ⅩⅦ グラストンベリー丘の戦い(7)

「――ハァ…ハァ…」


「……ハァ…ハァ…」


 その頃、戻ってランスロット卿とガウェイン卿の方では、死力を尽くした激闘の末、お互い剣も盾も鎧も、また、その中の生身もボロボロになっていた。


「……ハァ……ハァ……くそうっ! ……相変わらず……ハァ……軍人並にタフな野郎だな……」


 激しく肩で息をしながら、地面に突き立てた剣を杖代わりにしてガウェイン卿は苦しそうに言う。


「……ハア……ハァ……いい加減……やめにしないか……ガウェイン卿?」


 同じく剣にもたれかかるランスロット卿も、途切れ途切れにそんな言葉を返す。


 二人のボディ・アーマーはそこら中が切り裂かれ、左肩の盾もボコボコに変形してしまっている。


 だが、ダメージを追っているのは彼らの外見だけではない。ボディ・アーマーの傷の下は剣の殴打によって腫れ上がり、鎧に覆われていない部分には血を流す切傷も見られる。


「フン……それは聞けぬ相談だな……貴様を許せば……俺は妹達に顔向けができない」


 それでも、ガウェイン卿はランスロット卿の提案を突っ撥ね、けして闘いをやめようとはしなかった。


 彼の脳裏には今、目の前にいる男に斬り殺されたガヘリス卿の哀れな姿と、さらになぜか、かつての恋人であり、妹のような存在でもあった女性の泣き顔が不意に浮かび上がる。


「……ハァ……ハァ……死ねえっ、ランスロットぉっ! ガヘリスの仇ぃぃーっ!」


 ガウェイン卿は息を大きく吸い込むと、最後の力を振り絞り、渾身の力を込めて愛剣ガラティーンをランスロット卿の上に振り下ろす。


「くっ…!」


 その攻撃に、疲れ切ったランスロット卿の身体も咄嗟に反応した。無意識の内に彼のアロンダイトも夜気を切り裂き、ガウェイン卿に襲い掛かる。


 一際大きな金属の衝突音が、闇に包まれたトールの戦場にまたしても木霊する……。


「ぐがっ……」


 次の瞬間、ボコボコの盾に阻まれたガウェイン卿の剣に対し、ランスロット卿の剣はガウェイン卿の兜側面に命中していた。


 しかも不運なことに、その刃はアーメット型兜の鉄板を打ち破って中身の頭蓋にまでめり込んでいる。


「…! ……ガウェイン卿っ!」


 己のしてしまったことに声を上げるランスロット卿の前で、ガウェイン卿はゆっくり後方へと倒れていく。


「…………エマ……ジョーイ……俺は、またバカをやっちまったよ……フフ、すまないな。どうやら、この性格は死んでも直りそうにないようだ……」


 冷たい土の上に大の字に寝転がったガウェイン卿は、眼前の闇の中に浮かぶ旧友達の幻影に向けて、消え入るような声で語りかける。


 そして、自嘲のようでもあり、だが、なんだか愉しそうな微笑みをその顔に湛えて、彼の命の炎はそのまま静かに燃え尽きた。


「ガウェイン卿…………くそうっ! なんでこうなるんだ!」


 またも自らの手で命を奪ってしまった仲間の姿に、ランスロット卿は剣を地面に叩きつけ、悔しそうに叫び声を上げる。


「………………」


 同じく、遠からず自分が原因で命を失う者の姿を再びその傍らで見ることとなったジェニファーも、なんとも遣り切れぬといった表情で、ガウェイン卿の無残な躯をただ呆然と見つめていた。


「ランスロット卿!」


 また、もう一人。ガウェイン卿のその死をすぐ近くで見届けてた人物がいた……同様にランスロット卿とジェニファーの二人に浅からぬ因縁を持つモルドレッド卿である。


 アルフレッドの首を戦場に追い求めていた彼女も、ランスロット卿の乱入に気付き、目標を変更してこちらへ向かっていたのである。


「ガヘリス、アグラヴェイン卿に続き、今度は我が兄ガウェイン卿までも殺したか」


 その声に振り向いたランスロット卿に、右手に握った長剣の先を向けてモルドレッド卿は言う。


 その一見、冷静で落ち着いた声の中には、背筋の凍り付くような、薄ら寒い殺意と怒りが含まれている。


「まさに前世で犯した罪の再現だな。所詮、貴様は何度生まれ変わってもそのような罪深き騎士なのだ……その罪に穢れた命、グウィネヴィアともどもこのわたしが葬ってやる」


 長剣を大きく頭上に振りかぶり、ガウェイン卿との死闘で疲れ切ったランスロット卿目がけてモルドレッド卿は駆け出す。


「最早、闘う気力も残ってはいまい! ガヘリスとガウェイン兄上の思い、今こそわたしが果たす!」


 兜をなくしたモルドレッド卿は、彼女のボディ・アーマーと同じ色をした黒髪を月明かりの中になびかせて、トールに吹く一陣の風のように突進して来る。


「チッ…」


 もう、仲間だった者を手に掛けることにうんざりしていたランスロット卿も、迫り来る自らの命の危機に已む無く彼女を仕留めねばならぬと覚悟する。


 微かな風切り音とともにモルドレッド卿の剣が、闇に銀色の軌跡を描いてランスロット卿の頭上に迫った。


 と同時に、無防備な彼女の喉元目がけてランスロット卿も刃を突き立てる。


「……!」


 だがその瞬間、彼の瞳にまだあどけない少女の面影を残すモルドレッド卿の顔が映った。それは、その刹那の内にも彼の中の婦女子を守るべき騎士道精神を呼び起こし、闘いには不可欠である非情な判断を鈍らせる。


 ランスロット卿は意識する間もなく、突き出す剣先の狙いを喉元から僅かに下げる。

 

 交錯する二つの刃……今度は先程のガウェイン卿の如く、ランスロット卿のボコボコに変形したその兜が、振り下ろされたモルドレッド卿の剣によってかち割られていた。


 対するランスロット卿の剣はモルドレッド卿の胸部に突き立てられるも、堅固なセラミック・プレート入りボディ・アーマーに僅かな傷を付けただけで、その内側にある彼女の肉体自体には到達していない。


「ぐ……」


「うっ……」


 ランスロット卿はその場に崩れ落ち、モルドレッド卿は受けた衝撃に一歩身を引く。


「ジョナサン!」


 頭をやられた恋人の姿に、じっと傍らで見守っていたジェニファーは思わず叫ぶ。


「フン……」


 その声に彼女の方を一瞥したモルドレッド卿は、不気味な笑みをその口元に浮かべる。


「騎士の情けだ。とどめを刺してやる……恋人が見ている目の前でなっ!」


 そして、再び剣を大きく振り上げると、まだ事切れず、両手両膝を突いて項垂れるランスロット卿の割れた兜目がけて最後の一撃をお見舞いしようとする。


 パーン……!


 しかし、その瞬間、乾いた一発の銃声が、彼女の鼓膜を激しく震わせた。


「………………」


 モルドレット卿は剣を振り上げたままの体勢で、その動きを止めてしまう……わずかな時間の後、彼女の額に開いた丸い穴からは、真っ赤な鮮血が白い肌を伝って流れ落ちた。


「な……」


 モルドレッド卿は見開かれた鳶色の瞳でランスロット卿越しに前方を見つめる……するとそこには、銃口から煙の立ち上る拳銃をしっかりと両手で構えて立つジェニファーの姿があった。


 モルドレッド卿を貫いたのは、恋人を救うべく咄嗟にジェニファーが撃った拳銃の弾だったのである。


「………………」


 モルドレッド卿は頭上に振り上げた剣の重力に引かれるようにして、無言のまま、バタリと後方へ倒れ込む。


 ……ガヘリス……これでようやく、お前の所へ行けるな……。


 それから心の内でそう呟くと、どこかほっとしたような微かな笑みを浮かべ、この哀れな少女はその短く、その荒んだ生涯を瞼とともに永遠に閉じた。


「……ハッ! ジョナサンっ⁉」


 図らずも人を撃ち殺してしまった衝撃に、一瞬、呆然と立ち尽くすジェニファーだったが、すぐに自分を取り戻してランスロット卿のもとへと駆け寄る。


「ジョナサン! しっかりして! ジョナサンっ!」


 駆け寄ったジェニファーは彼の身体を仰向けに抱きかかえると、引き裂かれた彼の兜を急いで剥ぎ取った。


「……ああ、ジェニファー……どうやら無事なようだね。よかった……」


 ジェニファーの必死の問いかけに、ランスロット卿は朦朧とする意識の中で、自分のことよりも彼女の身が無事なのを確認してほっと息を洩らす。


「何言ってるの! わたしのことなんかよりも、あなたの方が……」


 彼の頭の傷は、この青年を神の御元に召すのに充分過ぎるほどのものであった。べっとりと血に濡れた彼の金色の髪を見ると、ジェニファーは涙ぐみ、言いかけた言葉を詰まらせる。


「ジェニファー……最後にもう一度、こうして君に会えて良かったよ……君を救うこともできたし、神様に感謝しなきゃな……」


 そんなジェニファーの涙の伝う頬に、血の付いた手を優しげに当てると、ランスロット卿は別れの言葉を紡ぎ始める。


「最後だなんてよして! 大丈夫、傷は浅いわ。しっかり目を開けて、ジョナサン!」


「……やっぱり……僕と君はランスロットとグウィネヴィアだったみたいだ……また来世でも、こうして君と巡り会えるのかな? ……禁断の恋だろうと構わない……それなら、悪くないな……」


「ジョナサン! しっかりして! あなたはランスロット卿なんでしょ⁉ 伝説じゃこんな死に方はしなかったはずよ! いや、死なないでジョナサン!目を開けて!」


 ジェニファーの呼びかけも虚しく、ランスロット卿はそのまま再び目を開くことはなかった。だが、その血塗れの顔には、とても満足そうに穏やかな笑みを湛えている。


「いや、わたしを置いていかないでジョナサン! ……いやあぁぁぁぁーっ!」


 周囲を包み込む銃声も人の叫び声も、今の彼女の耳には入らない……横たわる愛しき恋人の胸の上に、ジェニファーは人目も憚らず泣き崩れた――。

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