか、一つの犯罪組織形成の軌跡が見えてきますね」


 捜査本部もまだそこまでは考え及んでいないであろうマクシミリアンの解釈に、ジェニファーも感心したように頷いた。


「そこからもわかる通り、彼らは相当に訓練された、組織力のある犯罪者集団です。今度の愉快犯的な事件でもそうだが、その行動は気まぐれのようでいて、実はすべて緻密な計画の上で行われている。このバラバラに見える犯行の場所にしても、きっと何か法則性があるように思うんですが……」


 そう言うと、マクシミリアンは画面を見つめたまま、しばし黙って考え込む。


「……彼らが〝円卓〟を自らの象徴にしていることから考えれば、やはりアーサー王伝説に関わることなんだろうが……まだ、はっきりしたことは言えないな……だが、いずれにしろ犯人達がアーサー王に拘っているのは確かだ。オーモンド刑事。捜査本部の方へは、アーサー王関連の遺跡や遺物を所有している施設または個人の周りを警戒するよう伝えてください。ひょっとしたら、犯行グループを待ち伏せできるかもしれない」


「あ! は、はい! わかりました……」


 不意に振り返ったマクシミリアンにそう依頼され、予期せず端正な顔立ちの男性に見つめられたジェニファーは、少々頬を赤らめながら慌てて返事をする。


「こうしていろいろと私の我儘を聞いていただき本当に感謝していますよ、オーモンド刑事。どの国の警察でも、ICPOの人間に自分達の縄張りを引っ掻き回されたくはないですからね。それに過去の連続現金強奪事件まで関わってくるとなると、文化財の事件だと言って私が関与する大義名分も薄くなる。ここはやはり、私よりも身内のあなたに進言してもらった方が良いでしょう」


「ですが、クーデンホーフ捜査官。わたしも本件捜査の担当ではないですし、わたしのような者の意見を聞いてくれるかどうか……」


「いや、ここ数日、一緒に仕事をしていてもわかりますが、あなたは優秀な警察官です。確かに担当外の者が口を挟むのは難しいと思いますが、あくまで参考として、私がそのように言っていたと知らせていただければ…」


 謙遜するジェニファーに、感謝と称賛の意を込めて、そんな言葉をかけようとしたマクシミリアンだったが。


「いえ! そういう意味じゃないんです! ……そういう意味じゃなくて、わたしは……」


 彼女は強く否定すると、暗い目をして俯いてしまう。


「………………」


 その意味するところを訊いてみたい衝動にマクシミリアンは駆られたが、先日、アダムス邸でグレグスン警部が言っていた意味深長な言葉が脳裏を過り、それ以上、追求することはやめにした。


「あっ、し、失礼しました……それでは、わたしは今日の日程をもう一度確認してきますので。行きがかり上、犯人を追いたいお気持ちもわかりますが、本業の文化財犯罪防止の啓蒙活動の方もしっかりやりませんとね」


 気まずい沈黙の中、所在なく椅子に座るマクシミリアンに気が付くと、ジェニファーは悪戯っぽい笑顔をわざと浮かべ、踵を返して資料室を出て行った……。

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