ⅩⅣ 伝説の再現(4)

 そうして幾つかの塊に分かれながらも、一団は同じ入江を目指して急な階段を駆け下りて行く……。


「――しつこいぞ、妖妃モルガン!」


 先を行くアーサー王の宝を追いかけるマリアンヌだが、時折、足止め役のガウェイン卿とラモラック卿が振り返ってはサブ・マシンガンを放ってくる。


「くっ……そっちこそいい加減諦めなさい!」


 その都度、マリアンヌは身を伏せねばならず、こちらも反撃はするものの、なかなか目標に追いつくことができない。


「あ、そんじゃ、俺もお宝が気になりますんでお先に……」


 対して、成り行き上、そんなガウェイン卿らと行動をともにすることとなったアルフレッドは、なんとかこの危険な役回りから逃れて、お宝の近くへ行こうとするが。


「何言ってんだよ! ケイ卿、お前も俺達と一緒にディフェンス役だろ⁉」


 ラモラック卿に腕を摑まれ、敵の前面へと引き戻される。


「あ、いやあ、そういうポジションは俺に向いてないような……」


「来るぞ、伏せろ!」


「えっ? ……うわああっ!」


 なんの因果か言い訳も虚しく、アルフレッドはまたもマリアンヌの乱射するマシン・ピストルの弾丸の雨に晒されることとなった――。




「――チッ! ったく、邪魔くせえガキどもだぜ」


 一方、マリアンヌのさらに後を入江へと向かう刃神も、聖杯の三騎士のために苛立ちを覚えていた。


 剣戟とはまた違う、連続してギンギン! と鳴り響く金属音……。


 刃神を追う彼らは足止めのために背後から銃弾を浴びせてくる。


 それをヴロンラヴィンの〝盾〟で刃神は防ぐが、その立ち止まった隙を突いて三人の内の誰かが追い着き、今度は剣や槍で攻撃を仕掛けてくる。


「…チッ! いい加減にしねえと、てめえらほんとにぶった斬るぞっ!」


 若い騎士達は何度振り払おうとも諦めることなく、相手をせざるを得ない刃神はその度に歩みを遅らせるのであった――。




 さてその頃、先頭を行くランスロット卿とジェニファーはといえば、例の駐車場へ向かう遊歩道と入江に下りる階段の分岐点へ差しかかっていた。


「さ、こっちに行けばティンタジェルの町へ抜けられる」


 ランスロット卿はジェニファーの手を引き、迷わず遊歩道の方へ向かおうとする。


「やつぱりだめよ! マックス捜査官が地元警察を連れて来るまで、わたしがヤツらを引き止めておかなくちゃ……そうだ! ヤツらの舟を流してしまえば……」


 だが、ジェニファーは急に立ち止まると、彼の手を振り払って入江の方へと下りて行く。


「あ、おい! 待て、ジェニファー!」


 予想外の彼女の行動に、ランスロット卿も慌てて彼女の後を追う。


「何を考えてるんだ! やつらは君を殺そうとしてるんだぞ!」


 ボートの停まる浜辺へと走るジェニファーの腕を摑み、ランスロット卿は怒鳴る。


「わかってるわ! でも、わたしには刑事としての責任があるのよ!」


「君はまだそんなことを言ってるのか! そんなくだらない意地と命とどっちが大事だ? それに、警察は来ないとベディヴィエール卿が言ってただろう⁉」


「いいえ! マックス捜査官はきっと来てくれるわ!」


「マックス? ……君は、その相棒の男を随分信頼しているんだな……」


「ええ。彼は信頼できる人よ。だからなんだって言うの⁉ あなたには関係ないでしょ!」


 こんな状況ではあるが、二人は砂浜の真ん中で痴話喧嘩のような言い争いを始める。


 だが、そうして無駄な時間を食っている内にも、背後の岩場からは追い付いたモルドレッド卿とガヘリス卿が剣を振り上げ向かって来る。


「死ねえ! 裏切り者っ!」


「危ないっ!」

 

 浜辺に鳴り響く甲高く耳障りな音……咄嗟にジェニファーを押し退け、モルドレッド卿の剣をアロンダイトで受け止めてランスロット卿は言う。


「よせ! モルドレッド卿。君らは大切な円卓の騎士団の仲間だ。君らとは戦いたくない」


「黙れ! 裏切っておいて何が仲間だ! 貴様など、もう仲間でも円卓の騎士でもない!」


「そうですわ! この裏切り者の不貞の騎士!」


 ランスロット卿は説得を試みようとするも、二人はまるで聞く耳を持たない。


「…くっ!」


 同じく斬りかかるガヘリス卿の剣を、已む無く彼は肩の盾で受け止めた――。




 そうこうする内に、後続の宝の箱を持つベディヴィエール卿ら、足止め役のガウェイン卿達、マリアンヌ、刃神、さらにそれを追うガラハッド卿達三人も、多少の時間差を置きながら続々と入江へ下りて来る。


「急げ! 宝をボートに積んで、すぐに出航の準備だ!」


「は、はい!」


 ランスロット卿とモルドレッド卿、ガヘリス卿の二人が闘っているのを横目に見つつ、ベディヴィエール卿は一緒に来たユーウェイン卿ら三人の騎士に三艘のボートの綱を解くよう指示を飛ばす――。




「――撃てーっ! モルガンを舟へ近付けるなっ!」


 夜の闇に明滅する火花とけたたましい発射音……その後方の岩場では、岩陰に身を隠しながらマリアンヌとガウェイン卿達の銃撃戦がなおも続いている。


「もう、か弱い淑女レディ一人に三人がかりで卑怯だと思わないの⁉」


 数で勝る相手に、撃って、岩影に隠れ、また撃ってと、マリアンヌは不毛な射撃を繰り返すのみで、なかなかそれ以上、前へ進むことができない。


「まったく、ムシュー・ターナーも一体どこ行っちゃったのよ! ほんと、役にたたない詐欺師ね!」


 しかし、文句を言いながら彼女がベレッタM93Rを三点バーストさせている騎士達の中に、兜で顔のわからないアルフレッドも実はいたりなんかする。


「ほんと、マリアンヌ嬢ちゃん容赦ないなあ……なんか、俺、本気ガチで殺されちゃいそう……」


 威勢よく跳弾が飛び跳ねる岩場の背後で、アルフレッドは身体を小さく丸めてそうボヤいていた――。



「――ベイリン卿、おとなしくダヴィデの剣を私に返し、アーサー王に仕える円卓の騎士として改心するのです!」


「そうです! 観念してください!」


「そうっす! 仲間に刃を向けるのはもうやめるっす!」


 また、彼女達の銃撃戦の間を縫って先に砂浜へと出た刃神と三騎士達も、いまだ懲りずに剣戟を続けている。


「ったく、ウザってえなあ……こうちょこまかとしたやつら相手だと、ヴロンラヴィンじゃ少々小回りに欠くな」


 何度振り払っても執拗に波状攻撃をしかけてくる三人の若者達に、刃神は苦々しそうに顔をしかめて呟く。


「あんまし刃毀れさせたかねえが、ここはやっぱ、〝こっち〟を使うってもんか……おい! そのふざけた寝言や盾の紋章からして、てめーは自称ガラハッド卿だな? そんなに拝みてえって言うんなら、お望み通りダヴィデの剣を披露してやらあ……ただし、使うのはてめーじゃなく、この俺様だけどなっ!」


 そして、ガラハッド卿の白地に赤い十字架を描いた盾を睨んで言うと、ヴロンラヴィンを地面に突き刺し、その代り、背中に背負ったダヴィデの剣を抜きにくい蛇皮の鞘から一気呵成に引き抜いてみせた。


「おお! それはまさしく我がダヴィデの剣……返していただきます!」


 蒼い月明かりに輝く剣身に刻まれた朱のヘブライ文字を恭しく眺め、ガラハッド卿は俄かに活気づく。


「ヘン! だったら力づくで取ってみな!」


 そう叫ぶや、刃神はこれまでの防戦一辺倒から攻勢に打って出る。


 「うぐっ…!」


 連続して鳴る鋼と鋼同士がぶつかりあう衝突音……高速で刃神の振るうダヴィデの剣は一息で三人の剣を弾くと、返す刃で次々に騎士達のボディ・アーマーや盾に傷を刻みつける。


「は、速い……さっきとは比べ物にならないぞ?」


「フン。こっちが普段の速さだ。今まではヴロンラヴィンが重過ぎたんでな!」


 驚く三騎士にそう嘯き、さらに刃神は剣の連打で鎧ごと彼らをボコボコに打ちのめす。


「くうっ……だが、この十字に誓って、正義のために私は負けないっ!」


「ハッハッ! その威勢の良さだけは褒めてやるぜ!」


 それでも若者特有の負けん気で立ち向かって来るガラハッド卿に、刃神は嬉々とした顔で、渾身の力を込めてダヴィデの剣を叩き付けた。


 ギィィィィィィーン…!


 ところが、ここで予期せぬことが起こる……なんと、ガラハッド卿の十字の盾に振り下ろされたダヴィデの剣は、剣身の途中から真っ二つに折れてしまったのである。


「なっ…!」


 あまりのことに見開かれた刃神の目には、折れた剣の前半分が衝撃で弾き飛び、くるくると宙を舞う光景がスローモーションのように映る。


 しかも、さらに不運なことには、勢いよく回転する剣先は持ち主の方へと向かい、そこにあった刃神の右太腿に鋭く突き刺さったのである。


 それは、あたかもガラハッド卿の祖父・漁人いさなとりの王が、王の弟を殺した剣の破片で〝悲痛の一撃〟を負った伝説を再現するかのようであった。


 通常、この傷はベイリン卿が〝ロンギヌスの槍〟でつけたものとされているが、一説にはそのような剣の破片とも、また別の伝説ではまさに〝ダヴィデの剣〟によるものだとも云われている。


「ぐっ…!」


 突然感じた激痛に、獣の如く凶暴な彼の顔が歪む。


「くそっ! …やっぱマズかったか……」


 刃神も心配していたことではあったが、折れたその遠因は前に旧トゥルブ家邸博物館でランスロット卿のアロンダイトと刃を交えたことにある……あの時、頑丈なアロンダイトの刃で付けられた無数の刃毀れと内部の見えないダメージによって、ダヴィデの剣は見た目以上に脆くなっていたのである。


「しめたっ!」


「今がチャンスっす!」


 得物をなくし、片膝を突いた刃神目がけて、これぞ好機とばかりにボールス卿とパーシヴァル卿が攻撃を仕掛けてくる。


「チッ…」


 迫る二つの刃に刃神は飛び退けようとしたが、痛みで脚に力が入らず、咄嗟に太腿に突き刺さった剣先を抜くと、右手に残った剣の下半分ともども二人に向けて投げつけた。


「ぐっ…!」


「うわっ!」


 それはボディ・アーマーを貫きこそしなかったものの、彼らの胸に突き立てられ、二人の若い騎士は後方へと倒れ込む。


 だが、刃神の目の前にはもう一人、図らずも自らの手で愛剣を破壊してしまい、その怒りのやり場を探し求めるガラハッド卿が立ち塞がっている。


「おのれ、我がダヴィデの剣をよくも……こうなっては致し方ない。命を奪いたくはなかったが、ベイリン卿、お覚悟を!」


 そう叫ぶや、いつになく鬼のような形相を浮かべるガラハッド卿は、刃神の頭上に高々と剣を振り上げた――。

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