ⅩⅦ グラストンベリー丘の戦い(8)

「――ランスロット卿……」


 ここにもう一人、彼の死様を目の当たりにした人物がいた。


 偶然、近くでテロリスト達と交戦していたユーウェイン卿も、その騎士らしき最後を見取ることとなったのである。


「……か弱き女性への献身……それが、騎士道……」


 その戦い、その生き様は、妻への、ひいてはすべての女性への接し方について悩んでいたユーウェイン卿に何か感じさせるものがあった。


「おい! あの女もサツだ! あの女も殺せ!」


 そんな折、先程までユーウェイン卿と戦っていたテロリスト達が、今度はランスロット卿の亡骸にすがり付くジェニファーに目を付け、彼女の方へと銃口を向ける。


「やめろぉぉーっ!」


 それを見た瞬間、ユーウェイン卿の身体は考える間もなく動いていた。そこには、それまでの気弱な小市民であった彼の姿はもうない。


「ランスロット卿になり代り、その女性ひとはこのユーウェイン卿が命をかけてお守りします!」


「な、なんだ、野郎⁉」


「まずはあいつだ! 撃てーっ!」


 ユーウェイン卿に向け、放たれる無数の銃弾……だが、彼は微塵もひるまない

「せやあああっーっ!」


 ユーウェイン卿は持っていたサブ・マシンガンを投げ捨てると腰の剣を引き抜き、銃弾を放って来る敵目がけて、自らの命も顧みず突撃して行った――。




 ――ラモラック卿、ガウェイン卿、モルドレッド卿、ランスロット卿……混戦の中、こうしてカムランの戦いをなぞるかのように、次々と円卓の騎士達がその命を戦場に散らして行く。


 そして、また一人。熱き魂を持った若者が、その嵐のように駆け抜けて来た人生を終わらせようとしていた。


「撃て! 撃て! 撃てーっ!」


「誰も彼も殺してしまえっ!」


 頭目であるモルドレッド卿やアグラヴェイン卿を失ってもテロリスト達は戦闘を停止しようとはせず、逆に指揮系統が混乱したことで、ただ破壊衝動に突き動かされるだけの暴徒と化して暴れ回っている。


「低俗なる反逆者達め! 私も貴様達とは同じ立場ではあるが、国を思う気持ちは貴様達と決定的に違う! 貴様らはただこの国を乱すだけのテロリストだ!」


「さあ、そろそろてめーらのステージも終わりだぜ? なかなかいいパーフォーマンスだったが、アンコールはしねえから、とっとと引っ込みな!」


 そうした敵を相手に、自分はさっさとどこかに雲隠れしてしまったアルフレッドの命に従って、パロミディス卿とトリスタン卿の二人も奮戦していた。


「ん! ……危ない! トリスタン卿!」

 

 と、背後からトリスタン卿を銃で狙う者があった。それに気付くと、パロミディス卿は即座にサブ・マシンガンでその敵を撃ち殺す。


「おお、センクス! パロミ。危なかったぜ……んじゃ、早速、そのお返しだ!」


 礼を述べたトリスタン卿も、その直後に今度はパロミディス卿に標的を定める敵を見付け、素早く彼を援護する。


「ああ、すまない。おかげで助かった。これで貸し借りなしだな」


 その行為にパロミディス卿も感謝の言葉を口にすると、兜の下で褐色の顔に笑みを浮かばせる。


「いや、お前の方が危さは上だったからな。俺が10ポイント貸しだ」


 対してトリスタン卿の方も、軽口を叩きながらパロミディス卿に笑いかける。


 壮絶さを極める戦の最中にあって、いわば〝戦友〟とでも呼べるような友情で結ばれた二人は、血生臭い戦場とは場違いになんだかとても愉しそうに見えた。


 それはアーサー伝説において、時に対立しながらも奇妙な友情を互いに抱いていた本物のトリスタン卿とパロミディス卿にもどこか似ている。


 ……しかし、その油断が戦場では命取りとなる。


 トリスタン卿の背後に広がる闇の中を、ナイフを口に咥えた黒尽くめの男が、身を地面すれすれにまで低くして迫って来ていたのである。


 どのような経緯でテロリストとなったのかはわからぬが、どうやら軍隊でナイフ格闘術を習った経験があるらしい……男はじわじわとトリスタン卿の後に回り込むと、瞬く間もなく猛禽のように襲いかかる。


「トリスタン卿っ⁉」


 彼に飛びかかる黒い影を見た瞬間、パロミディス卿は声を上げるが、その時にはもう手遅れだった。


「なっ……⁉」


 男は背後から羽交い絞めにしたトリスタン卿の頭を兜ごと摑むと、同時に空いてい右手で口のナイフを取り、その鋭い刃を兜とボディ・アーマーの間に開いた僅かな隙間に素早く差し込む……それで、すべては終わった。


「ぐご…」


「くそうっ!」


 空気が漏れるような音とともに大量の血を首から吹き出すトリスタン卿に、パロミディス卿は慌てて腰の剣を引き抜き、突進して男の胴体を刺し貫く。


「うがっ……」


 その刃はナイフ使いの男を仕留めることができたが、それは、トリスタン卿の運命が定まった後のことだった。


「トリスタン卿! おい! しっかりしろ! トリスタン卿っ!」


 男もろとも崩れ落ちるトリスタン卿の身体を支え、パロミディス卿は懸命に声をかける。


 だが、何度彼の名を呼んでも、それに答える力すら、もう既に残ってはいなかった。


「……僕はトリスタン……君はイゾルデ……そう……僕がトリスタンなら……君はイゾルデなのさ……」


 パロミディス卿の腕に力なく抱かれ、誰にも聞き取れぬ摩擦音のようなか細い声で、トリスタン卿は自身の作詞した歌の気に入っているフレーズを苦しげに口ずさむ……そして、ゆっくりと閉じた瞼の裏に恋人であった女性の姿を思い浮かべながら、一人のロックンローラーは逝った。


「トリスタン⁉ ……トリスタぁぁぁーん! ……くそう……くそったれどもがあぁっ!」


 事切れたトリスタン卿に叫び、目に涙を浮かべると、パロミディス卿は再び剣を握りしめ、怒りに任せて生き残りのテロリスト達の方へ向かって行った――。

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