ⅩⅦ グラストンベリー丘の戦い(6)
さて、その一方、同じくジェニファーの救援に向かおうとしたマクシミリアンと警官達は、大混戦の戦場の中、テロリスト達との銃撃戦に巻き込まれていた……。
「――まさか、こんな野戦を強いられようとはな……応援が着くまで持ち堪えられればいいが……」
マクシミリアン自身も、暗く冷たい地べたに這いつくばって敵の弾を避け、愛銃のグロック17を手に果敢に応戦している。
「ん⁉ あれは……」
そんな時、彼の碧い瞳の上に、遠く人混みの中で舞い踊る、クリーム色のドレスを着た奇妙な娘の姿が映った。
「うりゃりゃりゃりゃあ!」
そのドラクロアの〝民衆を導く自由〟の女神のような格好をした若い女性は、両手に小銃とフランス国旗ならぬ二丁のサブ・マシンガンを握り、辺り構わず乱射してテロリスト達や円卓の騎士達を蹴散らしている。
「私はちょっと用事を済ませに行って来る。応援が来るまでなんとか凌いでくれ。とにかく軽はずみに命を捨てるような行為はするなよ」
マクシミリアンは首だけを振り向かせて後方の警官達にそう告げると、なんとか彼女に近付くためのルートを見極めようと目を素早く戦場に走らす。
「用事って……いったい何をなさるおつもりですか、クーデンホーフ捜査官?」
「ずっと恋焦がれていた女性を偶然見付けたものでね。なに、すぐに戻る」
そして、生真面目な彼らしからぬ冗談めかした口調で、しかもこのような状況にあってなぜだか少し嬉しそうに言い残し、銃弾飛び交う乱戦の中へと単身、突っ込んで行った。
彼は迂回してマリアンヌの背後へと回り込み、その長身を低くして流れ弾を避けながら、他の者達には目もくれず、草叢から獲物を狙う肉食獣のように静かに、かつ時に激しく、果敢に彼女のもとへと迫って行く……。
「まったく、ゴキブリみたいに湧いてきて! いい加減、あたしの邪魔しないでくれる? …ハッ⁉」
銃を撃ちながら無駄口を叩いていたマリアンヌは、突然、自分の背後にただならぬ気配を感じだ。
カチャリ…と引き金に力を込める微かな音が二つ同時に聞こえる。
振り返りざま、彼女が左手のMP5Fをその気配の頭部へ向けると、彼女の額にもゲルマン人らしい風貌の青年が、その手に握るグロッグ17の銃口を突き付けていた。
「やはり、君だったか……やっと会えたな。怪盗マリアンヌ」
月の逆光に半分隠された彼女の顔を碧い瞳で見据え、マクシミリアンは重々しく呟く。
「あなたは……へぇ~、あたしのファンだったとは驚きね」
同じく半分だけ蒼白く照らし出されるマクシミリアンの顔を眺め、それがストーン・ヘンジで出逢った人物だということに気付いてマリアンヌも言う。
「ああ。長らく君の〝追っかけ〟をやっててね。今回もはるばるリヨンから追って来た」
「リヨン? ……そういえば、インターポールとユネスコがどうとかって聞いたわね。ああ、なるほど。それで、あたしを捕まえに来たって訳だ。ふーん……なんか、あたしも世界的にトレジャーハンターとして認められたって感じで光栄だわ」
互いに銃口を突き付けながら、冗談めかした調子で語り合う二人……相手が自分のような者の天敵であると理解したマリアンヌだが、彼女は不敵な笑みを浮かべている。
「まあ、認められたのはただのコソ泥としてだがね。それでも、君のやらかしてくれた数々の輝かしい業績を讃え、我々の授賞式にご招待するよ。さあ、ご同行願おうかな、マドモワゼル?」
対するマクシミリアンも臆することなく、毒を含んだ台詞を淡々とした口調で返す。冗談めかした言葉使いではあるが、目に見えぬその水面下では、お互い激しい牽制の火花を散らしているのである。
「申し訳ないですけど、そのお誘いはお断りしますわ、ムシュー。なぜって、わたくしの銃はあなたの頭を容易に吹き飛ばせる状況にあるんですもの」
「それはこちらとて同じだよ、お譲さん。君のそのか細い指が引鉄を引こうとした瞬間、私のグロッグも君の額に熱いキスを与えていることだろうからね。それも、火傷ではすまないくらいのね」
二人はそこで無駄口を閉じると、ともに引鉄にかけた人差し指に意識を集中する……わずかな、しかし、逆に長くも感じられる一瞬の間、彼らの周りはピンと張りつめた緊張と静寂によって支配された。
「…っ!」
「キャッ…!」
しかし、その聖域の空気にも似た静けさは、足下で土埃を巻き上げるテロリスト達の銃弾によってすぐに打ち破られた。
二人はそれぞれに振り返って周囲を警戒し、偶然にも互いに背と背をくっ付ける形となる。
「……ねえ、今は二人でパーティ抜け出す相談してる場合じゃないんじゃない?」
周りをぐるりと敵に囲まれた輪の中心で、自分側の180°を受け持つように目を凝らしながら、マリアンヌはそんな提案を背後の相手に持ちかける。
「……そうだな。どうやら、みんな抜け駆けを許してくれそうにはない」
同様に相手の背を守るようにして立つマクシミリアンも、その言葉の意を組んで冗談混じりに答える。
「それじゃ、このパーティーが終わるまで一時停戦といきましょう?」
「ああ、二人だけのデートはそれからだ」
「
こうして奇妙なことにもインターポールの捜査官と彼の追う女盗賊は、同じく置かれた危機的状況と目先の利益の一致により、一時的ながらも共闘体制を組むこととなった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます