ⅩⅠ 円卓のカウンセリング(3)

 そうして刃神達がトラファルガー広場スクエアで会合を開いている頃よりほんの少し前……。


 スコットランド・ヤードの資料室で、マクシミリアンとジェニファーも人知れず相談の場を持っていた。


「――こんな所で申し訳ないんですけど、どうぞ、お入りください」


 そう促され、ファイルの詰まったラックの林立する部屋の中へとマクシミリアンは足を踏み入れる。


 先日、訪れた時にもそう思ったのだが、新庁舎なのでまだ壁も床も綺麗なはずなのに、視界を遮る背の高いラックのせいか、なぜだか妙に暗い印象を感じてしまう場所である。


 密閉されていて圧迫感もあるし、朝っぱらから会議を開くにはあまり芳しくない場所だ。


「でも、ここなら他人に話を聞かれる心配もないと思いますので……今は誰もいないようですしね」


 先にドアを開けて入ったジェニファーは、振り向くと、マクシミリアンの心中を読んでかそう口を開いた。


「確かに……それはそうと、今朝の朝刊にダラムやドーストン、ウェールズのアングルシーにあるアーサー王所縁の伝承を持つ遺跡が荒されたという記事があったのは見ましたか? 他にスコットランドのストゥにあるウェデイル聖マリア教会やペンザンスのセント・マイケルズ・マウントにも賊が押し入ったらしい」


 マクシミリアンも目だけで周囲を見回して頷くと、今朝からずっと気になっているその話題を切り出した。


「ええ。一昨日の夜のことだとか。これもやはり、ヤツらの仕業と考えてよろしいですよね?」


「おそらくは。ウェデイル聖マリア教会やセント・マイケルズ・マウントもアーサー王と関わりのある場所です。しかも、それに言及した記載があったのはそこだけだったが、ペンザンスでは例の〝円卓〟の描かれた旗が立てられていたという。ここ一週間、そうした場所にはなるべく目を光らせていたつもりなのだが……どうやら遅れをとったようだ。しかしその様子だと、私を呼び出したのはそれとはまた関係のない話らしいですね。なんでも、ヤツら――新生円卓の騎士団の手掛りが摑めたかもしれないと?」


 尋ねるジェニファーに簡単に答えると、マクシミリアンは早々に話題を替えて本題を切り出した。


 今朝、そうした連絡を彼女より受けたマクシミリアンは、その話を聞くべく、わざわざここまで来たのである。


「はい。といいましても、まだ本当に関係あるのかどうか、確かなことは言えないのですが……これを見てください」


 そう告げながらジェニファーは、手にしていたファイルよりA4サイズの紙を一枚取り出した。どうやらカラー印刷された何がしかのチラシのようである。


「これは…⁉」


 そのチラシを受け取り、紙面に落としたマクシミリアンの碧い目が不意に見開かれる。


 そこには、あの事件現場に残されているカードと同じ、ウィンチェスターの大広間グレート・ホールにある〝円卓〟の図案が描かれていたのだ。


 ただし、ヘンリー八世の顔をしたアーサー王像はトランプの〝ハートのキング〟に替えられており、その上には〝恋愛カウンセリング カウンセリング・オブ・ザ・円卓ラウンドテーブル〟と太いフォントの文字で記されている。


「片思い、不倫、三角関係、恋の悩みすべてを解決いたします……いったいこれは?」


 紙の下方に書かれた説明書きを読み上げながら、マクシミリアンは尋ねる。


「すみません。あのカードを見た時、ウィンチェスター以外にも前にどこかで同じようなものを見た気がしていたのですが、どうしても思い出せなかったんです。それが昨日、ファイルの整理をしていたら、偶然、そのチラシを見付けてようやく思い出したんです」


 ジェニファーはその魅惑的な身体をマクシミリアンの身にぴったり付けるように寄せると、自身もチラシを覗き込んで話を続ける。


「昨年の5月に、いくら言っても聞かないので話を聞いてやれと押し付けられたんですけれどね……あ、わたしはいつもそんな雑用しか任せてもらえませんので……」


 自嘲気味に笑うジェニファーの淋しげな瞳に、マクシミリアンは初めて会った時以来気になっている疑問をまたも思い出す。


 どう贔屓目に見ても、彼女が役に立たぬ刑事のようには思えない……むしろ、その逆だ。


 そのことはこの短い期間、仕事を一緒にしただけでもよくわかる。なのになぜ、スコットランド・ヤードは彼女をもっと重要な職務で使おうとしないのだろうか? そんな雑用や自分の世話役などではなしに……。


 そう。今回の事件にしたってそうだ。真相はともかく、捜査本部が美術品売買や金融業絡みの線も考えている以上、経済及び特殊犯罪課所属で事件前日に現場へも行っている彼女ならば、当然、今回の捜査を担当してもいいところなのに、なぜか彼女は一人だけ外されている。


 本来ならいい伝手ツテとなるはずの彼女がそんな状態のおかげで、捜査に協力しようとする部外者マクシミリアンも文字通りの蚊帳の外だ。


 そういえば、同じ課内でも〝美術骨董班〟ではない彼女が、自分のお守りを押し付けられてることからしてもなんだか妙な話である。有能なのにそうした不遇を受けているということは……もしかして、彼女は過去に何か問題でも起こしているのだろうか? だとしたら、いろいろと納得いくところはある。


 彼女を自分の世話役に当てたのも、ICPOの介入をあまり快くは思っていない総監のささやかな嫌がらせだとするならば……。


「ともかく、それで訴えて来た若い女性の話を聞いたのですが、彼女はそのチラシのカウンセリングに行ったところ、何やら怪しげな洗脳をされそうになったと言うんです」


 いろいろと勘繰るマクシミリアンの注意を、ジェニファーの言葉が現実の問題に引き戻した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る