ⅩⅧ 生き続ける伝説(1)

 刃神達三人がグラストンベリー・トールを脱出した後、なおも戦闘を続けていたトールの頂は、大人数の武装した警官隊によって瞬く間に制圧された。


 まだ生き残っていたテロリスト達は悉く捕縛され、とりあえず銃器の不法所持と公務執行妨害の容疑により即刻、留置所送りにされた。


 しかし、対する新生円卓騎士団の方はというと、死亡した騎士の遺体以外に確保できたのはユーウエイン卿ただ一人である。


 そのユーウェイン卿の逮捕時に見せた態度はまさに騎士道に則った堂々たるもので、それまではランスロット卿の遺体にすがりつくジェニファーを守って、彼女を狙うテロリスト達と勇猛果敢に戦いを繰り広げていたが、武装警官達に周囲を包囲されると潔く投降し、後のことをくれぐれも頼むと彼女を警官達に引き渡したのだという。


 これから逮捕されるというのに、その顔はなんだか晴々しく、とても犯罪者のようには見えなかったと、その時の警官達は口々に話している。


 一方、他に生き残ったガラハッド卿、ボールス卿、パーシブァル卿の聖杯騎士三人とそれからパロミデス卿は、トールの頂が完全に包囲される前に素早く行動を起し、刃神達同様、夜陰を味方に配備の手薄な所をついてどこへともなく姿を晦ましてしまった。


 その後すぐにグラストンベリーを通る道という道に検問が設かれたが、既に町の外へ逃れたものか、それともまだ潜伏しているのか、いまだに彼らは発見されていない。


 また、ジェニファーは戦いが終息した後も、冷たくなったランスロット卿の胸の上で泣き続け、彼の遺体搬送のために捜査担当者やマクシミリアンがいくら説得しても、けして彼から離れようとはしなかった。


 仕方なく、最終的には彼女もランスロット卿ともども搬送車に乗せ、マクシミリアンは事後処理のために現場へ残った。


「……民間人への被害はなく、死亡も含め、犯人もほとんど確保はしたが……主要人物を幾人も取り逃し、犠牲者はあまりにも多かった。とても褒められた結果とは言えんな」


 セント・マイケルズ教会の塔の傍に立ち、月明かりにぼんやり照らされるグラストンベリーの町を見つめながらマクシミリアンは自嘲を込めて呟く。


「なにか……今回は最初から最後まで、アーサー王伝説に踊らされていたような気がする……我々だけではない。怪盗マリアンヌも、彼女の仲間のあの黒尽くめの東洋人も、そして、何よりも新生円卓の騎士団自体がそうだった。結局は皆、物語の登場人物を演じていただけに過ぎん……どうやらこの国には、今なお確かにアーサー王が生き続けているようだ……」


 ここがアヴァロンの伝承地であるせいなのか、いつになくマクシミリアンはそんな感傷的な思索に囚われていた。


「怪盗マリアンヌ……いつか君とも、今回の思い出話をゆっくりしたいものだな……無論、取調室の中でだが」


 そうした感情的になっている自分を振り切るかのように、マクシミリアンは現場の方を振り返る。


「そんな運命論で責任転嫁を図っている暇があったら、今、自分がなすべき責務をまずは果たすべきだな。先ずはマリアンヌの行方と、逃げた残りの騎士達の捜索だ。おーい! 捜査責任者はいるか? スコットランド・ヤードに電話してくれ!相談したいことがある!」


 そして、彼はいつものICPO特別捜査官マクシミリアン・フォン・クーデンホーフとして、事件の捜査へと戻って行った――。




 その翌日午後10時……デヴォン州プリマスの港――。


「こんなこともあろうかと、〝プリドウェン〟をサウサンプトンからこっちに移しといてよかったね」


 日の沈みかけたヨットハーバーの桟橋で、疲れ切った様子のボールス卿が言った。他人の顔も識別が困難なこの時間帯になると、辺りにほとんど人気はなく、聞こえるは船を揺らす小波の音くらいである。


「ええ。あのまま向こうに置いておいたら、確実に警察が押収していたでしょうからね」


 その言葉に、隣に立ち、一緒にプリドウェンの白い船体を見上げるガラハッド卿が答えた。彼もそうとうに疲れ切った様子で、いつもの黒服ではなくボールス卿同様の薄汚れた白いシャツ姿である。


「よくないっすよ! 何がいいんすか⁉ ベディヴィエール卿も、他のみんなも死んじゃったっすよ?新生円卓の騎士団も、俺らの他にはもう……えっぐ…」


 同じくボロボロのヘロヘロになったパーシヴァル卿が、背後から涙声で二人に怒鳴る。


 彼らはどこをどう逃れたものか、なんとか警察の包囲網を掻い潜り、丸一日かけてグラストンベリーからこの地へと辿り着いたのだった。


「もう、また泣くし……騎士として女々し過ぎるぞ、パーシヴァル卿。僕らだって悲しいさ。でも、いつまでも悲しんでたって、何も解決しないじゃないか?」


「…うっぐ…うっぐ…わかってるっすよ!そんなこと…えっぐ……」


 困惑した顔で、だが自身も悲しみに堪えている様子で説教するボールス卿に、パーシヴァル卿はさらに嗚咽と涙を漏らす。


「……辛いことではありますが、ベディヴィエール卿も、ガウェイン卿も、ラモラック卿も、トリスタン卿も、それから裏切り者のランスロット卿とモルドレッド卿も天に召されました。ユーウェイン卿とパロミデス卿の二人も無事でいるかどうか……残ったのは我ら三人のみ。残された者として、これからどう生きるかが大切です」


 そんな二人に、まるで葬儀の折の牧師のように落ち着き沈んだ声でガラハッド卿は語る。


 昨夜のグラストンベリー・トールでは最後まで刃神の後を追っていた彼らは、戦場からの脱出を図る直前に、戦場に伏したラモラック卿やトリスタン卿の遺体と、それからベディヴィエール卿がエクスカリバーによって刃神に貫かれる光景を遠目ではあるが目の当たりにしている。


 自軍の将のその討ち取られる姿が、彼らに敗走を決意させた直接の原因でもある。


「……ん? あ! お、お前達!」


 その時、突然、すぐ近くで叫ぶ者があった。


「…っ⁉ ……だ、誰だ?」


 三人は心臓を鷲摑みにされるほどの驚きを覚え、一斉にそちらを振り向く。


 相手との距離はさほどないのに、黄昏時の夕闇のせいで相手の顔がよく見えない。


「…………ゴクン」


 そのままの姿で固まり、三人は息を飲んで警戒する。


 いまや彼らは落ち武者狩りを恐れて逃げ隠れする、哀れな敗軍の騎士なのだ。


「俺だ! パロミデスだ! ハハハ、お前ら、無事だったんだな!」


 しかし、それは思わぬ人物の声だった。薄暮によく目を凝らしてみると、疲労の色濃いが確かにそれはよく見知った顔だ。


 10数時間前に見た顔なのに、なぜかとても懐かしく感じられる。


「ぱ、ぱ、パロミデス卿っ⁉ あ、あなたも生きてたっすか!」


 パーシヴァル卿は真っ赤になった目を見開き、驚愕と歓喜の声を上げる。


「よくご無事で……」


「ご無事で何よりです」


 ガラハッド卿とボールス卿もそれぞれに喜びの言葉を口にする。


「ああ。なんとかな。お前らも無事で良かった。こうして再会できて嬉しいよ……だが、お前らだけか? ベディヴィエール卿は?」


 疲弊した笑顔で返事を返すと、思い出したかのようにパロミデス卿は訊く。彼はベディヴィエール卿の最後を見ていないらしい。


「……ベイリン卿との一騎討ちでやられました」


「そうか……とりあえず、皆が集まるとすればここだろうと来てみたんだけどな。残ったのはここにいる者だけか……」


 ゆっくりと首を横に振り、簡潔に答えるボールス卿に、パロミデス卿は眼を伏せて力なく呟いた。


「あの……ユーウェイン卿はその……やっぱり……」


 項垂れるパロミデス卿に、恐る恐る言い淀みながら今度はボールス卿が尋ねる。


「いや、死んではいないと思う。だが、最後に見かけた時は警察に捕まるところだった……どうやら、あのグウィネヴィア妃をモルドレッド軍から守っていたようでな。それで逃げ遅れたんだ。捕まる時も無様に暴れたりはせず、まさに騎士の鏡といった潔い態度だったよ」


「そうですか……」


 パロミデス卿の話を聞いた三人の若者は、淋しいような、だが、それでいて誇らしげで嬉しいなような、そんな複雑な気持ちを抱いた。


「……で、お前らはこれからどうするつもりだ?」


 シュンとした湿っぽい空気を打ち破るかのように、パロミデス卿が再び三人に問う。


「私達は自らの使命に従い、前世と同じく聖杯を追い求める冒険に出ようと思います」


 それに答えたのはガラハッド卿だった。彼はパロミデス卿の目を真っ直ぐに見つめ、この状況にあっても希望に満ちた瞳で淀みなく答える。


「このプリドウェンに乗って聖杯伝説の言い伝えられる地を廻り、ゆくゆくは聖杯が昇天したサラセンの国――即ちアラビア半島へ行く予定です。ま、アラブは遠いですから、先ずはフランスのブルターニュ辺りにでも寄り道してこうかと。あそこもアーサー王伝説の色濃く残る土地ですからね」


「パロミデス卿はどうするっすか? ここに来たってことは、やっぱり海の外へ?」


 それをボールス卿が補足し、パーシヴァル卿は逆に訊き返す。


「ああ。俺は故郷のイラクに帰ろうと思う……今度のことで俺は学んだよ。騎士として、祖国のために命を賭して戦うことが俺のなすべきことだってな。実際の戦闘だけでなく、国をよくするための活動すべてにおいてだ」


 パロミデス卿もそれまでの疲労と悲しみの表情を顔から消し去ると、これからの目標を生き生きとした口調で三人に語って聞かせる。


「となると、目指す方向は一緒ですね」


「ああ、アラビアのお隣だ。せっかくなんで、途中まで一緒に乗せてってくれるかな? 聖杯の三騎士殿?」


「はい! よろこんで!」


 少々おどけた調子で旅の同道を願い出るパロミデス卿に、三人も明るい笑顔で頷く。


「よし。それじゃ、先に逝った仲間達の意思を受け継ぎ、いざ行かん! それぞれの新たな冒険の旅へ!」


「オーッ!」


 そして、四人はプリドウェンに乗り込むと、日の沈み行く海へ、明日には登るだろう新たな朝日のような希望を抱いて出航した――。

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