Ⅹ 探求者達の旧所名跡ツアー(1)
ウィルトシァー州ソールズベリー郊外・ストーンヘンジ……。
〝幽霊の狩猟〟事件が新聞各社の紙面を賑わせた翌日の昼近く、この世界的に有名な巨石文明の遺跡を望む草原に、石神刃神とマリアンヌの姿はあった。
駐車場に停めたレンタカーのクーペの助手席からこの地に降り立った刃神は、ドアを乱暴に閉めると、巨大な石柱を連ねて作られたサークル状の建造物を眺め見る。
「生じゃ初めて見るな。こいつがかの有名なストーンヘンジか」
「そういえば、英国にはもう何度も来てるけど、あたしもここは初めてね」
同じく運転席から出て来たマリアンヌも、遺跡の方を見つめたまま彼の独り言に答える。
「ヘン。たまにはこういう観光ってのもいいもんだぜ」
「なに観光気分に浸ってんのよ。ここへは〝仕事〟で来てるんだからね……っていうか、あんた、それも持ってく気?」
その呑気な台詞にマリアンヌが振り向くと、刃神の肩には〝太くて短いブロンラヴィン〟の巨大な包みが担がれている。
「当ったりめえだろ。いつヤツらと遭遇戦になったり、そのまま後を追うことになるかわかんねえんだからな。ヤツらも無意識ながらアーサー王伝説の武器によって力が〝強化〟されてる。この前、ランスロット野郎の〝アロンダイト〟で〝ダヴィデの剣〟にはヒビが入っちまったし、こいつがねえとちと心許ねえ」
マリアンヌの問いに、さも当然というような顔で面倒臭そうに答えると、刃神はそのまま遺跡の方へと歩き出す。
「ああ、例の〝|魔術武器《マジック・ウェポン)〟の暗示ってやつね? あなたがいない時、ウォーリーに聞いたわ。初めは迷信か頭のイカれた人間の戯言だと思ってたけど、その理屈を聞いてみると、確かにあり得ない話とは言い切れないわね」
それを追って自身も歩き出したマリアンヌは、刃神が以前、店主に語ったマジック・ウェポンが心と肉体に与える影響のメカニムズを頭の中で再確認した。
「でも、だったら、わざわざそんなデカくて重い物持ってかなくたって、ダヴィデの剣とキリストの剣だけで充分じゃない……あ! そういえば〝細いの〟の方は一本減ってるようだけどどうしたのよ?」
そして、黒いロングコートを羽織った刃神の背に、いつもは二つ下げている剣の袋が今日は一つになっていることに気付く。
「ああ、キリストの剣の方は置いてきた。あれは〝偽物〟だからな。ヤツらと遣り合うには役不足だ。それに、ベイリン卿としては双剣じゃなくちゃいけねえだろ? 三本剣じゃ格好つかねえぜ」
「なんか〝ベイリン卿するの〟気に入ってるみたいね。ま、重くて大変なのは自分なんだから別に構わないけど……でも、そんなもん持ってるだけで人目に付くんだから、絶対、目立つような行動取るんじゃないわよ? バカデカい刃物持ってるとこを、もし警察にでも職質された日にゃ目も当てられないわ」
「なあに、その点は心配ねえ。見ろ。あいつらに比べれば、俺なんざカワイイもんだぜ」
そう反論し、顎で刃神が指し示す方向を見ると、少し行った場所にローブのような白装束を纏った4人の人物がいることにマリアンヌは気付いた。
男女二人づつで、各人、手に手に剣や杖などの小道具を持ち、円陣を組んで何か儀式めいたものをやっている様子である。しかもよく見ると、そのような小集団は彼らだけではなく、遺跡周辺のあちらこちらにポツンポツンと幾つかいるようだ。
「何? あの人達?」
「あれはたぶんドルイド教のやつらだな。きっと今日はやつらの祭りの日かなんかなんだろう。ほら、手に四大元素の風・水・火・地を現す
怪訝な顔でその人物達を見つめるマリアンヌに、刃神はそう答えた。
「ドルイド? ……って、あのケルトの聖職者のドルイド?」
「ああ、そのドルイドだ。ま、古代ケルト文明のドルイドそのものじゃなく、それを現代になって再構築したもんだけどな。キリスト教以前の多神教的宗教に立ち返ろうっていう
「ふーん。そうなんだ……でも、確かストーンヘンジって、ドイルドのいた時代よりも遥か以前からあったって話よね?」
「みてえだな。紀元前3100頃には、すでにこの場所に遺跡が作られてたらしい。もっとも、その頃には今と違って土塁を持つ円形の溝と穴ぼこだけだったようだがな。その後、先ずは石じゃなく木の柱を立てたサークルが作られ、さらに後になって木から石の建造物に変わった。石に変わった後も何度か作り直され、土塁の造られた時から見ると約八段階に建造の過程は分けられるとのことだ。いずれにしろ前1600年頃には放棄されたようだから、ドルイドのいた時代のもんじゃあねえ」
「それじゃ、どうしてドルイド教や魔女宗の聖地になってるのよ?」
「さあな。考古学者がいくらドルイドとは関係ねえと説明しても聞く耳持ちゃあしねえようだ。ただ、石の配置は夏至の日の出と冬至の日没なんかを計算して立てた高度に天文学的なものだし、ある時期には墓地や葬送の場としても使用されていたらしいからな。なんらかの宗教的意味合いを持った施設であったことは間違いねえ。他にも女性器の形をしてるだとか、日食を予測するための天文学的計算機だったとか、果てはUFOの発着場なんてもんまで様々な説が魅惑的に唱えられてる。そうした神秘的なとこがやつらを惹きつけてやまねえんだろうよ。それにだ……」
そこまで言うと刃神は一旦言葉を切り、近付いてくる巨石のモニュメントを黙ってしばし見つめてから言う。
「そんな御託をしのごの並べなくても、このだだっ広い原っぱにあんなデケえ石が突っ立ってる光景はかなりの
「マジック・ウェポン?」
肩に担いだ〝ブロンラヴィン〟の包みを持ち上げ、その先端で巨石サークルの方を指し示す刃神にマリアンヌは聞き返す。
「そうだ。
「イメージ……」
その言葉を繰り返すマリアンヌに、今度はドルイド教の一団を顎で示して刃神は続ける。
「あそこのやつらが持ってる
「なるほどね。大きな
刃神の説明に納得するマリアンヌだったが、ふと、そんな疑問が頭に浮び、多少、興味を惹かれたので訊いてみる。
「ケッ。んな高尚なもんじゃねえよ。昔、カルト教団を扱う国の機関にいたことがあってな。嫌でもそんな知識が身に付いちまったのよ。ま、
その問いに、刃神はひどく苦々しげな表情で吐き捨てるように答えた。
「カルト扱う国の機関?……何それ? 公安警察とか?」
「まあ、似たようなもんだ。危険なカルトをぶっ潰すのが俺達の仕事よ。その実は非合法な手段も厭わねえ秘密結社だったんだけどな……それを、あんのクソジジイ、俺達を騙しやがって……」
「クソジジイ?」
次第に険悪な顔へと変わっていく刃神に、マリアンヌは鸚鵡返しに訊き返す。
「ああ、俺達のボスだった男だ。グノーシス主義の生みの親とされるシモン・マグスや
「
「それも史上最低最悪のな。人の心を操って、そいつらのバカ騒ぎ見るのが趣味なのさ。あん時も、俺はヤツの組織を利用して、好き勝手ダンビラ振るってやってるつもりでいたが、実際にはこっちがヤツの片棒をいつの間にやら担がされてた。しかも、本人はいたって遊びのつもりでいるが、普通に見りゃ国家を揺るがすような大犯罪だ。その上、内部告白でそいつがバレて、おかげで俺達まで警察に追われる身の上よ……」
「なんか、よくわかんないけど、すごい話ね……あ、もしかして、あなたそれで現在、海外逃亡中ってわけ?」
「いや、それもまあなくもないが、この際、世界中の
蘇った怒りに能弁と自分の過去を語る刃神だったが、そこで不意に我に返ると、急に口を噤む。
「おっと、余計なことを話し過ぎちまったようだな……」
「ふーん……単純そのものな人生送ってるように見えて、あなたも結構、いろいろとあるのね」
「誰が単純そのものだコラ! 俺は小娘なんざよりよっぽど複雑な生き方してんだよ! …っていうか、んなことより仕事だ! あの騎士どももカルトっぽかったし、アーサー王伝説も多分に異教の要素を持っているからな。もしかしたら、ここに来てるああした
居心地が悪かったのか、意外そうに見つめるマリアンヌの視線を避けるようにして、刃神は少し歩調を早める。
「あっ、ちょっと待ってよ! ……もう、何さ自分こそ観光気分でいたくせに……」
そうして二人は、しばし無言でドルイド教や
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